第25話 天使の気遣い
馬上のローダとガロウが、徒歩のジェリドに連れられて、巨人族セッティンとの戦場跡を訪れた。もう太陽は西に傾き、まもなく沈もうとしていた。
生き残った兵士達は、散っていった命を弔う準備をしていた。彼等は精も根も尽き果てているのだが、犠牲になった仲間の事を思うと、とてもそのままには出来ないと必死になって身体を動かしていた。
ローダ、ガロウは壮絶な戦いがあった事を改めて思い知った。
そんな最中、一人の女騎士を見つけたガロウは、顔綻ばせ、声を掛けた。
「プリドールッ! 無事だったかっ!」
本来なら馬から飛び降りて行きたいガロウだが、ローダのマインドバインドによるダメージが残っているのでもどかしい。
ゆっくり慎重に馬から降りると、御世辞にも早いとは言えない足取りで、向かって往く。ローダとジェリドもそれに従う。
重いプレートアーマーを脱ぎ捨てたプリドールは、肩で息をしながら遺体を焼くための薪にする木を運んでいる最中であった。
「………何だ、ガロウ。お前生きてたのか」
「お、おぃ、それは随分な挨拶じゃねえの?」
顔色一つ変えずにプリドールは、少しでも感動の再会を期待したガロウに対し、愛想のない返事を寄越した。
思わず口を尖らせて腹を立てるガロウである。
「なんだ、心配して欲しいのかい? そういやアンタ、擦り傷すら無さそうな割には、随分ヘロヘロじゃないか。情けないねえ~」
「う、うるせぇ! 俺は俺で有り得ない戦いしてたんだよっ! 全く可愛げのない女だ」
容赦なくそう言って、プリドールは、ガロウを笑い飛ばすのである。まあこれもある意味男女の友情の形かも知れない。
加えて何よりプリドールにして見れば、ガロウが受けた経験など知る由もないから当然の反応と言える。
「そうそう、そんな事よりも君と騎士殿は、早く嬢ちゃん達の所に行っておくれ。小さいが奥に天幕を用意してある。二人まだ意識が戻らないのよ」
ガロウにしていれば大変気の毒な話だが、プリドールは彼を笑い飛ばした顔をアッサリ捨て去り、優しい笑顔でローダとジェリドに勧めるのである。
此方は友人や戦友の仲すら飛び越えた女の愛情を振り撒いている。
「………あ、ありがとうございます」
「………す、スマン。何から何まで……」
そんな彼女にローダとジェリドは、丁寧に頭を下げると言われた通りに向かって行った。
「何だあ? 随分な扱いの差だな………おぃっ」
それを見たガロウは、いよいよ立腹し腕を組んだ。
「アタイはね、強い男にしか興味ないんだよ。邪魔だから、そこら辺で座って休んでな」
そんなガロウにそう告げると、彼女は作業に戻ってしまうのである。
だが憎まれ口の割に「休んでな」の一言を頂いたガロウは、彼女の不器用な優しさを知るのであった。
ローダとジェリドが奥に進むと確かに白い天幕があった。おそらく槍を包んでいた布切れ等で急拵えしてくれたのであろう。
中にはフォルデノ兵が遺跡から運んできたベッドが2つ縦に並んでおり、ルシアとリイナが寝息を立てている。ルシアの右上腕部は、丁寧に板と包帯で固定されていた。
「ルシア、そしてリイナまで……。ジェリド、本当に済まなった」
その痛々しい光景にローダは、まだまだ自分の無力さを感じ、大いに落ち込んだ。そこに眠るルシアもリイナも、そしてジェリドの大事な戦友の命も救ってやれなかった。
エディン、ラオの兵にも犠牲者が出た。それでも相手の力量を考えれば、少ない方だという言い方も出来るのだ。
けれどローダは、やはり心優しき戦士なのである。
「おぃ、ローダよ。それは過信というものだ。リイナもルシアも生きている。バルトルトは、確かに残念ではあったが、アレはアレで満足して旅立ったのだと思っている」
ガックリと肩を落とすローダに対し、ジェリドは少々危険なものを感じた。反省は必要だが一人で抱え込んで良いことはない。
「これはあのプリドールの受け売りなんだが、皆、自分の勇気を全力で示した結果なのだ。例え不幸が起きようとも、それは受け入れねばならないのだそうだ」
腕を組んでジェリドの言葉を噛みしめてみたローダだが、正直飲み込めないものがあるらしい。
「………そ、それは中々難しいですね」
「嗚呼、実に難しいよな。私も正直言って救えるものは全て救いたいと思いながら戦っている……娘や昔の仲間であれば尚更だ」
