第7話 偽りの愛に揺らぐ炎
ローダのマインドコネクトにより復活を遂げたジオーネが、リイナに引き継ぎたいと一点張りであった不死鳥の召喚を無事にやり終えた。
ジオーネの心の中に潜むローダにも、心の声で言わせた理由は良く判らないが、復活と言っても所詮ローダと繋がる事が出来たからであって、彼一人の力だけではどうにもならないといった所か。
ジオーネの頭上にあった赤い輝きが、凄まじい爆発音と共に裂けてゆく。
人を丸呑みしそうな程の巨大な嘴から首と、徐々にその姿が露わになっていく。その全てが真紅。全身が燃え盛っている。
その爪は刃物ではないかと思える程に鋭く、詠唱にあった「鋼の爪」を体現していた。
「真紅の巨鳥…」
その圧倒的な姿を見てリイナが茫然としながら呟く。
「キシャァァァア!!!」
不死鳥が鳴いた。今までに聞いたことがない形容しがたい声。そしてとてつもない音量。
驚きでリイナは思わず両耳を塞いだが、しかし何故だろう、この世にも恐ろしく奇妙な鳴き声が、妙に心を踊らせる。
ローダも意識だけの存在で在りながら、勇気の様な意識が湧き出てくるのを感じた。まるでリイナの祝福の奇跡、いやそれ以上に自らの力が引き上げられている。
一方、敵であるセインは実に苦しそうな呻き声を上げ始め、その絶叫が次第に大きくなってゆく。
「グアァァッ! よ、止せ、止めろっ! 今すぐその鳴き声を止めろォッ!」
セインが創造した周囲の風景に落ち着きがなくなってゆく。様々な景色に変わり、そして色を失っていった。
「……こ、これは一体?」
ローダもリイナも、自分達とはまるで正反対のセインの様子に驚くしかない。
「ローダ様、これは不死鳥の鳴き声の効力です。正義ある者には勇気と安らぎを与え、悪意ある者には絶望と恐怖を与えるのです。さあ先ずはこの空間を破壊してしまいしょう!」
ジオーネが胸に手をあてて力強く告げる。自身の中に潜むローダへ言っているのである。
―了解した。またお前の声に合わせるぞ。
「はいっ、宜しくお願いします」
再びジオーネの声に合わせられる様に、ローダは意識を整えた。
そう告げて杖を天に掲げるジオーネ。杖の先の緑色の宝石が光り輝く。
「……よ、よせ。ま、まだ何かやろうというのかっ!?」
未だ姿の見えないセイン。けれどその心中が穏やかでない事は、見えなくとも明らかである。
「羽ばたけっ! 炎の翼!!」
―羽ばたけっ! 炎の翼!!
ローダの力を借りたジオーネが、力強く不死鳥に命じる。
不死鳥は再び奇声を発すると、巨大な燃えさかる翼を大きく広げ、一度だけ羽ばたいた。火の粉が舞い、炎を纏った竜巻が出来る。
加えてまるでセインの事が見えているかの如く、その竜巻は一点に襲いかかった。
「グァァァッ! や、止めろッ! 燃えるッ! 燃え尽きてしまうッ!!」
不死鳥の攻撃がセインに命中したのはもう疑いようがない。大きな悲鳴が周囲に轟く。
ジオーネ等を取り巻く景色にヒビが入ってゆく。ガラスが割れるのに似た音がして、セインの作った異空間は、あっという間に粉々になった。
「……こ、此処は?」
「まさか、大広間だったとは。此奴、本当に何にでも変身出来るのですね」
リイナもジオーネも、そして後を追ってきたローダでさえも、地下の通路だと思っていた場所は、実はフォルテザの砦の大広間であった。
床に頭を抱えてうずくまるセインの姿、意識が抜け落ちて倒れているローダの姿もあった。
「お前、女か。オーガではなくオーグリスであったか」
そう言ってジオーネは、その背中に一瞥をくれた。
床で辛そうに藻掻いている鬼は、彼の言う通り、明らかに女の身体であった。全身が灰色で一本角が頭に生えている鬼である証だ。
これが本来のセインの姿に相違ないであろう。
燃えてしまった髪の毛や火傷の跡が、敵ながら痛々しい所だが、彼女がやろうとした事を考えると、同情の余地は皆無である。
ジオーネは杖の先を不死鳥の身体にあてがう。すると杖の先が燃え盛った。不死鳥の炎は間近だし、加えて杖も燃えているというのに、ジオーネもリイナも熱さを全く感じない。
鳴き声もだが、不死鳥が正義だと認識した相手には、全く問題ないらしい。
