第6話 繋がり合う心と不死鳥の召喚
燃え尽きようとしている若過ぎる命が望んだものは、片想いと知りつつも心から慕う小さな天使からの抱擁であった。
間違いなく人生で初めての経験にジオーネは、この魅惑を燃え滾る勇気に変えて、リイナを決死で守ると改めて誓う。
(……クソッ、アイツ等、戦場で何してやがる!?)
馴れ合う二人を見たローダの偽物は、完全に舐められていると感じ、増々腹を立てる。
「貴様、遊んでいるのかッ!」
(もうこんなナイフなど構うものか、ナイフより速く飛んであのガキの首、かき斬ってくれるわ!)
偽物は物凄い勢いで二人に向かって飛んで往く。けれどスピードならジオーネのナイフも決して負けてはいない。彼の前に2本のナイフが立ち塞がる。
(弾いて先に飛び込んでやるっ!)
「『模造!』」
ローダの偽物が2本のナイフを弾いたと同時に、ジオーネは新しい言葉を発した。弾かれた2本は動きを止めたが、そこから更に2本の新しいナイフが突如現れる。
生まれたナイフ達が偽物の驚きの声よりも先に動き、無防備な喉元へ襲い掛かる。
「グッ、グワァァッ!?」
流石にこのナイフは避けきれない。ローダの偽物は首から大量の血を吹き出し、仰向けに倒れる。ほぼ即死であった。
(か、勝った………)
4本のナイフは2本に戻り、その場に落ちて動かなくなった。緊張の糸が解けたジオーネは、立っている力を失い、リイナの腕の中でダラリッとしてしまう。
「ジ、ジオ!?」
「あ、いえ、まだ…生きて…ます。リイナ様に…ぼ、僕の力、託すまでは、まだ死ぬ訳にはいかない」
今にも失われそうな命を横に寝かせると、その頭を自分の膝の上に載せるリイナである。敵に勝利した喜びは存在しない。
「力ってなんなの!? ……そんなのもう、いいんだよ。お願いだから死なないでよぉぉ……」
再び泣き出してしまったリイナ。彼女は涙を拭う事なく、遠慮せずに大粒の温かい涙をジオーネの顔にボタボタと落とす。
リイナは勿論寿命で亡くなる命を救う事など出来ないと理解している。彼女はおろか信じる女神にさえ出来はしない。
でもそんな理屈は、完全に吹き飛んでしまった。
自分に染み入る温かい涙にジオーネは、とても幸福だと感じている。これまでもエドルの民や、父にとても大事にされてきた。
だがそれは自分に宿るこの力を引き継がせるのが理由であり、人としての命ではなく、力を受ける器という意味で、大事にされてたのだと思っている。
今、自分の命のために本気で泣いてくれる人が目の前にいる。しかも初恋の相手なのだ。染み入る涙の粒一つ一つが、自分に生命の力を与えてくれる気さえする。
「……んっ!?」
そんな最中ジオーネはふと我に返り、自分の甘さを自覚する。
「……ど、どうかしたの?」
「お、おかしいんです。敵は死んだ筈なのに、この空間が消えないんですっ!」
気力だけで自分を支えていた状態が嘘の様にガバっと起き上がり、緊張の色を濃くするジオーネである。
「し、死体が。奴の死体がないっ!」
「ほ、本当っ! い、一体何処にっ、逃げ出したっ?」
慌てて周辺を見渡すジオーネとリイナ。倒した筈である敵の血痕すら消え、残ったのは火口の様な景色だけである。
「そ、そんな訳ありませんっ! 確かに僕のナイフは彼を殺ったっ!」
「……嗚呼、確かにさっきまでの男は死んださ」
ジオーネは死の淵で悪い夢でも見ているのかと思いたかった。
そこへローダに似た声ではない、得体の知れない天の声が絶望と共に訪れる。
「なっ!? それはどういう意味だっ?」
「言葉通りだよ小賢しい少年。私の中のあの男は確かに死んだ。しかしただそれだけの事だよ。私自身はまだ生きている。フフフッ……」
宙を見上げながら、必死な形相で見えざる相手に質問を投げつけるジオーネ。
宙は答えと笑いを返して寄越した。
「なっ!? そ、そんな事がっ?」
「えっ!? 化けていただけじゃなかったの?」
驚愕しすっかり色を失ってしまう少年と少女。ただ化けるだけであるならば、先程の一撃で確実に敵の本体も命を落とす筈なのに。
「言ったでしょう。ただ化けるだけではないと。もう偽物の力は必要ないでしょう。我が名はセイン。ヴァロウズ6番目の鬼です」
見えざる敵は遂にその素性を明かす。ただそれにしても生き残っている説明には至っていない。
(……ヴァロウズの6番目!)