「………そうか成程、どんな選択であろうとも、人はそれぞれということですか。少し判った気がします」
理解し難いと言った傍から、ジェリドの悩みどころすら飛び越えて、先を越されてジェリドは思わず苦笑いをする。
「フフッ、俺より余程判っているらしい。きっと娘も辛かったに違いない。私は戦の女神であるエディウスを心底憎んだよ」
「………神ほど身勝手な存在はいないからな。しかしそれでもリイナが自分が決めた道なら俺達は認めなければならないのか」
ローダは真顔で神を毛嫌いするサイガンの様なことを告げてから、プリドールがジェリドに言ったことをまるで聞いていたかの様に続けたのだ。
「なっ………いや、確かにそうかもしれないな。ローダ、君は本当に不思議な男だ」
「………え?」
「わからんかな、君と話をしていると何故にこうも話が合うものか不思議なのだよ。まるで20年来の親友と話している気分だ」
自分より一回り以上若い青年に諭される形となったジェリドは思わず苦笑せずにいられなかった。
「そうかな? 自分じゃちょっと良く判らないです。それはサイガンの知識から来てるものなのだろうか……」
不意に一回りも歳上の男から気が合うと言われ、ローダは腕組みをしたまま、首を傾げて思い当たる節を探ってみる。
「おっと、それは断じて違う。年寄りの知識があるから話題を合わせられるとか言われるのは正直面白くないぞ」
「いや、決してそういうつもりでは……」
スッと笑顔が消えるジェリド、珍しくムキになって否定してくる。
これには本来気の弱いローダの声量がトーンダウンしてしまった。
「あ……いや、スマンスマン。これこそ年配者の僻みだ。君は本当に人の話を良く聴いて真っ直ぐに返してくれるのだよ。それは君の元々の性分だと伝えたかったのだ」
そう断りを入れた上でジェリドは軽く謝るが、自分も歳上だが未だ年寄りではないという気概も見え隠れしていた。
「………ん、んんーっ」
小さく伸びる声が聞こえてきた。その主はリイナである。ローダとジェリドは思わずしまったという顔をする。
「………ご、ごめんリイナ。起こしてしまったか」
「本当にすまん、ローダとつい盛り上がってしまった」
リイナに対し、ローダは両掌を合わせて頭を下げる。
ジェリドも軽く頭を下げた。怪我人の前で盛り上がるとは実に大人気ないと反省する。
「わ、私は、あ……」
(そうだ、あの禁呪を使ってそのまま気を失ってしまったのね……)
自らの行いを思い出したリイナ、思わず口を閉じてうなだれてしまう。
「………リイナ? 大丈夫か?」
いつもの元気がないリイナ見て、心配するローダ。彼女の正面に回り、真っ直ぐに見つめる。
(………っ!? ちょ!? ローダさん!?)
そんな当人にとっては何気ない行動を目の当たりにしたリイナは、顔を赤くして俯いてしまった。
一方ジェリドは、どう声をかければ良いのか見失っている。年頃の娘が元気を無くしている、こんな時にどうするのが正解なのか、近頃判らなくなっている。
「お父さんっ!」
「な、なんだ!?」
そんなお父さんにリイナは突如大きな声を掛ける。
ジェリドは、今一番どうしたら良いのか判別出来ない相手から不意に声を掛けられ、変な声を出した。
「………そ、外はどうなっているの?」
「そ、外か? この戦いで死んでしまった連中を弔う準備をしているぞ。そろそろ始まるのではないかな」
リイナ自身も少しテンションが可笑しいことは重々承知している。けれど声が上擦ってしまうのをどうにも出来ない。
そう言いながら父は、天幕をめくって外の様子を伺う。
「そ、それは私が行かなくてはっ! まだ奇跡の力が使える程、回復はしていないけど彷徨える魂を送るのは司祭の役目、行きましょうお父さん」
「お、おぅ、わかった」
早口で捲し立てるリイナ。慌てて立ち上がると父親の手を握って外へと出て行こうとする。
「………あ、ローダさん。明日には回復の奇跡でお姉さまを必ず治癒するので、今夜は………その、ごめんなさい」
外に行くのかと思ったリイナが一瞬戻って、ローダに詫びを入れてからの返事を待たずにそのまま行ってしまった。
そんなリイナに「此方こそ………」と、ローダは詫び返しをしたかったが声が届きそうにないので止めた。そして天幕の中にいる人物に意識を移すのである。




