第1話 罪を語り始める老人
若過ぎるジオーネの人生に幕引きが訪れた。生きた時間が遥かに長いサイガン・ロットレン。彼の死に思う所があるらしい。
「ジオーネ・エドル・カスード……」
少年のフルネームを呟くと、彼の儚い人生に想いを馳せる。
(……彼岸花か、ジオの幕引きに相応しい花だ。あの真っ直ぐな少年の人生を狂わせたのは、私と言って差し支えない……)
続いて自分の周囲にいる連中へ、自己中心的な彼らしくない曇った顔を向けながらさらに堕ち逝く。
(……いや、彼だけではない。此処にいる者全て……違う、それすら不足だ。この世に生きる者全てが私の被害者と言えよう。これではマーダの方が余程可愛げがある)
サイガンは自分の欲求を満たすためだけに、この世界を構築した自覚がある。にも関わらず、後戻りする気もない。
今度はローダだけに視線を集中する。
(『ウーノ』・『デュエ』・『トレ』・『クワットロ』)
(……加えてリイナが『チンクェ』・ジオが『レーイ』だ。既に半分以上の封印が解かれたことになる)
(此方が想像した以上にローダの覚醒への流れは速い。……しかしそれでも今のマーダには及ばない……)
「……サイガン殿? どうかなされたか?」
「いや、そろそろ潮時かも知れぬ。そう思ったのだのよ、ジェリド殿」
虚ろなサイガンの様子に気づいたジェリドは、思わず声を掛けずにいられなかった。
対するサイガンは穏やかにそう返す。まるで「……ジェリド殿は知っている話をする頃合いという事だ」と言い続けそうな風にジェリドは感じ、細い目を大きく広げた。
「……皆に話がある、ドゥーウェンの地下牢に集まって欲しい。相当長い話になるので昼食を済ませてから来るのが良かろう。私は先に行っているぞ」
声色こそ力を帯びているが、何やら背中に暗い影を落としつつ、老人は一人でスタスタッと行ってしまった。
「……な、何だありゃァッ!?」
「あそこまで神妙な顔をしてるとこ、ちょっと記憶にないね……」
思わずガロウは肩を竦め、首だけ師匠の方を追わせる。
元より冗談は嫌いな師匠《父》だとルシアは知っている。普段は淡々と言いたいことだけ投げてしまうだけだ。
(……ま、まさか。い、いやそれはないわ。で、でも、もしそんなことを言われたら、私はローダどころか皆の前にいられなくなる……)
どうやらルシアには、実のところ幾つか思い当たる節があり、その内一番言って欲しくないことが頭をもたげ、らしくもなく青ざめた。
「……どうしたルシア?」
「わっ、わわっ!? ろ、ローダァ!? …………な、何でもない。何でもないのよ」
気を効かせて後ろから声を掛けつつルシアの左肩をポンッと叩いたローダ。しどろもどろになったルシアが、一瞬間を置き、声を落ち着かせてから何事もないことを告げるのだが、その目は伏せていた。
「まあ、先ずは飯だ飯。もっとも飯を食って聞いたら最後、眠ってしまうかも知れんがな………」
ジェリドとプリドールの背中を叩いてガロウは「行こうぜ」と駆り立てた。
(眠くなる様な話であれば良いがな……)
ジェリドはそう思いながら、話の台風の目になるであろうローダの方に流し目をする。しかし相手が視線を絡ませることはなかった。
「ま、待って。わ、私も行くっ!」
「あ、私は、もう少しジオ君に祈りを捧げてから行きます」
「………あ、俺もまだやらなきゃならないことがあるから先に行ってくれ」
ルシアが慌ててガロウ達の背中を追う。ジオの遺体に手を合わせたままのリイナは、未だその場を動こうとはしない。
ただ弟のような存在を失ったことを引きずっている訳ではなさそうだ。
ルシアの慌てぶりが気にならないと言えば嘘になるローダであるが、大事な用が残っていたことを思い出した。
「エドルの民にジオは最期まで立派であった事を伝えなくてはな」
そう言ってローダは風の精霊を呼び出し、メッセージを風に乗せた。
◇
それから約2時間後、このフオルテザの砦において最も設備が充実している最下層の快適な牢獄に、ほぼ全員の猛者共が集結した。
ヴァロウズの2番目の学者として、この砦をマーダから拝領していた罪を問われた体のドゥーウェンが、パートナーであるベランドナと共に、悠々自適に暮らしている部屋である。
フォルテザの美しい街並みを望める窓が存在しないこと位がこの部屋の欠点なのだが、元より地下牢なのでこればかりは止むを得ない。
加えて此処に10人も人を詰め込むと流石に手狭だ。けれども空調設備が行き届いており、誰一人として暑苦しくもなければ、肌寒いとも感じない。
後は互いに居場所を譲り合えば良いだけだ。牢獄の真ん中辺りに位置する背もたれの大きな椅子に、部屋主の如くふんぞり返っている老人だけは例外である。
もっともその顔はいつもの偉そうな感じではない。その隣でスラリッと背筋を伸ばしているのがサイガンの弟子であり、この牢獄本来の咎人ドゥーウェンである。
彼は何故か少し誇らし気な雰囲気を醸し出していた。
「皆、揃ったようだな。では始めるとしようか。先ず結論から言おう、マーダは不可全ながら『扉』の力を得てしまった」
「はっ!?」
「な、何だとっ? 一体何を言っている?」
いきなりとんでもないことを言い出すサイガン。蜜月の関係であるドゥーウェンを除いたとしても、扉の候補者で6つの封印を解いたローダと、元・洞窟の賢者からこっそりと、話を既に聞いているジェリド。
それからドゥーウェンをマスターと呼ぶベランドナも大概のことは聞いているが、やはりこれは初耳らしい。
この二人すら驚かずにはいられない驚愕の内容である。他の連中はちょっと何を言っているのか判らずに、どんな態度を取れば良いのやらといった風だ。
「私と亮一ですら予想外なのだ。とにかく此処からは出来るだけ皆が理解出来るように順を追って説明しよう………」
此処からサイガンは、ローダなど既にある程度事情を知っている者も含め、出来るだけ丁寧に説明しようと試みる。
先ずマーダのことを話す以前に、サイガンの目指した人工知性……さらにその一歩手前の人工知能《AI》の説明をしなければならない。
実はそんな小難しい話は抜きにしても良い気もするのだが、理系で話下手なサイガンは無駄な所で頑張ってしまう。
そもそも人工知能《AI》を動かす元になるコンピュータとは何ぞや? そこから説明しないと要領を得ないのが実に辛い。
ドゥーウェンの持っているノートパソコンやルシアに渡したスマホを差し、これらがコンピュータで出来たものであり、人工知能とはその並外れた電算速度と人間の記憶力では到底成し得ない膨大なデータの中から、最適解を導き出し………、
などと懸命に説明してみるものの、まあまあ伝わらないものである。この部屋の快適な空調に触れ「これも此処にいるお前達の体調などをコンピュータが判断して、一番快適な温度設定にしているのだ。これもAIの恩恵の形だ」と告げてみる。
ランチアは「ふーん……。ま、取り合えずソイツのお陰で便利になったんだな」と耳を小指で穿りながら判っちゃいないが、知った風なことを言う。




