第10話 神を辿ろうとする幼き天使
ローダの心の結束により、リイナとジオーネの互いの意識を繋げることを試みている。
二人を繋ぐケーブルの代わりをはたしているのがローダということになる。
いよいよローダという存在が人間離れしてゆく訳だが、元を辿ればサイガンの能力だ。
この役目が成功すればケーブルにも互いの意識が流れ込んで来ることになる。
これでレイ、ガロウの際と同様にローダの封印がさらに2つ解けることになるのだろうか。
◇
リイナの意識世界の話は続く。2年の時が流れ、リイナ9歳の夏の事である。
リイナの住むディオルの街は、流行り病に侵された。
基礎体力の少ない老人や、小さな子供達は次々に命を落とし、賑やかだった街には外出禁止令が敷かれた。
そして元々病弱であったロイドの父にも、この病魔は容赦がなかった。高熱と絶え間ない咳。たった二週間で、その命は奪われてしまった。
さらに葬式さえ出る事を許されず、流行り病が収まって来た約1年後、ようやく墓参りを許されて、ロイドとも再会する事が出来た。
墓前で泣いているロイドの母と、泣くまいと必死に我慢しているロイド。
リイナはこの事件で医者は万能ではない事、そして神様は万能どころか時として残酷であると幼きながら知る事になる。
しかしどうした事か、大人達は口々に、こんな時にエディウス神の司祭様がいてくれたらと囁いているのだ。
リイナが母に「どうして?」と聞くと、「エディウス神の司祭様は、どんな怪我も治してくれる回復の奇跡が使えるの。……でも病気は」と、少し困った様子で教えてくれた。
実際には決して万能ではないと、後に知る事となるのだが、それよりも新しい疑問が生まれた。
神様が与える試練を神様の使者である司祭様が治せる。
それは神様に対する冒涜ではないのか? それに回復の力はあるのに、生き返りの力は司祭にはない。
実はこれまでの歴史において、甦りの奇跡を研究した司祭や学者は存在した。
けれど成功例はなく、中には天罰が下った者もいたという。回復は許そう、だが失った魂の補完は許されない。
………神様って一体なんなの?
「うーん……そうねえ、神様っていうのは極端な話、存在を信じた者の数だけ存在するわ」
「ンンっ? それはつまりどういうこと?」
「例えばリイナが、ママを神様だって思って信じてしまったら、それはもう立派な神様と信者様なのよ。要は人の捉え方次第って所かしらね」
「ママが神様で私が信者……」
母であるホーリィーンは、うちの娘も随分と高尚な事を考える様になったものだと思った。
ホーリィーンの家庭は、代々エディウス神を信仰していたので、嫁入り道具にその手の本が豊富にあった。
大人にも難解な事が書いてあったため、もっと幼かった頃のリイナは、これらを読み聞かせすれば、良く眠ってくれたものだ。
なれど今のリイナは読み聞かせるまでもなく、書棚から勝手に引っ張り出しては、意味なぞ理解出来ずとも読んでしまう。
要領を得ないと片っ端から聞いて回るので、次第に近所の住人からはちょっと距離を置かれてしまうのであった。
しかし彼女は何も感じない。自分にも得体が知れない物を聞いてくるのだから仕方が無いと思っていた。
そして10歳になったリイナは、司祭になるためにロッギオネ自治区に旅立つ。
周りの反対………特に両親とロイドの心配は、彼女の予想を超えていた。
何しろ既にフォルデノ王が、アルデノ統一を宣言し、戦端を開いた直後だったから尚更である。
それがなくても10歳の少女の独り立ち、心配するなという方がおかしい。
しかし彼女は身支度すら全て一人で終えて、さっさと出て行ってしまった。
まあどうせすぐに音を上げて帰って来るだろう。周囲はそう決めつけていた。
神の街ロッギオネ。此処には色んな宗派を信仰する人が集まって来る。リイナの様に司祭を目指してやってきた者も大勢いる。
