第2話 檄文
少し時間を遡る。昨日の夕方の事である。ここはフォルデノ城の王の間、珍しくマーダは玉座に腰かけていた。従者はいない。
玉座のすぐ目の前が急に輝き、その光は人の形を成した。光が完全に消えるとフォウに変わった。
フォウはマーダに助けられた事を自覚し、慌ててその場にひれ伏した。
「も、申し訳ございません、マーダ様っ!」
「嗚呼、良い良い。それよりフォウ、苦労をかけたな。まさかあんな横やりが入るとは。魔導士を一人で行かせた僕の不手際だ。気に止むことはないよ」
フォウの失敗を責めるどころかマーダは、態々《わざわざ》玉座から降りて、フォウの頭を優しく撫でる。
「も、勿体なき御言葉!」
マーダに頭を撫でられただけだというのに、薬品に反応する紙のようにフォウの顔は赤に染まる。
「………に、しても、よもやヴァロウズをまとめて二人も失い、さらにフォルデノの兵士迄失う事になろうとは。爺の兵隊達を舐めていたよ。いや、僕が見誤っていたのは例の青年の力か。君だけでも取り戻せて良かった」
フォウを抱きかかえて玉座に戻るとマーダは、優しい声でそんなことをサラリッと告げる。それにしてもフォウに対する優しさは、近頃の彼なのだが、口調が明らかに普段と異なる。
自らを僕と称し、相手のことを君などと言うマーダは、側近であるフォウですら違和感を覚える。
「ふ、二人!? セッティンとレイの事でございますか?」
そんな違和感は取り合えず置いといて、フォウは膝の上の猫の様に主人を見上げながら、主人の言葉に傾倒する。
「嗚呼、重力使いの巨人は死んで、二丁拳銃の女は僕の元を去った。しかもこの城に残っていた元フォルデノ兵共は、突然消えてしまったよ。しかも彼等の家族共々だ。恐らく全員があの爺の側についたのだろうね」
「レイが裏切ったっ!? しかもフォルデノ兵までっ!? 何と愚かなっ!」
マーダの黒猫は、主人の懐の中で大いに喚く。そんな散々な結果の割に、当の本人は愛猫を撫でながらまるで他人事の様だ。
「まあ、捨ておけ。フォルデノ兵なんて、元々アテにしてはいなかった。僕にはまだ優秀な君達がいる。僕の可愛いフォウ、君は特にアテにしているよ」
フォウの唇に軽いキスをするマーダは「僕の可愛いフォウ……」の件辺りから特に甘ったるい声を吐き、愛猫の気分を翻弄する。
「つ、次こそ汚名返上致します。と、ところであのドゥーウェンの言っていた事ですが………」
いよいよ顔を真っ赤にしてしまったフォウであるが、元2番目の発言が色んな意味で気になって仕方がない。もう諦めて主に身体を預けた上で進言する。
「嗚呼、僕の新しい力………。頭の良い君になら直ぐに判るさ」
言われるまでもなくもう認識している。フォウが完全に心身を捧げている男は、穏やかな笑みでそう告げた。
◇
それから約半月後、アドノス島の至る所に手紙が配られ、それは自然と人の目の触れる所に貼られていった。これには以下の内容が書かれていた。
◇―――――――――――――――――
黒に従う者に告げる。
我はエディン民衆軍総指揮官、サイガン・ロットレンである。
我々はエディンの砦、フォルテザの奪還作戦に勝利し、続いてエドル、ラオの解放にも成功した。
フォルテザの砦は大国エタリアの援助を借りて、さらに軍備を増強、加えてエドル神殿は我々の第二の拠点となった。
黒の従者達のうち、ダークエルフは地獄へ堕ち、青銅の巨人は灰と化した。
二丁拳銃使いは逃亡し、エディンの学者は我の手に堕ちた。
フォルデノ兵は黒い鎧を脱ぎ捨て、白い聖騎士に返った。
そして何より我々には黒の剣士を敗走させた勇者がいる。
エディン、ラオ、エドルは、黒の連中に苦しむ皆を受け入れる用意がある。
もう黒を恐れる事はない。戦士達よ、我と共に黒を白に変えよう。
サイガン・ロットレン
◇―――――――――――――――――
この檄文とも言える手紙により、民衆に対し、マーダ率いるネッロ・シグノに対する大勝利と共に、彼らの弱体化を大々的に報じる事に成功する。
そして同時にマーダに対する明らかな反抗を宣言する事になった。
更に約3か月後、ロッギオネの僧兵達はフォルテザの戦艦に乗船して現れたローダとルシアの力も借りつつ、ほぼ自らの手で砦を奪還した。
僧兵達はフォルテザの戦艦の能力に感謝しつつも、やはりエディンの戦力や侮り難しと認識することになる。
また戦艦から二人の男女が、まるで鳥の様に空を舞いながら援護してくれるを見て、確かに彼等なら、黒を白に変えるに違いないと確信したという。
一方ラファンは、ジェリド率いる元フォルデノ騎士団と、ランチア率いるラオの守備軍が団結。ランチアとその配下達は、ラファンの砦の背後から崖を下って急襲するという離れ業をやってのけた。
ジェリド指揮官は、フォルデノ兵とそれに呼応したラファンに残った戦士達を率いて大いに奮戦し、砦の陥落に成功した。
この二つで戦いにおいて、彼等はヴァロウズとは異なる強敵と対峙する事になるのだが、その話は別の物語としてここでは割愛したいと思う。
この二つの戦闘の様子は瞬く間に報じられ、3ヶ月前の檄文と共に、黒はもう脅威に非ずという意識をアドノス島全土に知らしめた。
残る黒は旧フォルデノ王国と、そのすぐ西に隣接するカノンだけとなった。
民衆の多くは最早、墜ちるのは時間の問題と楽観視する。
なれどヴァロウズ、そしてマーダと剣を交え、なおかつ生き残った数少ない戦士達は、そう容易い事ではないと、己の剣と背負った傷で知っていた。
寧ろ、マーダはヴァロウズを温存し、カノンとフォルデノに潜伏していると思うと、実に不気味であり、決して警戒を解くことは出来ない。
黒と白の真の闘いはこれから始まる。覚悟を決めなければと彼等は感じていた。