リイナがその6番目に反応する。ディオルの街で戦った女戦士が確か5番目だった。そしてあの巨人が7番目。この敵はその位強いというのか。
「フフッ、ようやく態度を改めてくれた様で何より。だけど早速ですが少年。君には退場して頂こう。さあ私の本当の力を思い知るがいいっ!」
突然、物凄い地響きがジオーネの聴覚を刺激する。そして周りの空気を震わせながら、巨大な爆発音が鳴り響き、火口から真っ赤な溶岩が次々と飛び出して来た。
「うわぁぁぁッ!!」
その地獄の光景にジオーネは恐怖の叫び声を上げる。天高く舞い上がった溶岩が落下して、火山灰が降り注ぐ。目を開けていられない。
「ど、どうしたのジオ?」
急にジオーネが叫ぶので、リイナは慌てて声をかけつつ、その身体を揺する。
「リイナ様っ! だって今、火山がっ!! 僕の身体に火がァッ!!」
「か、火山が、一体どうしたの?」
ジオーネはリイナのリアクションに唖然とした。
(み、見えてないのか!? 感じてないのか!? これを?)
これは自分だけを狙った幻術なのだ。大きな火の粉が降りかかり、司祭の服が燃え始める。幻なのに途轍もなく熱い。
火はあっという間に炎となって、自分を今にも消し炭にしようとしている。
これは幻、まやかしなのだ。自分に懸命に言い聞かせる。しかしジオーネの残り少ない命にとって、この攻撃はあまりにも有効だった。
(消える……僕の命が……これまでなのか、引き継ぐどころかリイナ様すら守れずに)
―『リンク・マインド』!
死への絶望に堕ちる寸前であったジオーネの心の中から、不意に力強い声が聞こえてきた。
(こ、これは一体っ!?)
今にも死んでしまいそうな意識の中に強い魂の力が入って来るのをジオーネは感じた。
―待たせたなっ、ジオっ! そしてリイナっ! 何とかギリギリ間に合ったっ!
ジオーネは自分の中にいるローダの力強い心の声をハッキリと聞いて目を輝かせる。曇っていた顔が陽が射した様に明るくなる。
「ローダ様っ!」
「ローダさん!? どこっ? 何処にいるのですか?」
―リイナっ、俺は此処だっ! ジオーネの中にいるっ!
ローダはジオーネの身体を使って右手の親指を立てると、左胸を指した。なお、ジオーネ自身はセインの幻術からすっかり解放された。
「……え? えーっ!?」
まるで理解が追い付かないリイナは、すっかり頭を抱えてしまう。
―色々考えたのだが自分の身体毎、この空間に飛び込む術がなかった。そこで俺は意識だけの存在になって、ジオの心に直接入り込んだ。勝手に入って本当にすまない。
「いえ、これなら接触を使わなくても会話が出来ます。そして何よりこれで今の僕にも全力であの力が使えますっ! ローダ様、私に合わせて詠唱をお願いしますっ!」
―んっ? 何のことだか判らないが了解した。
リンクマインド……それはかつてサイガンやローダが使ったマインドバインドと同じく相手と意識を繋ぐ術だ。
だがマインドバインドが相手と術者を縛り上げて強制力を生じるのと違い、リンクマインドは相手の自由を奪うことはない。
それどころか相手に術者の力を注ぎ込むことが可能だ。ローダのお陰で自分の底上げを早速実感したジオーネは確信に至る。
これで思う存分、力を奮い、敵に勝利し、そしてリイナに力の引継ぎが出来ると。
それにしても人の魂を情報として扱うサイガンならではの術式であり、これを存分に使い熟すローダも見事なものだ。
ローダは繋がったばかりでまだ状況が飲み込めていないが、とにかくジオーネの言葉を一つ残らず拾う様に意識を集中する。
「ヴァーミリオン・ルーナ! 紅の命、賢者の石がその真の姿を現す!」
―ヴァーミリオン・ルーナ! 紅の命、賢者の石がその真の姿を現す!
ジオーネの詠唱の声とローダの心の声が綺麗に重なる。ジオーネが右手の人差し指と中指を天にかざすと、空に真っ赤な光の玉が現れて、正視出来ない程の輝きを放つ。
「な、何をしている?」
息を吹き返したばかりか、さらに何かをしようとしている少年に驚いたセインであったが、凄い力であるのなら、自分のモノにしてくれやるから、安心して逝くが良いと構える。
「炎の翼、鋼の爪、今こそ羽ばたけ不死の巨鳥っ!」
―炎の翼、鋼の爪、今こそ羽ばたけ不死の巨鳥っ!
(不死の巨鳥!?)
ジオーネとローダ、二人同時の力強い詠唱が続く。
不死鳥という言葉にリイナは覚えがあった。……不死の巨鳥、それはまさしくっ、他には考えられない。
「さあ我に応えよ! 『不死鳥』!!」
―さあ我に応えよ! 『不死鳥』!!
二人の同時詠唱が完遂した。遂にジオーネの真の力が此処に再現される時だ。




