第5話 声にならない決死の告白
ローダは自分しかいない砦の通路に座り込み、考えを巡らせていた。どうやって彼らと合流するか?
リイナがまた例の奇跡を使って攻撃に転じてくれるのは、期待薄だろう。相手が本当に一人とは限らないのだ。
ではジオーネはどうか? まず体格的にどう考えても力押しに向いてるとは思えない。
何か得体の知れない力を持っているのは確かなのだが、それが戦いに向いた力なのかは正直判らない。
やはりローダ自身が一刻も早く合流のが一番だろう。だが見えもしない異空間にどうすれば辿り着けるのか?
闇雲に壁をぶち壊して行けるとは到底思えない。
(いや待てよ? 俺はさっきジオと心を通わせたのではないか。何か手段がある筈だ)
ローダは眉間に皺を作りながら必死に考える。頭が痛くなる程に。時間は無情にも過ぎていく。
一方、得体の知れない敵の異空間に飲み込まれたリイナとジオーネをローダの姿をした敵は、今にもロングソードで斬りつけようとしている。
ジオーネが無言でリイナの手を握る。なんだ、早速命乞いでもするつもりかとローダの様な敵は思ったが、どうやら違った。
二人はその場から忽然と姿を消したのだ。
「い、一体何をした!?」
取り合えず二人のいた辺りへ、闇雲に剣を振り下ろしてみるが手応えを感じない。
(に、逃げた!? いや、有り得ないことだ。私を倒さない限り、この空間から逃れる術はない。きっとただ見えないだけだ)
そう思っていたら、小石が転がる音がしたので、今度はそちらに向かって剣を大きく振ってみたが、またも何も当たらなかった。
「クッ! あのガキっ! 石を投げて私を騙したなっ! くだらん小細工をっ!」
顔を歪ませるローダの偽物。剣で地面を強かに叩き怒りを露わにする。
―フフッ、やはりお前は偽物だっ! ローダ様はそんな汚い言葉を決して使わないっ!
わざと『接触』を使い、ジオーネは自分の思いを伝えて相手を挑発する。
「なっ!? どこだっ! 貴様、どこにいる!?」
馬鹿にされた偽物は、辺りを見渡してみるが、当然二人が姿を見せる事はない。
(あの偽物は僕と心を通わせる事は出来ない。僕の読み通り、化けた相手の力を全て使える訳ではないらしい。アイツは恐らく、その目で見た力だけを真似出来るんだ)
接触は目に見える能力ではない。自分の考察は正解に近いとジオーネは、確信を得る。
そして一体何が起きているのか全く理解出来ていないリイナの方に目を移す。
―リイナ様、僕は今、この首飾りの宝玉を一つ使って完全に姿を消す『不可視化』を使っています。僕が許していない相手には、見る事も触れる事も許さない能力です。でも一応声は、出さないで下さい。気取られることが全く無いとは正直言いきれません。
訳が判らないリイナだが、この小さな少年は、自分が思っていたよりずっと出来ること位は理解出来る。ひたすらに頭を縦に振って応じる。
―この術もあまり長くは持ちません。僕はさっき、この接触でローダ様と話が出来ました。きっとローダ様は、此方に来てくれますよ。それまで時間を稼ぎましょう。
自分より2つも年下の少年がまるでローダの様に頼もしいと感じるリイナ。けれど、ジオーネの顔は何だかとても辛そうだ。
(……なんとかアレだけは、使わずに凌ぎたい)
ジオーネはポケットから2本の折りたたみナイフを取り出すと宙に放り投げた。
―『操舵』!
宙に放った折りたたみナイフは勝手に開き、さらに上下に別れると偽物に向かって飛んでいく。
偽物の目には、何もない所から突然ナイフが飛んできた様に見えた。しかしあんな物、剣で弾いてしまえばいい。
そしてナイフの飛び出した所に向かえばいいだけの事だ。所詮は子供のやること、せっかく姿を消しているのに居所を知らせてくれる。
(……奴等、消えたは良いが攻撃の手段がないのだな)
2本のナイフが上下に割れて襲って来るが、上を弾いて下はやり過ごすと決めた。偽物は剣を上に伸ばそうとする。
なれど弾こうとしたナイフは、突然向きを変え偽物の剣をかわした。
「なんだとっ!?」
偽物の顔が驚きで歪む。上のナイフはそのまま前から、下のナイフは一度通り過ぎた後、反転して背後から襲いかかって来る。
「……向きを変える? 冗談ではないっ!」
上のナイフは振り下ろした剣を上げながら今度こそ弾き、後ろから来た分は、脇の下を抜ける様になんとかかわす。
これで終わりかと思ったが、弾いた方もかわした方も、さらに向きを変えて追尾して来るではないか。
「なっ、なんなのだ、これは!?」
偽物はローダ程ではないが、剣を巧みに操りこれも弾き返す。しかし幾度も繰り返し襲ってくるので二人を狙うどころではない。
しかしそうしているうちに『不可視化』の効果は切れてしまい、ジオーネとリイナの姿が現れた。
偽物の思っていたよりも、遥か遠く、10歩近く離れた場所に二人はいた。司祭風の小僧が必死に両手を動かしているのを視界に捉えた。
(あ、あんな所からあのガキは、この二本のナイフを操っているというのか!? い、一体どうやって? 何やら手を動かしてはいるが、糸で操っているにしては、動きに自由度が在り過ぎるっ!)
