第12話 母が伝えたかったこと、少年が渡したいもの
父や親族の期待を裏切りたくない……。そのために孤軍奮闘したことで失った姉ロカンダからの愛情。もっともジオーネは何も悪くない。
そんな10歳の少年が背負うには余りにも似合わないものと引き換えに得た、他に比類なき不死鳥の能力。
自らが正義と認めた者に力を授ける。その身体を造る炎の方は鉄すら溶かしてしまうらしい。
それにしても充分過ぎる程に神がかった力である。
けれど伝説に良く聞く不死鳥とは、死んだ者を黄泉の国から、引き戻す力があると言い伝えられている。
そもそもカスード家の初代は、先絶たれた妻を蘇らせたいが故に、不死鳥の力を考案したと言われているらしい。
もっともその初代ですら呼び出せただけで、操るには至れなかった。よって当然目的は達せなかった。
恐らく初代は妻を蘇らせたいという自らの欲望でもって、この力を呼び出せたものの、それが正義とは認められなかったのであろう。
そもそもカスード家の連中は不死鳥もそうだが、『接触』というサイガンと同じ術が扱えたりするのだが、それは一体どういうことなのか。
これは実に単純なカラクリが存在するのだが、もう少し先で語りたい。
そこでカスード家初代が、不死鳥を呼び出すだけなら出来た経緯も触れようと思う。
ジオーネが亡くしてしまった心底逢いたいと想う人物……考える迄もない。
自分の生と引き換えにした命、母に会いたい。一瞬でもいい、母の温もりが知りたい。
気がつくとジオーネは、傍らの不死鳥に想いを馳せた。
「……マラビータ・アニーマ、黄泉の国の魂よ。天国の扉よ開け」
勝手に口が動いてしまった少年。不死鳥の口から小さな火の玉が吐かれる。
まさにこの火は、あの人の魂だとジオーネは確信する。
やがて火の玉は徐々《じょじょ》に人の形を成してゆき、完全な大人の女性の姿に変わった。
「か、母さん……」
「か、母さん……!? ジオ? 貴方は私のジオなの?」
「そうだよっ、母さんっ!」
裸体の母に飛び込むジオーネ。小さな身体に仰向けに押し倒される女性。
初めて感じる母の温もりとその柔らかな身体。突然の甘ったれた子供相手に、ロカミューという女性は一瞬戸惑う。
だがこれは我が子だと直ぐに悟り、飛び込んで来た者を優しく受け入れた。
「……嗚呼、ジオーネ。貴方が私を呼んでくれたのね。まさか不死鳥の力を使える様になるなんて。本当立派になって……」
ジオーネを愛おしく抱きしめたロカミューは、その小さいが実に優秀な頭を丁寧に何度も撫でる。
その目に涙を湛えずにはいられない。
「そ、うだよ、ぼっぼく。ずっ……うっと一人でがん、ばったんだ! み、みなに、ほ、ほめて、うっ、もらいたくて…」
ジオーネの方は我慢出来ず強かに泣いた。ようやく10歳の子供らしく、声にならない涙声で懸命に母に甘えながら訴える。
母も「うん」「そうだね」「頑張ったね」と微笑みと頷きを幾度も返す。
母の髪の香りがジオーネの鼻をくすぐる。知らない筈なのに知っている気がした。
「だ、だって、おかあさん。ぼ、ぼくのせいで、し、しんじゃって……うわぁぁ!!」
「……ジオ、貴方は何も悪くないのよ。あれは仕方のない事だったの」
言葉を完全に逸して母の胸の中、ただひたすらに泣きじゃくってしまうジオーネ。
そう言いながら母は「可哀想に……。私こそごめんね」と付け加えた。
「あれは、私自身の天命の終わり。私はね……貴方を産んで、満足して旅立ったのよ。だから謝る事なんて何もない。そして命の終わりは決して覆る事はないの……」
「えっ!? じゃあ今の母さんは……」
生みの母親としての責務は全うした上で果てたのだと語るロカミュー。加えて伝えねばならぬことに、途端に顔色が曇る。
ジオーネが驚いた顔を寄せようとするが、母は思わず目を逸らしてしまった。
「この姿は不死鳥の力を借りた仮の姿なの。すぐに天国に戻らないといけない……」
母は慈愛に満ちた目で、息子の視線を改めて受け止める。
「そ、そんなっ! そんなの嫌だよっ!」
ジオーネが大いに泣き喚く駄々《だだ》っ子になってしまう。
「……ごめんねジオ。でもこうやって貴方を抱き締める事が出来るなんて、私は凄く幸せよ。ほうら、貴方の顔、もっと見せて頂戴」
母はジオーネを抱くのを止めると、彼を半ば無理矢理立たせて、その姿をじっくりと眺めてみる。
「ジオ! 貴方、司祭様になったのね。しかもその首飾り……。ひょっとして大司祭なの?」
「そ、そうだよ。僕は10歳で大司祭になったんだ。どうだい? 凄いだろ」
泣くのを必死に堪えて、ジオーネは母の前で胸を張って見せる。身体が小さ過ぎて証の首飾りが、腰の辺りまで垂れ下がっている。
司祭の服も子供用のサイズがなかったのか少し不格好であった。
