第3話 天使の悩み
フォルテザ砦の最深部、かつてはエディン自治区長が幽閉された牢。今はドゥーウェンが幽閉された体になっている。彼はもう3か月以上、此処に暮らしている。
電気、水道、ガス、このフォルテザの街は、フォルデノ王国にすらないインフラが整っているが、その中でもこの牢は異常である。おまけにベッドは最高の寝心地なのだ。
これだけのものが揃っている上に、アドノス島最強とも言える軍備で囲ったこの砦の最深部となれば、隠し事をするに、まさにうってつけの場所なのである。
そんなお誂え向きの場所で密談が交わされていた。
「ドゥーウェン……認めたくはないがお前のその推測。私も全く同意見だ。他には考えられん」
とても神妙な面持ちでサイガンは、生徒の話に深く頷く。
「どうします? この事……私から彼に伝えましょうか?」
「いや、時が来たら私から皆に告げよう。全てを明かさねばなるまい。元々は全て私が巻いた種だ」
自ら名乗りを上げている割に、ドゥーウェンの顔には明らかに暗さが見て取れる。
そしてサイガンはこれまでの自らの行為を思い返し、何とも複雑な気分になった。
「一番の黒はこの私なのだ。今更言い逃れするつもりはないよ、もしかしたらガロウ辺りに首を刎ねられるかも知れんな」
「…………っ!」
そう言って自分の首元に手を当てる仕草を見せるサイガン。自らのこれまでの行いを後悔などしてはいない。
だが全てを悟ったようなこの老人ですら苦笑する以外の選択肢を持ち得ない。そんな先生の面持ちにドゥーウェンは言葉を失った。
◇
「しかしまさか本当にフォルデノ騎士軍を率いる羽目になるとは、思ってもみなかったよ」
場所は同じ砦の中にある食堂、ジェリドが夕飯を肴に、ジョッキに注いだエールを吞んでいる。
「だから言ったろ? 俺はあの爺との付き合いが長いんだ。第一、フォルデノの騎士団が仲間となった以上、それを率いる適任者はお前しかいないだろ?」
ガロウもエールを飲みながら、ジェリドの大きい背中をバンバン叩いて笑った。
「……混ざっても良いかな?」
男二人の酒盛りに一人の女騎士が僅かばかりの躊躇いと共に割り込んで来る。ラオのプリドールである。
お邪魔かな? そんな心持ちを吹き飛ばかのような笑顔で二人は大いに歓迎した。
「…………いや、こればかりはガロウの言う通りであったよ。ジェリド殿の采配、実に見事というより他に言葉が見当たらない」
彼女の今夜の酒は赤ワインらしい。グラスを持って二人と乾杯し、ラファンでの戦闘の様子を思い返す。
「それに比べて、うちの団長と来たら、この崖を馬で一気に下って攻め入れば奴等総崩れだ。第一、最高にクールだろ? ……ってきたもんだ。もう飽きれて何も言えんかったわ」
サクッと一杯目を飲み干すプリドール。おっと手酌は許さぬとばかりに、ジェリドはワインの瓶を取り上げて、彼女のグラスへ勝手に注ぐ。
「………いやいや、確かに少々無茶な指揮であったが、瞬時に下れるラインを見切っての突貫。あんな真似、我等には到底出来んよ」
「ジェリド殿、笑い事ではございません。もう終始あんな事ばかりなのですよ。もうやってらんないっ!」
プリドールは一口で二杯目を飲み干し、無言で三杯目を要求する。ガロウは傍目にもう、瓶で飲めば良くないか? そう思うのだが、そこは女心を知れていない。
ジェリドの酌を彼女は欲しているのだ。加えて詰まる所、彼に褒めて貰いたいのである。
一方ジェリドの方は、無論心得てるし、この状況を楽しんでいた。
◇
次にリイナの最近を語ろう。回復の奇跡を超える、|究極の回復による細胞の死滅という、途方もない術により、見事巨人セッティンを葬った彼女。
この力、詠唱時間さえあれば、相手が真っ当な生き物なら、誰でも同じ道を辿る事であろう。