せっかく二人の姿が見えたというのに、2本のナイフが的確に自分の急所を狙って飛んで来る。しかもその精度が上がって来た様に感じる。
(クッ、あのガキよく見れば随分と辛そうな顔をしているではないか。これさえ、これさえ凌いで飛び込めれば、あんな細い首、叩き落としてやるというのに!)
偽物は歯痒さで怒りを募らせる。本物のローダは決してしない醜く歪んだ顔で眉を吊り上げた。
(だがこの術とて恐らく終わりが来る筈。あの辛そうな顔、きっと長くは持つまい)
一方、同じことをリイナも考えていた。なんとか少しでも加勢をしなければ。リイナは、祝福の奇跡の詠唱を始める。
「エディウ…」
―駄目です、リイナ様!
リイナの詠唱はジオーネの強い心の声によって阻まれた。
「な、何故!? ジオ、とても苦しそうなのに…」
―……無駄なのです。リイナ様の力が無駄と言っているのではありません。僕の方が限界なんです。回復の奇跡も同じ事です。
ジオーネの忠告に驚くリイナ。ジオーネはただ静かに首を横に振るだけである。
(……無駄? ジオ、貴方まさか!?)
回復の奇跡も祝福の奇跡も受け入れられない身体。その答えは一つしかない。
ジオーネの命そのものが燃え尽きようとしている。要は寿命が近いという事である。
「な、ならば、あの禁忌の奇跡でっ!」
―それこそ絶対になりませんっ!
「何故っ! どうして!? もう他に手はないのよっ! このままでは貴方が死んでしまう」
リイナは必死に訴える。最早涙を堪えきれなくなる。
―敵は貴女のあの奇跡の術をコピーしようとしているに違いないのです……。
「なっ!?」
―敵には禁忌の術に耐えうる秘策があるのでしょう。まあ大方想像はつきます……。
「…………」
―この空間に4人以上の命を感じます。恐らくその者を犠牲にし、貴女の力を全て見てしまえば、ほぼ同じ能力が使える様になる。
「………そ、そんな」
―ま、女神エディウスに完全に取り込まれてしまうかも知れませんが。それこそ一番あってはならない事態です。
涙も枯れてしまう程の絶望にリイナは愕然とする。自分が出来る事は何も在りはしない。
そして目の前の弟の様に親しかった少年の命の火は、燃え尽きるロウソクの様に今にも消えてしまいそうだ。
……何が司祭だ、何が女神だ。彼女は泣きながら地面を叩いた。
―リイナ様、女神の司祭である貴女が、希望を捨ててはなりません。
ジオーネの心の声は穏やかだが、しかし力強かった。一体この今にも果てそうな身体の何処にそんな力の泉を湛えているであろう。
―……リイナ様、一つだけお願いをしても宜しいでしょうか。
「……願い? 私に出来る事なら何でもするよっ!」
それまで凛々しかったジオーネの心の声に少しだけ躊躇いをリイナは感じた。
泣き虫リイナは涙を襟で拭い、そんなジオーネの願いを心底待った。
「その、僕の事を……抱き締めて欲しいのです。前は手を動かしているので出来る事なら後ろから…」
ジオーネは心の声ではなく、本来の声で伝えてきた。さっきまでの凛々しい心の声とは違う、恥ずかしさを隠せない思春期の少年の小さな声で。
「えっ? そ、そんな事でいいの?」
普段はこういう時、敏感に働くリイナの頭脳だが、彼の願いの意図する事が判らないという鈍さをみせる。
「そ、そんな事……いえ、僕にとってこれは貴女にしか出来ない、これ以上ない願いなんです」
「あ……。うん、いいよ。判った」
ようやくジオーネは、勇気を振り絞ってハッキリと言葉に出来た。これには流石に リイナも彼の気持ちに気づいたようだ。
リイナは立ち上がり、ジオーネの背後に回る。彼は自分よりも背が低い。良く見れば、命の残り火を必死に揺らしているかの様に、少し身体が震えている。
(……こんな小さな身体で君は、精一杯命を賭けて戦っていたんだね、私なんかで良ければその最期の気持ち、受け止めてあげるよ)
ジオーネの脇下から両腕を入れて、リイナは精一杯に抱き締める。ジオーネにリイナの心音と温かみが伝わって来る。
少年はその幸せに意識が飛ぶかと思ったが、直ぐに気合を入れ直し、身も心も引き締めた。
(ありがとうございます。これで心置きなく戦えるっ!)
リイナには届かない心の声を張り上げるので精一杯のジオーネであった。




