第4話 小さな村の意外なる抵抗
甲高い鐘の音が村に響き渡る。
村の物見櫓で見張りをしている男が黒づくめの集団を見つけ、躍起になって鐘を叩いているのだ。
家の中にいる者は一斉に窓や扉を閉じて、外で無邪気に遊んでいた子供達は、親に引きずられてそれぞれの家に戻された。
鐘が鳴り止むと村には静寂が訪れた。
村に4つある櫓には弓を持った戦士達が、音を立てずに静かに登り、黒づくめの集団を睨みつけた。
ルシアは一人、木に登り枝の影に息を潜める。
黒い集団の先頭には全身に鋼の鎧を纏った馬上の騎士が二人。
人の半分の背丈ほどしかない口が顎まで裂けた醜い姿をしたゴブリンの集団が30体程。
そして真ん中には、全身を黒いマントに包んだ若い剣士が、とても屈強な馬上に座っている。
そのすぐ脇に暗黒神の言葉が刻まれた杖を持った女魔導士が続いていた。
櫓の上の戦士達は、砂浜を悠々と村へと向かってくるその様を必死に息を殺しながら、弓やボウガンを引き絞りつつ時を待った。
「今だ、放てぇぇ!」
髭面の屈強な男の声が村中に響くと同時に、矢やボウガンで放たれた鉄球が黒い集団に襲いかかった。
人には理解出来ない悲鳴を上げながら、ゴブリン達はバタバタと倒れてゆく。先頭の騎士二人は、鞘から剣を抜くと、悠々といなしていった。
女魔導士と中心にいた黒づくめの剣士は、意にも介さない。届いた筈の矢や鉄球は、見えない何か当たって力なく地面に落ちた。
「ハアッ!」
先頭の騎士が馬に一鞭入れて走り出す。生き残りのゴブリン達が徒歩で必死にそれに続く。
女魔導士と黒づくめの剣士は歩幅を変える事なく、ゆっくりと村を目指す。
第二、第三の矢が放たれた後、民家や木々の後ろに隠れていた男達が一斉に飛び出した。
黒づくめの集団へ向かって走り出す。その数15人程。
上半身裸で斧を振りかざす者、両手にナイフを持った盗賊風の者、刃こぼれした剣を持った兵士。
統一性のない集団だが、彼らはフォルデノ王国の圧力政治に異を唱える民衆から集ったレジスタンスなのだ。
その集団の最終列に髭面の男が「行け、気後れするな」と激を飛ばしながら続く。
この村のレジスタンス軍を指揮しているガロウである。
レジスタンスの連中は、それなりの修羅場を潜り抜けてきた猛者である。
ゴブリン共は、彼等とロクに武器で語る事なく踏み潰される様に絶命、または敗走していった。
先陣の馬上であった騎士達も、あっという間に馬をやられて騎乗から慣れない砂浜の上での戦いを余儀なくされた。
王宮の騎士と言えど、これでは多勢に無勢であり、自慢の全身の鎧は、最早ただの足枷。
鎧の隙間をナイフでめった刺しにされて致命傷には至らずとも、砂地の上で動けなくなった。
「我が暗黒神よ、その竜が如き爪を此処に示せ『切り裂く爪』!」
後ろに控えていた女魔導士が詠唱すると、彼女の杖が赤く輝き、その光は斧の男へと急速に伸びた。
「くっ!」
上半身裸の戦士はその一見無防備な右肩をその光に切り裂かれたかの様に見えた。しかし致命傷に至らず、戦士は意に介せず突進を止めない。
(おのれ、魔法の盾かっ)
女魔導士は舌打ちした。レジスタンスの連中にも魔法に秀でた者がいる事を認識する。
「ならばこれでどうだ! 暗黒神の使いの竜よ、全てを焦がすその息を我に与えよ! 『爆炎』!」
女魔導士の目前の宙に火球が姿を現し、火球が一気に膨れ上がった。
そう………ディンとローダが船上で見たあの火の玉である。
「あれはいけないッ! 風の精霊よ、私に自由の翼を!」
枝の上に身を潜めていたルシアは、風の精霊に命じると同時に木を蹴った。
ボウガンから打ち出された球の如く、彼女の身体は一直線に飛び出した。
しかし彼女の方向は女魔導士ではなく、斧の戦士の背中であった。
「ごめんね」
と、軽い詫びを言いながら、分厚いその背中を踏み台にして、足りない飛距離を補い宙を舞いながら再び精霊に呼び掛ける。
「炎の精霊よ、汝の力、この拳に宿れ!」
ルシアの左拳がボッと燃え盛かった。加えてその拳を女魔導士の目前に浮かぶ火球へと真っ直ぐに突き出す。
「な、何ぃ!?」
火球とルシアの左拳が衝突し、大きく爆ぜた。ルシアは衝撃で吹き飛んだが、両掌を強く砂地に叩きつけて受け身を取ると、直ぐに立ち上がって両拳を上げて構えを取った。
「ば、馬鹿な!? 火に火をぶつけて相殺するだと!?」
不覚にも女魔導士は怯んでしまう。ルシアはその隙を見逃さずに、身体を捻り遠心力の入った回し蹴りを女魔導士に浴びせた。
女魔導士はたまらずその身を守るために、大事な魔道の杖で受けた。ルシアの蹴りは女魔導士の杖を見事にへし折った。
踏み台にされた斧の戦士はヒューと口を鳴らしてルシアの身のこなしを称える。
唯一の武器を失った女魔導士は、ルシアの攻撃範囲から逃れるべく屈辱の後退を余儀なくされた。
(この女、魔法力を瞬時に付与して攻撃にも防御にも転じる。そして何よりもこの動きの良さ、まるで我が主様のようではないか!)
女魔導士は悔しくて唇を強く嚙む。相手の女に対してというより、寧ろほんの一瞬でも敬愛する自分の主とこのような下賤の女を比べてしまった自分に対して腹が立ったのだ。
一番後ろに控えていた黒づくめの剣士は、不意に甲高い笑い声を上げる。部下の兵達が焦燥しきった顔で振り向いた。
「なんだなんだ、お前達。そのだらしない様は……」
そう言ってまた笑い続けた。腹がよじれているのかも知れない。笑い過ぎて肩で息をしながら自分の笑い袋の緒を締めて容赦なく続ける。
「フォウよ、お前すらあんな小娘に後れを取るとは。これは慢心だな」
馬上から女魔導士に一瞥をくれた黒の剣士。
フォウと呼ばれた女魔導士は、小走りに男の横に駆けつけて膝を折って頭を深々と下げる。
「……失態、誠に申し訳ございませぬ」
深々と頭を下げるしか出来ないフォウ。またしても自分の不甲斐なさに拳を強く握ってしまう、伸ばしているネイルが痛いのもお構いなしにだ。