第14話 癒しの果て
女神エディウスの天才司祭リイナの唐突なる宣言に、巨人セッティンは、自分の耳を疑う。
この戦場で最も大きな者と、恐らく最も矮小で力無き者の成立しないやり取りだから無理もない。
「あっ?」
セッティンは声の方をみた。白い司祭姿の小さな少女とその前に横たわっている先程の女拳闘士の姿を捉える。
「ほう…そこは魔法圏外だったらしいな。だがお前司祭ではないか。杖でも振るつもりか? 一体何が出来る? その女を回復させる気か?」
そう告げて巨人は、少女を嘲笑した。ごく自然な反応といえる。
「お姉さま、そして皆さん。回復をしない私をどうかお許し下さい」
リイナは少し目が潤んでいた。本来なら傷ついた仲間達を癒すのが自分の存在意義だと認識しているが、今はそれをしている時ではない。
「なっ!?」
(一体リイナは何を言っているんだ?)
巨人の重力魔法で押し潰されそうになりつつも、ジェリドは、失いそうになる意識に耐えながら、必死に考えを巡らせる。
右手の人差し指を上げたリイナ。指の先が少し光っている。その指を宙で動かして何か印の様な物を描き始めた。
「ディッセオ・オーレ! 生命の泉、枯渇し、命の木枯れ果てる刻!」
詠唱を始めたリイナ。印を描くことも忘れない。セッティンは完全に油断しきっていた。この小娘が何をするのか見届けてから捻り潰してやろうと思った。
「その軌跡は終焉を告げるっ! さあ神への遺言を告げよっ!」
息を荒げながらも、リイナの詠唱の声量が大きくなる。そして印を描くその手にも力が入る。
ジェリドはこの詠唱を思い出してハッとした。
(ま、まさかお前! それは禁忌の術!?)
「よ、よせっ! 止めるんだリイナッ! それは危険すぎるッ!!」
ジェリドが娘を激しく制しようと精一杯の声をあげる。しかしリイナは父の声に一切耳を貸そうとはしない。
「逝くがよい、終わりなき道へ! 『終わりなき旅路』!!」
リイナの声とは思えない鋭い声で詠唱は終わった。リイナが宙に描いた印がセッティンの頭上に移動し、神々しい光を放ち、巨人の身体を全て覆った。
「おっ? おおっ!?」
一見、セッティンの傷が急速に癒えた、かの様に見えた。けれど彼の肌は急速に皺だらけになり、そして色が黒ずみ始めてゆく。
セッティンは、自分の身体が急速に衰えてゆくのを感じた。
「な……なんだ…こ、これ」
彼は遂に両膝を地面につき、前のめりに倒れた。もう喋る口にさえ、力が入らない。
「お、お……ま…え…なに…した?」
身体がボロボロに、焼け焦げた木の葉の様に崩れてゆく。
「これは終わりのない回復だ、セッティンとやら」
リイナの言葉がいつもの彼女ではなかった。そこにいるのは小さな天使ではなく、無慈悲な女神そのものの様であった。
「か、い、ふ、く、だと!?」
「そうだ、貴様の身体は急速な細胞分裂を繰り返し、もう終焉《終わり》を迎える。急速に肉体を失った貴様の魂に最早、安息の地は未来永劫訪れはしない。永遠の道を彷徨うがいい」
「や…やめ……」
青銅の巨人は、その青銅の鎧だけを残して跡形もなく消えた。
「あっ……」
そしてリイナは女神エディウスから解放され、一瞬だけ自分の意識を取り戻した後に、気を失って力無くうつぶせに倒れた。
「リッ、リイナァァア!」
重力の縛りから解かれたジェリドがリイナの元に駆け寄った。プリドールも慌ててそれに続く。
プリドールが「失礼」と一言、リイナの胸に耳を当ててその鼓動を確認し、息をしている事も確認した。
「大丈夫だ、騎士殿。生きている。ただ、かなり衰弱している様だ。今は休ませてあげましょう、おいっお前達! 何か敷布になるものと水を用意出来るか!」
「す、すまん……」
プリドールとその配下の迅速な処置に対し、ジェリドは深々と頭を下げた。
「いえ、きっとあの力の行使、決死の覚悟があったのだろう。異常な力だった。彼女が躊躇っていたら、あたい達は全滅だった」
目を瞑り微笑みながらプリドールは首を横に振り、小さな司祭の覚悟を称えた。
「ああ、あれは戦の女神に祈るのではなく、神を自らに憑依させて、その力を行使する禁じられた力だ。神に憑依されたまま、自分を失う事もあると聞いたことがある。この力を使わせてしまった私は、父親失格だ」
顔を曇らせながらジェリドは、自分の娘をここまで追い込んでしまった事を後悔した。
プリドールは、ジェリドの肩に手を置くと、「それは違う」と首を振る。
「この小さな司祭殿は、自らの意志で行使したんだよ。親というのはつい、自分の子は我が守らねばと思うもの……」
「………」
「だけど彼女は自分の能力を信じ、我等を救うと決めた。きっといつかこの力が必要になる。そう思って用意していたんだろうな。実に強い」
「プリドール…」
「ジェリド、アンタは強い力を持った父親だ。その気持ち、私は親ではないが判っているつもりだ。だが彼女も一人の人間なんだよ。その意志を否定する事は、例え親でも決してしてはならないわ」
プリドールは、微笑みながらそう告げた。その口振りと態度にジェリドは驚きを隠せない。プリドールの中に、亡き妻ホーリィーンの面影を見た気がしたからだ。
親になってすらいない女性の言葉にハッとさせられた。
(フフッ、やはり母親の役割は務まりそうにないな。そもそもリイナは立派な大人という事か)
ジェリドも微笑んでプリドールに再び軽く頭を下げた。
「あ、す、すまねえ、出しゃばりすぎだ。部外者の言う事じゃないね」
ちょっと顔を染めてジェリドからの視線を慌てて外したプリドールである。
「いや、目が覚める思いだ。本当に感謝する。そしてすまないが、この場を任せてもいいだろうか? 向こう《ローダ》の様子が気になるのだ」
既に正気に返ったジェリドは、穴の向こう側を向いた。
「その身体でまだ動くつもりかい? いくら強くても無理はいけない」
「いや、あくまで様子を見に行くだけだ。恐らく向こうは既に終わっている」
思わずプリドールは、本気で心配した。まるで恋人か妻の様に。
そう言うジェリドの顔は、あまり楽観的ではない様に見えたからだ。
「フゥ………判った判った、こっちは任せな。だがくれぐれも無理はするんじゃないよ」
ジェリドは、頷くと一騎借りて駆けていった。プリドールは少し惜しみながらその背中を見送った。
「………おい、なんか姐御、ちょっといい感じじゃなかったか?」
「だなっ、なんか夫婦のやり取りみたいだったよな」
ラオの兵士達が、わざと姐御に聞こえる程の声を出した。
「ちょいとお前達、何訳のわかんない事言ってんだ。あたいはね、自分より先に逝く男とは一緒にならないって決めてんだよっ!」
あくまで自分より若い男が恋愛対象であることを、姉御は部下の連中に顔を真っ赤にしながら叩きつけた。




