第9話 心の中のパパとママ
偽物のジオーネと全く同じ言葉を告げたのは、本物のジオーネであった。ただ同じ台詞でも、息が荒く話をするだけで必死なのが伺える。
「じ、ジオ!」
「い、生きてたのね………良かった……」
今度こそ本物のジオーネだ。リイナとローダは二人のジオーネに振り回されてばかりである。
もう何度驚きの声を上げたか判らないローダと、次は嬉し涙で声が出ないリイナである。
「……い、言った筈だよ。それは不死鳥ではない。フェネクスだとね」
フラフラでありながらも懸命に立ち上がり、セインを指して決め台詞の様に告げるジオーネ。
「そ、それはどういう意味だッ!?」
フェネクスに取り込まれたセインが動揺の声を隠せない。声が完全に地に戻っている。
「まだ判らない? 自分が既に負けているのが判らない? やっぱり君は最後まで偽物なんだな」
「…………っ!」
「フェネクスは不死鳥に酷似しているが、悪魔の鳥なんだよ。僕は取り込まれるフリをして途中で抜け出した。当然、ローダ様も取り込まない様にした訳さ」
ボロボロであるにも関わらずジオーネは余裕を帯びて冷笑しながら種を明かす。
「あ、悪魔の鳥!?」
「そうさ、僕の詠唱の最後を忘れたのかい? 我を贄に燃えさかれフェネクスと言ったよね。実はあれ、我じゃなくてアレだったのさ。さらに悪魔の鳥は、姿こそ不死鳥に似ているが、決して術者に力を与えたりはしない」
完全に勝ち驕った顔つきで、この出来事の全貌を披露したジオーネ。対するセインの声が絶望に震えている。
「な、何だとっ!? 騙したというのかっ? この私を!」
人を騙す事を生業とする自分が、最後の最期で騙された。セインにとってこれから最も屈辱的な死が訪れる。
「そういう事だ。騙し合いでも僕は勝った。完全にサヨナラだ」
もう死に逝く姿を見るまでもないとばかりにセインに背を向ける。セインは末期の悲鳴すら上げられず、フェネクスの中で黒い消し炭になって消えた。
「か、勝った。今度こそ……」
ほとんど声になっていない小さな呟きの後、ジオーネは倒れかけた。それをリイナが支える。リイナが支えられる程に彼は軽いのだ。
「もぅ、本当に君は無茶しすぎだよ、こんなボロボロになってまで」
リイナはその満身創痍ぶりを見ながら、またもボロボロ泣いている。
「………す、すみません、リイナ様」
今にも消えてしまいそうなジオーネの擦れ声。けれどリイナに身体を預けているので心臓が高鳴り、それだけでも逝ってしまいそうだと感じる。
「いいのよ、謝らないで。格好良かったぞ」
彼女は少年を再び抱き締めた後、これ以上身体を壊さない様、慎重に寝かしてゆき、膝枕の上に頭を乗せた。ジオーネがさらに幸せに酔いしれるのは語るまでもない。
「……それにしても油断していた。まさか単身で乗り込んで来るとは。まだ新手が来るのだろうか?」
台詞通りに新手を探す目つきと緊張の面持ちでもって周囲を見渡すローダである。
「いえ、おそらく彼女は単身でしょう。元々リイナ様の禁呪を狙って来たのです。その力を他のお仲間に奪われる前に」
「成程……そうか。ならば安心して良さそうだ」
ジオーネの言葉に、溜め息を漏らしながらローダはその場に座り込む。確かに戦いは終わった。小さな少年が、その小さな命を賭けた凄まじき戦いであった。
しかしジオーネの真の戦いは、寧ろこれから始まると言っても過言ではない。
「ローダ様、大変消耗されている所、恐縮ですがお願いがございます」
ジオーネは必死に枯れた声を絞り出して願い出る。
「あっ……確か力を引き継ぐとか言ってたよね。でもそんな身体で大丈夫なの?」
心配を含んだ顔でジオーネを見つめるリイナ。彼を支えている膝が震えているが、決して痺れているからではない。
「だ、大丈夫です。これだけは死んでもやり遂げなくては。リイナ様に受け取って欲しいのです。僕の不死鳥の力を……」
「わ、私が不死鳥をっ!?」
ジオーネは経緯をローダに説明した。「自分が死んでしまう前に、何とかローダの力を使ってリイナに不死鳥の力を渡す手段はないものか」と。
ローダは全て聞き終えると黙り込んでしまった。出来るか、俺にそんな事が………。
(……あ、あった、あれしかない。本来ならサイガンが適任だがそんな事を言っている場合じゃない)
「………判った、何とかやってみよう」
ローダは再び立ち上がると、リイナの頭上に右手、ジオーネの頭上に左手をかざす。
「ローダさん? あの例の縛る力を使うのはどうかと……」