ある意味、白側のメンバーとして究極の攻撃魔法を保有していると言っても過言ではないかも知れない。
けれども一度使ったら彼女自身が完全に消耗し、意識すら失うというのは、正直使えないと感じていた。
他にも敵がいたら自分の身すら守れなくなるのだ。
そこでリイナは、これまで司祭になるために、読んだ本を再び読み尽くすと共に、違う力を欲し、この砦にある書庫をひっくり返し、寝る間も惜しんで勉強している。
しかし同じ系統の奇跡の術には、なかなかこれといった攻撃に使えそうなモノはないし、全く違う力を得るというのは、そう容易いものではない。
(ローダさんの様に他人から吸収……なんて事が出来る訳もなく……)
「ん、ンンーっ?」
(そうだ、自分にはそんな力はなくても、ローダさんに相談すれば何か手順が見つかるかも知れない)
そんな事を考えていたら、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「はーい、どうぞ」
リイナが返事すると、ドアを開いて現れたのは、まさにローダその人であった。
「ろ、ローダさん!?」
「な、なんだ? どうした?」
思わずアッという顔で、リイナはローダを見つめずにはいられない。
入室早々、凄い顔で見られたので悪いことでもしただろうかと、ローダは思わずたじろぐ。
「あ、いえ、ご、ごめんなさい………。何を隠そう今、ローダさんの事を考えていたんですよ。そしたら現れたからもうビックリですよ。まるで心を読まれたのかと」
(心を読む!?)
リイナから心を読むという言葉を聴いた彼は、さらに驚きを重ねた顔になってゆく。
「んっ? どうしました、ローダさん?」
リイナはローダの前で手を振ってみた。彼はそれ程までに固まっていたのだ。
「………って、まだそんな力はありませんよね。アハハ……、何言ってんだろ私ったら………」
空笑いをしながら自らの頭を軽く小突いてリイナは押し黙る。
「そ、そうさ。いくら何でもそんな力はまだないよ」
ローダも平静を取り戻した様なのだが、まだ何かたどたどしい。「まだ」と告げている不自然さにリイナは気が付かなかった。
「ところで、どうされたんですか?」
「嗚呼、いや、何、別に用って程でも無いんだ。ロッギオネから帰ってみれば、全然リイナを見ないからどうしてるんだと思って様子を見に来ただけだ」
「あ、成程。私、ずっと部屋か書庫でしたからね。で、聞きたい事があるんです……」
そしてリイナはローダの様に他の人の力を取り込む方法はないものか、という考えに行きついた経緯を説明した。
「でも、こんな勝手な話ないですよね……。あくまでもローダさんだから出来る事であって、虫が良過ぎる話ですよ。私焦ってて……」
やるせない顔になってゆくリイナ。顔に出る陰りを隠すことが出来ない。
「い、いや。必ずしもそんなに落ち込むないと思うぞ。………そ、そうか力の引継の仕方ねえ…」
腕を組んで少し考える仕草を見せるローダ。取り合えず思ったことを続けてみる。
「うーん、俺だけじゃちょっと答えが出そうにないけど、サイガンにも聞いて貰えば何か掴めるかも知れないぞ。うん、そうだ、一緒に彼を探しに行こう」
ローダはそう言うなり、リイナの手を掴んで「さあ行こう」と誘ってきた。
そんなローダに少し違和感をリイナは感じる。自分は戦いに使う力を欲している。そんな状況を無条件に受け入れることに。
だが、私を元気づけようとしてるのかしら…と思い直し「ちょっと待ってくださいね」と、読みかけの本にしおりを挟み、部屋の灯りであるランプを消すと、部屋を出て彼の後ろをついていった。
さらにその背後に二人を追う影がいるのだが、それには気づかなかった。




