第11話 天才過ぎる少年は全てを奪って失った
無事に自分の家で司祭として14歳の誕生日を迎えたリイナ。しかし司祭として最初の試練は、あまりに重く残酷なものであった。
黒の軍団『ネッロ・シグノ』とそれを率いるヴァロウズ3番目のエストックの剣士トレノと、5番目の女戦士ティン・クェンを迎え撃つ事である。
「君の様な小さな子供まで駆り出さなきゃいけない位に、貴様等は疲弊してるのか?」
トレノはリイナを見るなり、容赦なかった。まあ彼女は他のディオルの屈強な男達とは比べ様もない程の小さい子供ではある。
然し彼はこの小さな司祭を決して見た目通りに扱ってはいない。
「……来いよお嬢ちゃん。実は結構やるんだろ?」
後方支援に専念する予定のリイナを、トレノは手招きして前に引きづりだそうとする。
そんな安っぽい挑発にリイナは、決して乗ろうとはしない。
然し、さしものトレノとて、まさか自分が塵一つ残さずに消え去る未来が有り得たかも知れなかったことは、流石に想像つかなかったであろう。
一方リイナはというと、彼の中に悲しみが潜む様な気がして、力を行使する事を躊躇ったのである。
望んで戦いに赴く者には、そんな悲哀と非情が背中合わせにあるものだ。まだ14歳のリイナには、相手の男に潜むそれを肌で感じていたらしい。
◇
「……どうでした、私のお話は? あまりに短すぎて面白くなかったでしょう?」
リイナの意識がローダの意識に問い掛ける。リイナのそれは楽し気でもあるが、何処かに曇ったものを混ぜていた。
「いやいや、まさかの14年だったよ。そしてリイナは小さな頃から変わらないんだな」
「ちょっとっ! それはどういう意味ですかっ!?」
子供扱いされたと感じ、リイナが頬を膨らます。
「褒めてるんだけどなあ、真っ直ぐだって事さ。それにしても神様の探究かあ……」
宙を見上げて息をつくローダ。彼は神話を多少はかじっているが、それは所詮物語の中にいる存在だ。
人の中にそれぞれ存在しうる神……。これまでもサイガン、ガロウ、レイ、そして兄ルイスの心中にいたそれらに会い、その度にそれぞれの在り方を知り、受け入れなければならないことに正直辟易している最中だ。
「私も多分答えには、一生辿りつけないと思います、でも……」
「でも?」
「だから生きるって面白いんだと思うんですよ!」
そう言ってとても楽しげに微笑みを返す森の天使。
(……そうか、正にその通りだ。また俺は無駄な事に悩んでいるな)
小さな天使の笑顔に救われたとローダは思う。そして今はそれだけで充分だと、自然自らの仏頂面も溶ける思いであった。
そんな事をしている間にローダは、ジオーネとの接続先とやらを遂に見つけたらしい。何とも奇怪で器用な振舞いである。
◇
エドル自治区の首都テンピア。ジオーネ・エドル・カスードは、12年前のこの地で生を受けた。
カスード家は代々エドルとこの神殿跡を守護するのが使命であり、この家の血を継ぐ者は、生まれた時から、何らかの力を既に帯びていた。
然し彼より8年も前に生まれた長女であるロカンダ以来、生まれてくる兄弟達は本当に凡庸な子供ばかりであった。
カスード家にとって、これは異常事態である。
だが現当主エゾルテは確信してした。恐らく次に生まれる子供こそ正当なる世継ぎであり、そのためにこれまで生まれてきた姉、兄達は、力を全てを奪われてしまったのだと。
4番目に生まれたジオーネ。彼は兄弟の力どころか、母の命すら犠牲にして生まれてきた。
なんと生まれて直ぐに言葉を発し、泣きじゃくりつつ母に謝ったという。
正に生まれながらの天才児であり、エゾルテは妻を失った悲しみよりも天才の誕生を両手を挙げて喜ぶという不謹慎ぶりを露呈する。
しかし兄弟で彼の生を受け入れられたのは、長女のロカンダだけであった。自分達から力のみならず、母まで奪ったのだから、察して余りあるというものだ。
当然、父や周辺の一族の期待は全て、ジオーネに余すことなく注がれた。しかしそれは甘やかすとは真逆である尋常でない厳しい教育という形だった。
初めの方こそ、その才能を如何なく発揮し、心の声で語り合う『接触』をわずか3歳でマスター。
続いて物を自分の意志で自由に動かす『操舵』、物を一定時間好きなだけ増やせる『模造』を4歳。
そして一族の血を引いていても、大人になっても覚えられない者もいた『不可視化』。許可しない者は、見える事も触れるすら出来なくする能力も5歳で覚え、最早、父よりも使いこなせる様になってしまった。
