第5話 全てを斬り裂く黒の剣士
非常に判りやすく悔しがる女魔導士フォウの姿を見つけ、黒い剣士が面白そうに口元を緩ませる。
「しかしながら、杖は折れてもまだ戦えます。今すぐに奴らを蹴散らして……」
「まあ、良い……」
黒づくめの剣士はフォウの決意の言葉を遮って続ける。
「近頃、弱き者ばかり相手にして正直退屈していたのだ、後は我に任せよ」
言いながら黒マントを脱ぎ捨てる、やる気を入れる合図のようだ。
「マーダ様……」
「……下がれと言った」
ナイフの様な鋭い眼光をフォウへ飛ばした馬上の剣士。これにフォウは抗う訳にはいかない。
(……好機!)
ほんの数刻の二人のやり取りの間にレジスタンスのリーダー、ガロウは既に斧の戦士の真後ろに取り付き様子を伺っていた。
彼は西洋の剣ではなく、しなりの入った刃………日本刀を振り上げて一目散に馬上の剣士に襲いかかった。彼の動きにルシアは呼応して呟く。
「風の精霊よ、あの者の刀に宿り刄となれ」
ガロウの刀が光を放つ。その切っ先はマーダと呼ばれた剣士の首に届いたと、誰もが思うタイミングだ。
刀の切っ先が砂地に届き、埃が舞い上がる。なれどガロウは戦慄する。
(て………手応えがないッ!)
なんとマーダは悠々とガロウ渾身の一ノ太刀を避け、あろうことかガロウの後ろで宙に静止していた。その動き、誰の目にも映らなかった。
さらにマーダは間髪入れずに本来両手持ちであろうはずのグレートソードを右手だけで抜刀し、居合斬りの様な剣を繰り出した。
絶望するルシア、声にならない悲鳴を上げそうになったが、ガロウは身体を捻り、その勢いで刀はくるりと三日月の如き太刀筋を描く。
そしてマーダの剣を見事に止めた、しかしガロウの顔に余裕は皆無である。
「ほう、よもや二ノ太刀があろうとは、関心関心」
冷笑を浮かべたマーダは、右足でガロウの肩を蹴り飛ばした。
「ぐああっ!」
後方に成す術なく吹き飛ぶガロウ。何かが折れる嫌な音がする、彼の右鎖骨であった。
「貴様、侍大将か。そこの女と武術といい、この国には使い手の少ない力。実に興味深い………さぞ良き師なのであろう」
そう言うとマーダはクククッと笑う。まるで「良き師」に心当たりでもあるかのように。
「……どうした?︎︎もう終わりか?」
今度はルシアの顔を覗き込みながら冷笑するマーダ。余裕を絵にしたような圧倒的存在感。
ルシアは悔しくて仕方がないのだが力の差を感じ、次の一手が浮かばない。
レジスタンスの他の戦士達も同様に歯軋りしつつも動けずにいた。
蛇に睨まれた蛙、いや、蛇であればまだマシかも知れない。
なれど一番弱っている筈の蛙が、マーダに向かって一直線に突進した。
(まだだ、まだ終わらぬッ!)
ガロウは心の中だけで叫び、自らを奮い立たせる。
彼は数々の戦いにおける経験で無駄な気合いの雄叫びは、相手に迎え撃つ準備を与える事を知っていた。
(味方を奮い立たせる雄叫びは、奴にこの刀が届いてからだ!)