「これで充分だ、終わらせてやる!」
ジオーネが燃え盛った杖を全力で、セインの頭をめがけ振り下ろそうとしたが、途中でその手を止めてしまった。
「フフッ、こうすれば人間は、殺れないんだろ?」
床に倒れていたセインは、何と瞬時にルシアへと姿を変えた。無論本物ではなく、ルシアに化けたセインなのであるが、どう見ても辛そうにしているルシアなのである。
「貴様、ルシア様にも化けるのか。御二人のロッギオネへの遠征をつけていたのだな」
「そういう事よ。私の大好きなローダ」
目の前のジオーネではなく、セインは心の中に潜むローダの方に問いかける。あえて間合いを詰めて、ジオーネの左胸の辺りを指でなぞって泳がせてみる。
「ねぇ…そんな所に隠れていないで、出て来て私を助けてよ」
ルシアの声は実に甘美で満ち溢れている様にローダには届いてしまう。
「ローダ様……いや、ローダっ!」
セインの指を弾き飛ばしたジオーネは、自分の胸を叩いて、あえて尊敬する剣士を堂々と呼び捨てにした。
「こんな下らないやり方に惑わされてはいけないっ! そんなの貴方らしくないっ!」
ジオーネが容赦なく自分の中に潜むローダを焚きつける。
ローダ自身、これ位の事で弱みをみせるのを恥じていた。なれど目の前にいるのはどう見ても愛するルシアなのだ。
こんなに足を引っ張る位ならいっその事、自分の身体に戻ってやろうかとも考えたが、今それをしたらジオーネが倒れてしまうだろう。
(あらあら、効果的面ってやつ? 鳥の炎が揺らいでいるじゃない)
セインの思う通り、不死鳥の炎が揺らぎ、しかも少し小さくなった様な気がする。
もう一押しとばかりに、ルシアは再びローダとの距離を詰めてゆく。
ジオーネは杖を無造作に振りながら距離を取ろうとしたが、ローダの意識が働いていないジオーネの力ではまるで相手にならない。
灰色の鬼女が化けたルシアが、揺らぎながらかわして近づいてゆく。格闘の手練れである彼女にとって、仮にローダの力を得られたジオーネの杖の一振りであったとしても訳なくかわすことだろう。
そしてジオーネの左胸に隙が生じた所をルシアは決して見逃さなかった。
「炎の精霊達よ、我が拳に宿れ!」
あっという間に、詠唱を終えるとルシアの右拳に炎が宿り、そのまま体重を載せたパンチが、ジオーネの左胸を目掛けて襲ってくる。
その鮮やかな動き、本物のルシアさえ凌いでいるのではないかと錯覚する程だ。
これはもう避けられない、ジオーネは恐怖で思わず目を閉じてしまった。
「女神よ! この者の盾に!」
リイナが間一髪、エディウス神の力を借りて、ジオーネの前に丁度ルシアの拳と同じ位の大きさの奇跡の盾を張る。
「うわあっ!」
「きゃっ!」
それで威力は半減したものの、体重を乗せた炎の拳の威力は絶大で、二人は軽く吹き飛んでしまう。
それでもリイナは自らを励ましながら、懸命に立ち上がった。
「ローダさん、しっかりしてっ! 此奴はあのお姉さまではないわっ!」
リイナの甲高い叱咤の声がローダの意識に風穴を穿つ。
「そうですっ! ローダ様、貴方の愛するルシア様は、大好きな妹さんを決して殴ったりなどしないッ!」
仰向けに倒れたままではあったが、実は瀕死の身体に鞭打ってジオーネも懸命に言い放った。
「……こんなこと言ってるけど、どうなのかしら?」
ニヤニヤしながらローダの様子を伺うこの顔は、まさしくマウントを取りたがるルシアそのものに見えても仕方がない程だ。
ローダは自分の顔を思い切り、両手で叩いた。自分の顔と言っても、今の彼はジオーネの中の存在だから、実際に痛いのはジオーネなのだ。実に奇妙な自虐である。
―フゥー……済まない、俺どうかしていた。二人共、もう大丈夫だ。
意識だけのローダは、一度大きく深呼吸してから自分を取り戻したことを宿主に告げた。
「全く……お願いしますよ。これで駄目になったら、僕は殴られ損です」
「……アハハッ、本当ね」
ジオーネは殴られた真っ赤な顔で、少しだけ軽口を叩いた。
ジオーネには大変気の毒だが、真っ赤な顔と、自分で自分をなじっているようにしか見えない所が面白くて、リイナは思わず笑ってしまった。