ロカミューは、その姿が可愛くて仕方がない。正直ちょっと笑いたかったが、それは心の中だけに押し留めた。
「凄いっ! 本当に凄いねっ! 頑張ったねっ!」
再び愛しい我が子を笑顔と共に抱き締めながら、最初で最後になってしまう親からの褒め言葉を精一杯に伝えてみる。
……この感触、この気持ち、もう決して忘れたくない。
「でも……」
「んっ?」
「僕、少し頑張り過ぎたみたいなんだ……」
ジオーネの力ない呟きに、母は切なさに潰される想いがした。この子は自分の終わりすら既に悟っているのだ。
「せっかく母さんが産んでくれたのに、僕の命はもうすぐ終わってしまうんだ。多分もってあと2年……」
「………大丈夫」
うなだれながら話す我が子に対し、ロカミューは、肩を掴んで声を励ましながら告げる。
「大丈夫よジオ。確かに貴方の命の終わりは近いわ。でもね、貴方の不死鳥の力を引き継いでくれる人に必ず巡り合え……」
ロカミューの声が段々小さくなってゆく。その姿も透けてゆき、今にも消えてしまいそうだ。
「えっ!? ど、どういう事? 待って! お母さん、まだ行かないでっ!!」
「わ…す…れな…いで…あなた…は、しゅくふくされ……うまれ……」
ジオーネの声も虚しく、ロカミューは赤い光になって消えてしまった。
◇
「ジオ、良かったら聞いてみたいのだが……」
ジオーネの意識の中でローダが気にしていたことを尋ねてみる。
「ジオは、まるでサイガンの様な力を使う。接触とか。俺はサイガンから貰っただけだ。だから使える訳を知りたい。それにそもそも不死鳥とやらはどうやって……」
「おや? 意外なことを……。こうして意識が繋がったのですから、もう何もかもお見通しかと思っていました」
「……買い被り過ぎだよ。俺はそこまで万能じゃないからこんな苦労をしている」
実にもっともらしい事をジオーネに言われ、ローダが少し不服さを声に滲ませる。
「うーん……、よしっ、ごめんなさい。あえて明かさない事にします。多分それって今、僕から知るべきじゃないって考察します」
「……ムッ、な、何か馬鹿にされた気がするな。……まあ良い」
10歳以上歳が離れた子供の方が、自分なんかより余程モノを理解している。何が扉だ、意識の共有だ、ローダにしてみれば実に悔しいのだ。
けれどそれを態度に表し、地団駄を踏む様な男でない。
「じゃ……じゃあ質問を変えよう。不死鳥の力を引き継ぐのに、リイナが適任だと言うが、彼女もまだ若い。こう言っては失礼だが、ジオの様に彼女の寿命を縮めてしまうのではないか?」
一旦気持ちを落ち着かせて話を切り替えるローダ。この質問の解答は流石に譲れないものがある。
「それは…正直負担がゼロと言えば嘘になります。しかしリイナ様の精神力。これは途轍もなく大きい。戦之女神が乗り移っても、ギリギリ自我を保っていられたのが何よりの証拠。それに……」
「それに?」
「リイナ様が御一人で不死鳥の力を使いこなせる様になるまで、僕の魂は同化してお手伝いをさせて頂きます」
疑問というか疑念と受け取られても仕方のない質問を、ジオーネは返答で堂々と跳ねのけた。
「な、なんだと!? そんな事が出来るというのか? し……しかしそれでは母の元へ行けないではないか?」
「……良いんです、それで。僕も暫くこの戦いの行く末に興味があります。それに今、天国に旅立ったら、お母さんに早過ぎるって怒られます」
「そ、そうか…本当に強いんだな、お前は」
愛らしく笑うジオーネ。ローダにとっては、その笑顔こそ痛々しいのだが、年長者の自分が、ウダウダしても仕方がない。
―よしリイナ、これよりジオーネから不死鳥の情報を送る……と、言ってもお前は何もする事はない。寧ろ貰ってからやる事があるらしい。では行くぞ。
ローダはリイナに向かって接触を発信する。リイナとジオーネを中継しているのだから、無用な気もするのだが……。
「……え、え? は、はいっ!」
ローダの不意打ちに慌てて返答するリイナ。元より正直自分は完全に向こう任せだ。医者の言う事を信じる患者の様に従順になるより他はない。
「『接続!』」
現世にいるローダとジオーネの意識の中にいるローダが同時に言葉を発した。
意識の中で緑色の光の帯の様な物が、外へ向かって伸びていくのがジオーネ側から見える。リイナにはそれが外から入ってきた様に感じた。
「「……繋がった!」」
リイナとジオーネは、正に互いの心が繋がった事を感じた。正確に説明するとローダという接続線で二人は既に繋がっていた。
そこへ不死鳥の情報を流し込んだのが今という次第だ。
ローダが通した光の帯の上を、真っ赤に燃えさかる鳥が行き来するのを、お互いが見た。
それはとても言葉では言い尽くせない程の美しき光景であった。