激痛に耐えながら当たる場所なぞ考えなしに、渾身の突きを繰り出す。
しかしその決死の突きをマーダは、顔色を変えずにグレートソードで叩き落とし、ニヤリと笑う。
が………自身に溢れたその頬を飛んできたナイフがかすめる。
マーダの顔から笑いが消えた。傷ついた右の頬を左手で触り、掌を見つめる。
ほんの僅かではあるが、彼の血が付着していた。盗賊風の男が投げたナイフであった。2匹目の蛙が蛇に反抗したのだ。
自らの掌の血を舐めて、マーダは少し驚いたような表情になった。
「どうだっ!︎︎まだ終わってなぞおらぬっ!」
ナイフが掠めただけの抵抗ではあったが、まるで勝ち時の声であるかの様なガロウの力強い声は、その場にいる全員に届いた。
「うおおおぉぉ!」
「征くぞっ!」
レジスタンスの男達が我先にと、マーダへ向かって次々に突貫していく。
「ま、待って!︎︎みんなっ!」
ルシアは黒の剣士がまだ本気の一振を繰り出していない事を知っている。
さらに塊で飛びかかる行為が、いかに危険であるか理解している。
男達を制止する事を諦めた彼女は、魔法の言葉を発する。
「風の精霊達よ、勇者達に加護を」
(……お願い!)
ルシアは風の精霊に呼び掛けつつも、祈りを捧げたのは、心の中にいる得体の知れない神だ。
「そうだな、確かに何も終わってはいないな」
全く慌てた素振りを見せないマーダ。
そしてグレートソードを両手で握り、ようやく本来の使い方にした。
「暗黒神に使えし竜共よ、その爪を我が剣に宿せ……」
彼は実に禍々《まがまが》しい顔つきで魔法の詠唱を始めた。
「……『アティジルド』」
マーダが静かに詠唱を終えると、彼のグレートソードが青白く輝き出した。
それを彼は軽々と天へ振りかざし、少しだけタメを作ってから、男達に向かって振り降ろす。
彼と男達とは、まだこの剣の三倍程の間合いがあるのだ。当然の如くその刃は空を斬る。
だがその青白い太刀筋は、なんとそのままの形を成して超巨大な鎌の如く地面を切り裂きながら前進したのだ。
今にもその巨大な光の刄が男達に当たろうしたその時、小さな竜巻の様な風が吹き荒れ、男達は四方に弾きとんだ。
ルシアが風の精霊達に頼んだ事は、護りと言うより男達への攻撃であったのだ。
小さな竜巻はあっという間に青い刄にかき消されたが、結果、彼らはルシアのお陰で最悪を回避する。
青白い刄は猪突を止めない。そのまま砂浜を超え、村に辿り着いてもまだ収まろうとしない。櫓や民家を切り裂きながらさらに走る。
村の中央付近にある守護神を象った石像を破壊し、ようやくその歩みを止めた。
その爪後は壮絶で、見る者の悲鳴すら奪われた。切り裂かれた建物は全壊し、刄の通った後には、大人でも落ちたら自らの力で上がる事は出来ない程の深い溝を残した。
レジスタンスの連中で、マーダの語るだけでも震えてしまうこの力を理解していたのは、ガロウとルシアだけであった。
無論、リーダーから聞かされてはいたが、想像を遥かに凌駕した光景に男達は、糸が切れた操り人形の様に膝を落とし、その場で崩れて絶望する。
その憐れさに黒い剣士は高笑いして、その場にいる者全てを見下した態度を取った。
「どうだ、これが真の力というものだっ!」
力だけでなく台詞ですら自らを誇示する。我こそ神と言わんばかりに。
「水の精霊達よ、その身を捧げ刄と化せ!」
さらにマーダは唱えると、右の掌を拡げて左から右へ真横に振るった。
彼の黒い兵士達はフォウだけを残してあっという間に凍りつき、体液が氷の刄となって一斉に突き出した。
近くにいたレジスタンス達は、串刺しとなり悲鳴も出せずに絶命した。
「な、なんて事を!︎︎酷いっ!」
「きッ、貴様ッ!︎︎味方の命を使うか!」
まるでルシアが亡くなった彼らに代わってに悲鳴混じりの声を挙げる。
寡黙なガロウも、その非道な行為をなじった。
「そうだ、我の兵士だ。我が武器となって敵を殺した。さぞ満足であろう」
二人の非難に動ずるどころか当然という体で応えるマーダである。
「言ったであろう。まだだ、まだ終わらぬよ。我に傷を付けたお前達がゴミの様な骸になる迄、この楽しい宴を続けようぞ」
なおも楽し気に黒の騎士は宣告する、それは正に死神の宣告であった……。