第24話 Hack
ベランドナは折られたレイピアを投げ捨てると、回し蹴りをランチアの首を目掛けて繰り出してきた。
何とか両腕を上げプレートアーマーの小手でランチアは、それをブロックする。
(そうら来た来た、想像通りだぜ、全く。プレートアーマーでブロックしてるのに効くのかよ、この蹴りは………)
加えてブロックの上からお構いなしに拳の連撃を当てるベランドナ。
それに気を取られている所に、最上段からの踵落しを怪我をしている右肩へ容赦なく叩きこまれるランチア。
彼女は身長が高く、手足も長い。決して筋肉が盛り上がった様な身体ではないのだが、贅肉を削ぎ落とした美しい身体から繰り出されるその技は実に美しく、破壊力も秘めていた。
「うぐっ!!」
呻き声を上げランチアは、思わず、右肩を左手で抑える羽目に陥る。
(こ、これはたまらんっ! このエルフ、とんでもねえなっ!)
レイピアを折られた時、フォウは絶体絶命かと思えたが、ベランドナのその鋭い格闘術を見て安堵し再び冷笑する。
(なんとこのエルフ、無手でも戦えるのか。フフッ、甘いお前はこの攻撃に武器を合わせられまい。少々肝を冷やしたが、この勝負、やはり私達の勝ちだ)
「お前は次にこう言う、『この勝負、私達の勝ちだ』となッ!」
「この勝負、私達の……ハッ!?」
ランチアに自分の言う事を完璧に先読みされてフォウは、思わず両手で口を塞いでしまった。
「へっへー、どうだっ? 大当たりだなッ!」
鼻で笑うランチア。思い切りのけぞってまるで勝ちを決めた様相である。
「だ、だからどうしたって言うのよっ!」
「もう終わりなんだよッ! そうら、最後の罠だッ!」
そう言うとランチアは地面にある何かを掴んで思い切り引っ張った。
ベランドナの足に何時の間にか何かが絡みついていた。そしてフォウすらそれに足を引っ掛けてしまう。
ランチアが引っ張った何か、それは正真正銘1本目のワイヤーであった。
これは彼がこの部屋に最初に投げ込んだジャベリンに付いていたもの。
しかも張るのでなく床に這わせるためのワイヤーだったのだ。
「俺様、普段は漁師な訳。漁の銛にワイヤーは基本なんだな~。そして何よりこういう細工にまんまと相手がハマるの、大好きなのよね」
ランチアがニヤッと笑って足元のフォウに、上からの屈辱的な視線を浴びせた。
「こ、こんな子供騙しで勝てるものか! こうなったら私の業火の魔法で全て吹き飛ばしてくれる! 暗黒神の使いの竜よ、全てを焦がす……」
怒りにまみれたフォウは倒れたまま、構うことなく詠唱を始めようとした。
「いいや、もう終わりなんだよッ! さあ時間だっ! もう良いよなマスターッ!」
部屋の入口辺りから机上のドゥーウェンに対し、ランチアは完了で良いか大声で確認をする。
「ああっ! 見事でしたよっ! 青い鯱殿! さあこれで完了だ!」
そう言ってドゥーウェンは、キーボードのEnterキーをパンッと叩いた。
「…その息を我に与えよ! 『爆炎』!」
そんな二人のやり取りはお構いなしにフォウの詠唱は完了する。しかし杖の前で渦を巻いていた火の玉は、一瞬で消えてしまった。
「なっ!?」
一体何が起きたのか、フォウはまるで理解が出来ない。
「………あ、あれ? わ、私は何を?」
一方起き上がろうとするベランドナが正気に戻ったらしい。だが何故自分の足にワイヤーが絡んでいるのかまるで理解が追いつかない様だ。
「うっしゃぁぁぁあ! 完勝ッ!!」
「や、やった……なんとかなった!」
両手を上げてガッツポーズをするランチア。ドゥーウェンも、机を叩いて勝利を宣言した。
「き、貴様らっ! いやドゥーウェン! お前一体何をした!!」
未だに訳が判らないフォウ。どうやら魔法を封じられた様だが、しかし自分の中の魔法力が消えた様には感じられないのだ。
第一、ドゥーウェンとこの槍使い、魔法を封じる術など使える訳がない。
