第4話 奇妙な争い
場所をまた例の食堂に戻してみると、あの三人はまだ吞んでいた。そこへ風呂上がりで顔が少し火照っているルシアがやって来る。
「………ま~た、やってんの? 好きねえ、本当に」
半ば飽きれ顔のルシアである。普段は戦う女性として扱われる彼女だが、まだ26で何より女性としての見た目にケチの付けようがない。
戦場でなければ一気に華やかな雰囲気にしてくれるのだ。
「おお、ルシア。ローダとばかり遊んでないで、たまには年増とも絡んでくれよ」
「おぃ! 誰が年増だってっ!」
真っ赤な顔でガロウは、6歳年下のルシアに絡む。
酔っても顔に出ないタイプのプリドール。こういう者ほど強かに酔うものである。
「ちょっと、まるでローダとお風呂入って来たみたいな事言わないでよね!」
「「えっ!?」」
これにはガロウとジェリドが口を揃えて驚きの声を上げる。
「………いや可笑しいだろ、誰もそんな事言ってねえし」
「うむ、今のはルシアの拾い方が可笑しい。まるで本当に入って来た様な口振りだぞ」
ちなみにジェリドは飲んでもまあシラフ。けれどこんなトークに混ざるのは実に鮮やかだ。
「ちょっとぉぉお! それでなくても最近ちょっと付き合い悪いんだからねっ!」
((かかった…………))
変な煽り方をされたルシアが空のグラスを差し出す。ガロウとジェリドがニタリッと笑う。
「もう赤は此奴が飲み切っちまった。白でいいか? 」
「何でもいいわよ、どうせあの白でしょ? 」
ガロウの問いにルシアは、実に投げ槍に答える。
あの白とは、なんとサイガンが作った白ワインで、瓶のラベルに日本語で「白」と書いてある冗談みたいな代物なのだ。
いくら黒を覆そうとする輩とはいえ、こんなモノ作るのかと、ただただ周囲を呆れさせた一品である。
味の方は……ルシアが余り物を仕方なく要求している辺りから察して欲しい。
「で、なんだっけ? 最近ローダが一緒に寝てくれないって話だったか?」
「もうっ! ジェリド酷いっ! そんな事まだしてませんっ! 大体それセクハラだからっ!」
膨れっ面のルシアの態度に、ほぅ……と、他の三人は顔を合わせる。
「……いや、だからそうじゃなくてっ!」
ルシアが白をグィと一気に飲み干すと、ガロウがはい次々とばかりに勝手に注ぐ。
「なんかね、最近あのエドルから来たジオーネって子が気になるらしくってさ、探ってるみたいなのよ」
弱いくせに酒が嫌いではないルシアは、自分がちょっと面倒な人間になることを理解していて、あまりこの手の晩酌には付き合わない。
女ならそれ位の方が可愛げがあっていいと、プリドールから羨ましがられるのだが、一気に飲み干してしまう辺り、可愛い飲み方とは言い難い。
「あーっ、それかあ」
(そういや、そんな事言ってたよなアイツ…)
ガロウは3か月前のローダの強い押しを忘れてはいない。本当にきっと何かあるのだろう。
しかし今は、新しい肴を弄る方が断然楽しい。
ついでに触れておくと、ローダは飲んでもあまり様子が変わらない。いよいよ面白くない奴であった。
ただそもそも普段が天然なので問題はない。
◇
再びリイナとローダに戻る。ローダは何やらグイグイと、リイナを引っ張り回していた。
サイガンを探そうという訳で、砦の中を歩き回っている訳なのだが、手当たり次第過ぎて、これは何やら様子が可笑しい。
大体冷静に考えてみれば、こんな事をしなくてもローダとサイガンは『接触』が使えるのではなかろうか?
「ローダ…さんっ!?」
前を歩いていたローダが突如姿を消した。
「えっ!? えっ!?」
リイナは完全に冷静さを失った。取り合えず周辺に目を送ってみる。自分の背後の通路の壁にドアがあった事に気づく。
(……え? 在ったかな? こんな所に)
ローダが余程特別な力でも使わない限り、いるとしたらこのドアの奥だろう。そう思いドアノブに手を伸ばした。
「駄目ですッ! そのドアを開いてはいけないッ!」
何もない所から不意に聞き覚えのある声がした。少年の力強い静止の声だ。
「あっ……」
しかしもう手遅れであった。リイナはドアを開いてしまった。
するとドアの向こうからもの凄い勢いで、彼女の身体を吸い込む風が吹いた。とても抗えそうにない。
そこにリイナの左手をガシッと、力強く握る感触だけが伝わってきた。
左手を見ると握られて皺が出来ているのだが、肝心なその手が見えない。
その制止も虚しく、リイナはその手を握った当人毎、完全に吸い込まれてしまった。
「リイナッ!」
そこへ先程まで一緒だった筈のローダが駆け寄って来た。けれどそこにはもうリイナはおろか、彼女を吸い込んだ筈のドアすら見当たらない。
ローダは彼をつけていた。どうやっては知らないが彼はその身を隠しながら歩いていた。
そしたらリイナと彼女を制止する彼の強い声が聞こえたので、慌てて此処まで走って来たのだ。しかし今は気配すら感じない。
(……冷静になれ。彼の気配を探すんだ。きっと心の声を探し出せる筈だ)
ローダは全周囲に『接触』を飛ばし、目には頼らず意識を集中し始める。
(いる、確かに近くに気配は感じる。それも3人!? 3人目は誰だっ! 敵なのか? 頼む、リイナと共にいるのがジオなら、俺に意識を飛ばしてくれっ!)