ただ、流石に10歳のしかも少女というのは、ちょっと在りえなかった。
この若さで一人でやって来たと言うと、孤児か、はたまた可哀そうな奴隷か何かと勘違いされ、同情はされても修行をつけてやろうなどという者は、中々現れない。
「……何を熱心に読んでいるんだい?」
川辺で寝転がりながら、本を読んでいたら突然知らない女性から気さくに声を掛けられる。
「エディウス神の聖書だよ」
「聖書? それはまた随分と難しそうな本を読んでいるんだね」
この女性は名をロカンダと言った。歳は18歳、ちょっと色黒で、ブラウンのショートカット。見るからに活発そうな女性である。
「お姉さんは何処かの教会の人ですか?」
決して本から目を離さずリイナは、この得体が知れない女性に興味なさげな声で返す。
「まさかあ、そんな風に見える?」
ニコニコしながらロカンダは、自分を指差す。
「…見えません」
リイナはけんもほろろな態度で返した。
「アララッ……」
これが二人の始まりだった。ロカンダはこの近くの宿屋で働いていた。
だがそこの家族ではない。仕事を求めてこのロッギオネで最も栄えている街、アディスタラに一人で移り住んだ。
エドルには同じ位の弟がいるらしい。ロカンダはこの少女が他人とは思えずに、主人にろくに告げる事なく、自分と同じ部屋に住ませると勝手に決めた。
宿屋の主人夫婦には、子供がいなかったから一人が二人になっても同じ事と歓迎した。
◇
(……ロカンダ? エドルに弟?)
リイナの意識を辿るローダは、まさかなと思った。けれども偶然は時に必然となる。運命とは実に面白い。
そして物怖じせずに好奇心旺盛な性格は、まるで変わらないなあと、実に微笑ましく思った。
「さてと、こうしてはいられない…」
リイナの心の中を水中に潜っているかの様に泳ぎ、ローダはジオーネとの接続先を探して続ける。
◇
宿屋と言えば様々な人が訪れる。そしてまた偶然が転がって来たのだ。
「あなた、ひょっとしてリィンの娘さん?」
リイナが宿の掃除を手伝っていると、明らかに司祭の格好をした女性に声を掛けられた。
丁度リイナの母、ホーリィーンと同い年位、加えてその顔には母の面影があった。
「リィン? ホーリィーンですか?」
「そう! ホーリィーンよっ! やっぱりそうなのね、あなた、お名前は?」
ぶっきら棒に「リイナ」と名乗ると、彼女は抱き締めて我が子と再会したかの様に喜んだ。
彼女の名はエリナ・ガエリオ。エリナはホーリィーンの従妹なのだ。
しかもリイナとエリナ、名前の語呂も近いと言えば近い。きっとエリナから取った所があるのだろう。
考えてみればリイナの母は、エディウス神を深く信仰していた。よってリイナが司祭になると言えば、エリナは、うってつけの筈であった。
しかし司祭というものは、ただ神に祈りを捧げ、教えを解けばいいというものではない。
時には戦場に駆り出される事だってある。それをホーリィーンはよく理解していたから、あえて愛娘をエリナに近づけなかったのであろう。
かくしてリイナは、エリナ叔母さんのお陰で、無事にロッギオネにあるエディウス神の学校に入学する事となった。
それからのリイナは、とにかく早かった。10歳にして、既に彼女は出来上がっていたのだ。
知らない事は次々に消えてゆき、先輩達をあっという間に追い抜いていく。
司祭になる為には最低4年はかかると言われている所を、彼女は2年で学科、1年で次々と奇跡の術をマスターし、遂には決して使ってならぬという禁忌の秘術すらモノにしてしまった。
余りに異例で若すぎるという批判もあったのだが、いよいよ戦乱が怪しくなってきた事もあり、まだ14の誕生日を迎える前に最年少の司祭が誕生。
そして彼女は実家のあるディオルに早々に帰っていった。