リイナが不安げな顔でローダに告げる。あんなもので縛られたら、それだけでジオーネの命が潰える。
「大丈夫だ、あれは使わない。あれに頼るのは相手を束縛しないといけない時だけだ。安心していい。ただ精神的疲労は覚悟してくれ」
ローダの返答を聞いて、リイナはホッと胸を撫でおろす。ジオーネはただ無言で頷くだけだ。その相槌だけで精一杯なのである。
「では行くぞ、『心の結束』!」
ローダが二人の少年と少女を繋ぐ心の旅が始まった。
◇
「ねえねえ、パパとママってどうしてけっこんしたの?」
7歳のリイナは、夕食の時、藪から棒に質問した。
ジェリドは思わず食べた物を吹きそうになる。
「あらあら、一体どうしてそんな事を聞くのかしら?」
可愛い娘にホーリィーンは、ニッコリ微笑む。リイナの頬についたスープの具を拭き取りながら質問を質問で返した。
「あのね、ロイドがね、けっこんしたら赤ちゃんができるって言ってたの」
いよいよジェリドは食べた物を喉に詰まらせた。ホーリィーンは「しようがない人ね」と、呆れつつ夫に水を渡す。
「うーん……仕方ないわね……」
諦め顔でホーリィーンは、ジェリドとの馴れ初めを語り始めた。
ジェリド21歳、ホーリィーン23歳、二人の男女はフォルデノ城内で開かれたパーティーで知り合った。前にも少し語ったが、ジェリドの一目惚れである。
ジェリドは騎士としての非凡な才能を開花させたばかり。女性に至っては、全くの経験無し。「俺に女は不要、剣にのみ生きる」と豪語している男であった。
しかし宮殿に招かれたその女性は些か美し過ぎた。決して派手なドレス姿ではなかったが、それで充分。
ジェリド的には、城内によくいる派手な女性には、これまで全く興味がなく、寧ろ邪魔な存在というのが正直な所であった。
要するにホーリィーンに初めての美しさを見出したと言って良かった。しかしそんな初心な男が、高嶺の花に声を掛ける事など到底出来ない。
そもそも彼は騎士に成りたてで、こういう時は雛壇最下部の飾りの如く、騎士の姿で脇に立っていることしか出来ない存在だ。
一方何段も上にいるホーリィーン、これはジェリドが初心というのもあるが、そもそもチャンスが与えられないに等しい。
ただホーリィーンは、自分に感じる強い視線だけは感じていた。
次の機会は意外にも早く訪れた。半年後の王宮騎士団の御前試合。それと同時に行われるフォルデノで一番の美女を決めるミスコンテスト。
勿論御前試合に出たのはジェリド。そしてホーリィーンは街の代表として、本人の意思ではなく担がれたのである。
この御前試合の優勝者は、ミスフォルデノとペアで踊る事を許されるというイベントなのだ。女性側から見れば何とも身勝手な祭りである。
ミスコンにホーリィーンが出場している事など知る由もないジェリド。ただ若過ぎる騎士は、早く栄誉が欲しかっただけだ。
そして二人は体よく最後まで勝ち残り、祭りのフィナーレである、中央広場でのダンスパーティーの主役となった。
そこでようやくジェリドは、自分の置かれた状況を知り、目の前の女性を見て絶句する。
「……あら?」
一方ホーリィーン、ジェリドにとって意外な反応を示す。「私、貴方を知っている」と言いたげな顔つきなのだ。
ジェリドは習った作法通りに、ホーリィーンの前に跪き、右手を取ってキスをする。「これはあくまでも挨拶……」堅物ジェリドのそんな声が聞こえてきそうだ。
「……ひょ、ひょっとして私の事を覚えていらっしゃるのですか?」
精一杯に騎士として敬意を払ったつもりだが、声に緊張が滲み出ているジェリド。それを聞いたホーリィーンは悪戯じみた顔で笑う。
「ええ、騎士様、ずっと私の事を見て下さっておいででしたではありませんか」
そして二人は互いの手を取って踊った。作法で習った筈のダンスの方はからきしの騎士様、仕方なくミスフォルデノに先導して貰ったのである。
そこから先は流れる川の如く、あっという間に事は進んだ。国一番の若い騎士と国一番の美しき女性。
もう世間が二人の幸せを期待したし、二人も満更ではなかったので、出会いから一年もかからずに二人は夫婦となった。
「そっかあ、あれ? でもえーと、私は7さいだから……」
幼いリイナは小さな両手を折って子供ながらに考える。
「けっこんしたら赤ちゃんができるなら、パパは今、28さい、ママは30さいじゃないの? でもパパは31さい、ママは33さい? なんかおかしいよ?」
「はいはい、お行儀が悪いですよ。早く食べて、歯を磨いて寝る時間よ」
膨れながらリイナは、「はーい」と生返事して言う事を聞くのであった。