これはもう《《覚えた》》というよりも、既に潜在的に秘めていて、教育者が引き出しただけといった感じであった。
まるで子供が玩具で遊ぶかの如く、その力を操るジオーネ。ただ、あまりにも彼は若過ぎた。
法力が優れていれば、肉体の負担は無いか。そんな訳はない。彼の脳細胞の異常発達は、その命を縮める事を意味していた。
そのジオーネの天才ぶりに、父エゾルテと一族は夢を見る。カスード家に代々伝わる『不死鳥』これまで召喚こそ出来た者はいたが、操れる者はいなかったこの力。
この天才ならきっと使役出来る。さすれば今まで日陰者であった、我らカスード家にも世の春が訪れるに相違ない。
「こんなの身勝手過ぎるよっ! 父さんっ! 貴方は自分の息子だから何をしても許されると思っているのっ!!」
長女ロカンダはこのやり方に猛反対した。こんな身体もろくに出来ていない子供に、勝手な夢を乗せようとする大人達に。
「……ロカンダ、私とて辛いのだ。だがこういうモノは、幼少の頃より培った……」
「この判らず屋! 母さんはジオにこんな事をさせるために死んだんじゃないッ!!」
ロカンダは親族全員に吐き捨てると、絶望し、苗字も家も捨てた。
ジオーネにとってそこから先は、地獄の様な毎日が巡るである。
「……さあ我に応えよ! 『不死鳥』!」
ジオーネは詠唱を続ける事、僅か1週間で不死鳥の召喚に成功してしまう。現世に導けたのは、ほんの1分という僅かな時間だった。
召喚が成功した際、彼は激しい頭痛との戦いに敗れ、気を失った。
それでも大人達は大いに歓喜した。不死鳥の真の姿を目の当たりにした人間は、もうこの世にはいなかったのだ。
此処から毎日、休みなく召喚の儀式をする事になってしまう。当然ジオーネは、疲弊していった。
ジオーネも無理を押すことはなかったのだ。「今日は出来ない、休む」と言えば済むことだった筈だ。
しかし彼はやはり幼過ぎた。
(………父さんが、皆が、喜んでくれる。さらにもし僕が不死鳥を自由に操る様になれば、大好きなロカンダ姉さんも帰ってきてくれるかも知れない)
これが彼の本心………地獄のような苦しみに耐え抜く原動力であった。
「キシャァァァア!!!」
半年の特訓の末、ようやくジオーネは、不死鳥を現世に5分滞在させる事に成功し、遂に初めて鳴き声を聞く事が出来た。
けれどその鳴き声を聞いた大人達は、誰一人として意識を保つ事が出来なかった。ジオーネの生んだ不死鳥は、彼らを正義の存在と認めなかった。
「……そうか、ジオ。不死鳥の意志はお前の意志の投影だ。お前は、やはり我らを憎んでいるのだな」
父エゾルテは寂し気に息子に言って、「辛い思いをさせたな」と付け加える。
「け、決してそんな事はっ! ぼ、僕が力不足なだけなのですっ! も、もっと特訓すれば!っ」
虚ろな父の言葉にジオーネは、脇腹を突かれた思いであった。僕が父さんを憎んでいる!?
「良いのだ、ロカンダの言う通りであった。私は危うく道を踏み外す所であった。不死鳥がなくともお前には、もう私すら凌ぐ才能がある」
「いえ父さん! 私は必ずご期待に応えてみせます!」
「ジオ、お前……」
「だから僕をどうか見捨てないで……」
涙交じりに父に訴えたジオーネ。もう誰もガッカリさせたくはない。母さんや兄さん達、そしてロカンダ姉さんも離れて行ってしまった。その上に父さんまで……そんな事、とても容認出来やしない。
それからジオーネは、身体も鍛え、さらに勉学に励み、己を磨きつつ、不死鳥の召喚を続けた。「もう誰も巻き込みたくない」と告げ、神殿跡の大広間で孤独に続けた。
それはもう周囲に見せられるものではなかった。
不死鳥を召喚する度、血を吐いてボロボロのまま気を失い、そのまま朝を迎える。まるで魂のない死人が繰り返しているかの様な毎日が続いた。
だがジオーネは決して諦めなかった。1年後には不死鳥を呼び出しても、気を失うことはなくなり、やがて不死鳥が彼の言う事を聞く様になる。
加えて呼び出している間だけは、自分の苦痛がなくなった事に気がつく。灼熱の炎の身体が、自分を温め、力を与えてくれる気さえした。
「………そうか、お前も長い間、友達を探していたんだな」
(………今なら父さん達にお前を見せても大丈夫な気がする)
父エゾルテと一族を大広間に呼んだジオーネは、遂にその力を明かす事が出来た。
「………よくぞ、よくぞ此処まで。ジオよ。お前は私の誇りだ」
ジオーネ10歳。エゾルテはエドルの大司祭の称号を彼に与えた。