「フフフッ、フォウさん。貴女の頭の中、じっくりと覗かせて頂きましたよ。そして魔法の能力にロックをかけさせて頂きました。今から48時間、貴女は全ての魔法が使えません!」
ドゥーウェンはスクッと立ち上げると、左手を腰に当てて、右手の人差し指でビシッ! とフォウを指して負け確定を言い放った。
「ハッキング、ミッションコンプリートだッ!!」
「は、ハッキング!? 覗いた!? ちゃんと判る様に説明なさいっ!」
激昂して、床を強かに踏みつけて暴れるフォウである。
「………だとよ、よう知らんけど」
勿論言葉通り意味を知らないランチア。取り合えずフォウに目を合わせると勝ち誇って白い歯を見せる。
「んーーっ、それはちょっと難しいですね………。あ、そうだっ! 貴女の大好きなマーダ様に伺えばきっと丁寧に教えてくれますよ」
まるで子供を相手する大人の様な態度でフォウをあしらうと、ドゥーウェンもニコリッと笑った。
「………ま、待て! お前、さっき覗いたって言った? え、な、何を?」
ドゥーウェンが「大好きなマーダ様」と告げた途端、フォウの顔が一瞬で朱色に染まった。
「はい、全部まるっと貴女のこと覗かせて頂きましたよ。そしてデータはしっかりとサーバに保存致しました。これからの参考にさせて頂きますね」
「え、え、え!? それって……つまり……えっ!?」
データとかサーバとか正直全く理解不能だが覗かれては困るもの……。それをしっかり保存した………。おまけにこれからの参考………。
今のフォウには思い当たる節が多過ぎた。
「ンッ? フォウさん、どうかしましたか?」
フォウの異様な変わり様に興味を抱くドゥーウェン。
(………あ、そういう事か、それを気にしているのか)
少し考察したドゥーウェンは可笑しくもあり、フォウが少々気の毒にも思えてきた。
全部覗いたと言っても、それはあくまでデータであって、別に彼女が思い、生娘の様に恥ずかしくなるマーダとのあんな事やそんな事を覗いた訳ではないのだ。
「え、なんだそれ? 面白いものか?」
「あ、見ます? ランチアさん」
此処でランチアが横やりを入れてきた。
隣でドゥーウェンがウフフッと笑う。データなので別に映像がある訳ではない。
まあ、もっとも彼の能力なら誰が見ても判別出来るモノに変換する事は容易いだろう。だがそんな下賎な事をするつもりはない。
ただ、フォウのリアクションがあまりに露骨なのでちょっと楽しくなってしまった。
「ちょっと待ったぁぁぁぁあ! 後生だからそれだけは、それだけは勘弁して……下さい、御願いしま…」
フォウが慌ててドゥーウェンに懇願しようとした時、突然光に包まれスーッと消えていった。
「んっ? なんだっ! どうしたってんだ!?」
「召喚…………というかどうやら強制的に連れ戻された様ですね」
足に絡んだワイヤーを解きながらベランドナが告げた。
「どうやらその様だね………フゥ」
「………そうか、勝ったかあ」
ドゥーウェンは戦いが終わった事を悟り、溜め息を吐くと、床に座り込んでしまった。
安心して余程疲れたのか、ランチアもその場で大の字に寝てしまった。
「マスター、使ったのですね。あの技を」
ようやく立ち上がったベランドナが、ドゥーウェンのパソコンのモニターを覗きながら言う。
「ああ、なんせ普段戦いは、君に頼りっぱなしだからね。久しぶりに頑張ったよ」
そう言って、彼は再び息をついた。
「それは大変申し訳ございませんでした。ただ…」
「……??」
「あの技を御婦人にかけるのは、正直あまり関心致しませんね」
ベランドナは容赦なくそう言うと少し軽蔑した様な顔をドゥーウェンに向けた。
相手の全てを覗き見した上で、好きに操ろうとするこのやり方を女性に対して行うのは、ちょっといただけませんねと言いたいのだ。
「面目ない……」
お気に入りの相手にそう指摘され、マスターはしょげてしまった。
「フフッ、冗談ですよ。お疲れ様でした」
ハイエルフは、その美しい顔を微笑みに変えた。ドゥーウェンが「君はどんな顔をしても絵になるなあ」と惚気るのであった。




