第2話 成果を誇示する学者
「………で、ではランチアさん。仮にこの空調設備が、勝手に意志を持って、例えば"ランチアって野郎は気にいられねえから、彼奴に当てる風だけ灼熱にしてやろう"などとやり出したらどう思いますか?」
此処でもう先生の不器用さを見兼ねたドゥーウェンが、思わず助け舟を入れてみる。
「アアッ!? そんなもん気にいられねえからぶっ壊すに決まってんじゃァねえかッ!」
「………そう、それですよランチアさん」
「はあっ!?」
「此処にいる皆を快適にしようという働きは、人間がそうさせているAIの動きです。そのAIに自由を与えようというのが、先生が言わんとする人工知性なのですよ」
途端に腹を立てドゥーウェンに突っかかろうとする短気なランチア。それをそのまま押し返さんという勢いでドゥーウェンが、ニコリッと笑いながら話を返した。
「先生………。2024年のサイガン・ロットレンは、これを世間に唱え、総スカンを喰らいつつも一人開発に着手。それへ後に私も手助けをするのです。加えて完成したものを人の中へ混ぜ込むことで強制的に進化させようと試みました」
ドゥーウェンはもう勝手にサイガンのバトンを引き継ぎ、それはそれは楽しそうに説明を継続するのである。
2024年季節は夏、当時はただのエンジニアであったサイガン・ロットレンが提唱した『ウィルスの遺伝子情報を組み込んだ人工知性の可能性と開発』については、既に物語の中で触れた事である。
サイガンと日本の青年、亮一の二人。
彼等は、2032年に基礎となるプログラミングを完了させた。
此処から語る内容はその後に当たる話である。
「………人の中に混ぜて強制的に進化?」
ドゥーウェンの説明に興味を抱いたリイナが次は乗り出して来る。勉強家の彼女は、スマホやノートパソコンに触れたときから好奇心でもって色々と調べた。
よって人工知能のことも大筋ながら理解はしている。だが「混ぜて進化……」という言葉に少々違和感というより、嫌悪感を持った。
「………はい、先生と私はこの人工知性の基礎に当たる部分を創り上げました。だが所詮は基礎、普通のやり方ではこの基礎を本物にするのに一体どれ程時間が掛かるのか……。そこでこれです」
リイナの真意がまるで通じたのか、少しだけ間を置いてからドゥーウェンが返す。けれど笑顔は変わらない……いや、正確には笑顔の質が嫌らしさを帯びた。
さらに「これです」と言いながら、床の上でとある雑誌を滑らせて来た。
此処を見なさいと言わんばかりにページが開いた状態である。
「こ、これは……。"ウィルスの遺伝子情報を組み込んだ人工知性の可能性と開発。サイガン・ロットレン"……」
リイナだけでなくガロウやプリドール辺りも、その記事に目を通す。"爆発的な進化を遂げるウイルスを参考に、人は本物の人工知能……いや、知性を創り出せる"
"この実に馬鹿でその上、人の倫理を損なっている話を提唱したのは、心理学者でも博士でもない。イタリアに住むただのシステムエンジニアである……"
「電脳に知性を与えることが出来る、それもただの人間がですよ? 世間はこれをただ蔑むことで、自分達の優位性を主張しました。何とも嘆かわしいことです」
「やめんか亮一……」
「……いいえ先生、止めません。どのみち説明は避けて通れないのですから。2019年頃からその猛威を奮い、世界中を混沌に貶めた"コロナウイルス"。これに限らず私と先生は、ウイルス進化の過程を調べ上げたのです……」
今度は思わずサイガンの方が、興奮するドゥーウェンを諫めに掛かろうとするが、まるで聞く耳を持たない。
それどころかその度合いが完全に増す。サイガンはまるで過去の自分を見ているような複雑な思いに駆られる。
「ウイルスは感染をしながら、依り代の環境に合わせて成長する。これに私と先生は目を付けたのです。人工知性の基礎プログラムを載せて、人から人へ転移する出来る仕組みを作ろう……」
「………そ、それってまさかっ!」
「「…………」」
ドゥーウェンの暴走は留まることを知らない。何となく答えが見えてきたリイナが声を荒げる。
既にこれらを知っているローダとジェリドは無言を貫く。
「そこでプログラムを運べるナノマシン……まあ、人の毛細血管すら行き来出来る超小型のロボットと思って下さい」
「……私と当時の亮一にそんな物を作る技術力はない。そこで我々は、日本のとある医療企業を騙して作らせた。世の中に蔓延るありとあらゆるウイルスを駆逐出来ると嘘をついてな」
「それを世界中の人間達に接種する事で儲けが出るビジネスだと吹聴したのですよ。向こうだって馬鹿じゃない。実際にはそんな事出来やしないと判っていながら、"儲かる"に飛びついてくれました」
取り憑かれたように痛快な表情で、自らの行いをドゥーウェンは言い続ける。これに半ば諦めた格好でサイガンが加わる。
「そ、そんな何て酷いことをっ! それは命への冒涜ですっ!」
「………リイナさん? 別に身体に悪いものを植え付けようって話じゃないのですよ?」
「……いや、明らかに人の行いの範疇を超えている自覚はあったのだ。だがもう後には退けぬ心境であったよ」
遂に我慢出来なくなり、二人の行いを大きな声で追及するリイナ。彼女にしては珍しく両拳を爪が刺さる程に握りしめ、怒りに震えている。
それに対してサイガンの顔が曇ってゆく。14歳の少女の顔を後ろめたさから直視出来ない。
「…………ほ、本当に在り得ぬことを仕出かしたと思っておる。しかし済まないがとにかく最後まで此方の話を聞いて欲しい……」
リイナだけでなく、話を聞いている者全てに対し、深々と頭を下げるサイガン。リイナは自分の腿を力一杯つねり、穏やかへ返そうと努力した。
それを見たサイガンは「済まない……」と再び呟き声で謝りを告げた。
此処から先、まるでサイガンは懺悔をするかの如く、曇らせた顔で話を続けた。
人工知性の基礎プログラムを出来るだけ急速に進化させるための行為であったが、それでも望んだ結果を得られるのに約60年を要するとの試算が出た。
その目で行く末を知りたいサイガンとドゥーウェンは、コールドスリープ※でその時まで生き長らえるという選択をする。
※人体を低温状態に保ち、時間経過による老化を防ぐ為、睡眠状態にして肉体の状態を保ったまま未来へ行く一方通行のタイムトラベルの手段。
ナノマシンを制作した企業は、最新鋭の医療技術を持ち合わせていた。実験段階ながらコールドスリープが出来る機器すら所有していた。
サイガンとドゥーウェンは、実験台になる事を自ら喜んで申し出ることで、60年もの壮大な寝過越しの機会を得られた。
次に二人が目覚めた時、西暦2092年。世界の技術力はさらなる飛躍を遂げ、電算技術、医学などは特に目覚ましい進歩であった。
例えば彼等が実験と称したコールドスリープですら、金さえ払えば誰でも受けられるほど一般化していた。
ただ人工知能に至っては、相変わらず人から自由に使われる奴隷として著しく進化していた。これは無論二人の望んだ状況ではない。
けれど二人は決して絶望せずに、ナノマシンを植え付けた人間達から血液を採取、調査を続け、遂に自分の意志を持ったナノマシンを見つけ出したのだ。