祈る思いで捜索を続行するローダである。
「痛たた……」
気がつくとリイナは地面に尻餅をついていた。随分な高さから落ちた様な感覚だ。隣にはジオーネがいた。
「ジオ君、君だったのね。私を止めようとしたのは」
「はい、リイナ様の方に何か得体の知れない気配を感じたので、追って来たのですが、ごめんなさい。止められなかった」
リイナは既に立ち上がっている彼を見上げた。苦い顔でジオーネは、周囲の状況をを伺っている様だ。
確かに砦のドアを開いたのに、そこには森の様な、一見のどかな風景が広がっていた。
「……ようこそ、私の世界へ」
突然どこからともなく声が聞こえてきた。男とも女とも取れる不思議な声質である。
「えっ!?」
「お前か! ローダ様に化けてリイナ様を騙したのはっ!」
リイナの驚きを他所にジオーネは見えない声主に向けて言い放った。
「おお、まさか貴方のような子供に見破られていたとは」
「そりゃそうさ、お前から感じる力、ローダ様とは歴然の差があったからな」
わざと冷たく笑った声を混ぜて相手を馬鹿にするジオーネ。12歳とは思えない駆け引きをやってのける。
「えっ!? そうなの?」
自分だけ気づかずに相手の罠に嵌ったリイナは、とても恥ずかしい。
彼女はジオーネに対し、自分よりも若い、可愛い弟が出来たと感じていた。
読書の合間には、彼と談笑をしていたものだ。
なれど彼の様に偽物のローダから、そんな差を感じ取る事は出来なかった。
「リイナ様、気になさらないでください。きっと勉強のし過ぎです」
まるでリイナの心を読み取った様にジオーネは優しく笑う。リイナの恥ずかしさは増すばかりだ。
「……力の差だと!?」
天からの声に動揺が混じって聞こえる。
「そうだ。お前とローダ様では天と地ほどの差を感じるな。そうか、お前オーガだな。化ける事しか能の無い奴がローダ様に化けるなんて、恐れを知らぬ愚か者だ。どうせあのマーダからちょっと力を貰ったのだろ?」
「貴様っ! 子供のくせに私だけでなくマーダ様まで侮辱するとは!」
ニヤニヤ笑いながら自分の正体まで把握したこの少年によって、姿の見えない声の主はすっかり地を出してしまった。
―ローダ様! 私の声が聞こえますか!
―そ、その声! ジオだなっ! 俺の声も聞こえるのか?
ジオーネは、笑みを絶やさず心の声を大きくしてみた。
遂にローダはジオーネの心の声を捉えることに成功する。
―はい、しっかり聞こえています。今、私とリイナ様は敵と対峙しています。
―敵!? 一体どんな奴だ?
―それが今は姿が見えないのです。どうやら化ける能力を持つオーガの様なのですが、今は声しか聞こえません。そして恐らくこの敵が作った空間に飛ばされていて出口が見えない状態です。とてもただのオーガが成す業とは思えません。
相手を馬鹿にしていた程、ジオーネは敵を過小評価などしてはいなかった。それを相手には悟られない様にローダにだけ伝えたのだ。
「貴様、子供だと思って甘く見ていたがもう容赦せぬっ! 私はその娘にしか用がないのだ」
突如、長閑だった景色は一変し、火口の様な場所に変貌する。
幻術なのか実体なのか不明だが、溶岩の熱さが本物の様に伝わって来た。
加えてまたローダの姿を成した相手が、ジオーネとリイナにあえて姿を晒す。
「俺がただ化けるしか能がないと言ったな。その言葉撤回させてやるぞ」
姿を見せた敵は、声色すら完全にローダと同じであった。
「風の精霊達よ、我に自由の翼を!」
ローダが良く使う宙を舞う魔法を彼は詠唱してみせた。すると本当に身体が浮き上がる。
―ローダ様、敵がローダ様の姿で出現しました。此奴、風の精霊術で空に浮いています。
―な、なんだと!? まさか化けた相手の力まで使いこなすと言うのか?
ローダの問いに対し、ジオーネは少し様子を伺ってから続ける。
―……いえ、ただの推測なんですが、恐らく全ての力を使う事は、流石に出来ないでしょう。きっと何か制約があるのでは。ローダ様、何とか此方側に来る手はないでしょうか?
―ああ、今それを考えている。俺が行くまで決して無茶をするな。
―ジオ、了解です。
そして二人は互いの交信を取り合えず切った。
(さて、とは言ったもののこれはどうしたものか……。決めるしかないのか? 覚悟を!)
宙に浮きながらローダの様な敵は、ロングソードをスラリと抜いて右手で握る。
リイナとジオーネはその姿に息を飲む。本物のローダを敵にしている様な、なんとも憂鬱な気分になった。




