第3話 知らない闘いと初めての遭遇
ローダはゆっくりと目を開いた。世辞にも心地が良いとは言えないベッドの上に横たわっていた。どうやら眠っていたらしい。
その目に入ってきたものは、天井板のない如何にも貧しい屋根裏である。外の光が屋根の隙間から此方を覗いていた。
「うっ……」
身体を少し起こそうとした所、全身の痛みに思わず声が漏れた。苦痛に堪えながら、上半身をゆっくりと起こし、自分の身を確認してみる。
これだけ痛いのだ。きっと身体中傷だらけ………と覚悟したが、不思議と傷は一つしかなかった。頬に手当のガーゼが貼られていただけだ。
手の指、肘、膝、足首をゆっくりと少しづつ稼働させてみる。痛いが動く、問題はなさそうだ。思わず安堵の溜息を洩らした。
さて………身体の次は頭を巡らしてみる。一体何が起こって今こうしているのだろうか。
自分は一体どれだけの間、こうして眠っていたのだろう。
ほんの数刻な気もするし、何日もこうしていた様な気もする。まるで判らない……。
そう言えば船乗りのディンは、無事に自分の家へ帰れたのだろうか。彼は両親を亡くしている。4人兄弟の長男なのだ。
「俺が頑張るしかないんだ」と愚痴とも取れる言葉を、いつも笑顔を絶やさず言っていた。彼の笑顔が、妹、弟達にも伝達している様な温和な家庭であった。
島に渡る前、海が穏やかになるまでローダも厄介になっていたのだ。
小舟に巨大な火の玉が飛んできた際、家族にとって大事な彼を途轍もない事に巻き込んでしまった事を心底後悔した。
だが彼はきっと無事に家族の元へ帰り、今頃英雄気取りで語っているに違いない。
ディンの思い出はこの位にして、なくした記憶を辿る行為に傾注する…………。
暗闇の海に飛び込んだ自分、正直絶望的だという暗い意識に支配されそうであった。
だが思っていたより船は、既に陸地へ近づいていた様で、余り長く泳ぐ事なく足が届く様になった。
重い装備と視界が殆どない状況には苦しめられたが、何とか砂浜に辿り着く事が出来た。
夜空は白みを帯び始めていた。幸いな事に彼の周りには、あの恐ろしい火の玉はおろか人影すらなかった。
身体を動かす力も、周りに警戒する意識すら失った彼は、老人の様におぼつかない足取りで一番近い岩まで歩き、身体を委ねて泥のように眠ってしまった。
太陽は天高く登り切っていた。彼の耳に大きな爆発音が飛び込み、無理矢理起こされる。
「何だよ……」
苦虫を食った様な顔で、目を擦りながら少しづつ意識を取り戻す。やがて色んな音が聞こえてきた。
怒声、悲鳴、金属の当たり合う音。そして嗅覚には何かが焦げる匂い。戦のそれに違いないと感じ取った。
明け方、島に辿り着いた時には気がつかなかったのだが、そう遠くはない東の方に民家の集まりが見えた。火災だと思しき黒い煙が上がっている。
どう考えても危険な行動なのだが、疲れ果てた身体に鞭を入れて、ローダはその方向へ歩き出した。
するとどうだ、彼の目に巨大な青白い光が映り、その光は轟音と共に一瞬に走り抜け、民家や樹木などを破壊していったのだ………。
「痛っ………」
此処まで記憶を辿った所で、急に刺す様な頭痛に襲われ頭を抱えた。何故だろう、此処からの記憶が戻る気がしない。
「な、なんだ? どうしたっていうんだ?」
訳が判らなくなった所に部屋の扉が軋む音が聞こえた。はっと息を飲み、扉の方を睨みつける。
扉の向こうに現れたのは女性であった。
サラリとした輝く金髪は、肩に届くかどうかの長さ。二重の目は大きくエメラルドグリーンの様な緑色で、左目の下には泣きホクロがある。
両肩と胸には白くて赤い縁取りの入った防具を身に着けている。防具の下にはやはり白を基調とした衣服、フワリとした長袖でスカートは、膝の辺りまでを覆っていた。
透き通るような白い肌……という程のものではなかったが、健康的で綺麗な肌だと思った。余計な贅肉はなく、スラリと伸びている。
耳には派手さはないが真珠程の大きさのピアスが光る。歳はローダと同じ位であろうか。
ローダは綺麗だ……と思わず見惚れてしまい、暫くボーっと彼女の容姿を眺めていたが、やがて恥ずかしくなり顔を伏せた。
彼女はそんなローダの思いに気づいたのか、少し意地悪く微笑んでから部屋の中に入ってきた。
「良かった、ようやく意識が戻ったのね…………気分はどう?」
そう言いながらベッドの脇にある椅子に座る彼女。明るくて活発さを感じさせる声である。
「か、身体中痛いけど、まあ平気だ」
顔を伏せ強がってみせたまま続けるローダである。
「き、君は誰なんだ? いきなりドアを開けたから正直驚いたよ」
別に急に入って来られた事に怒ってなどいないのだが、思わず文句を言ってしまった。そんな自分に驚き、ますます顔を背ける。
「あ、ごめんね。何か痛そうにしている声が聞こえたから、ノックもしないで開けちゃった」
そっぽを向いたまま文句を言ってきた青年を可愛いと思ったのか、ニヤリとしながら心が籠っていない詫びを入れた。
「私はルシア、宜しくね。………って、貴方の名前をまだ聞いてないんだけどなあ……」
いよいよルシアの声が悪戯を帯びてくる。ジロジロと楽しそうに青年の方を見つめている。
「お、俺はローダだ……」
ボソリと相変わらず目を合わせずに名乗る。我ながら最低な自己紹介だと思った。
「そっかあ、ローダって言うのね。改めて宜しくね、ローダ君」
ちょっと面白くなってしまったので、ついからかってしまい、ルシアは本来最初に伝えるべき言葉を思い出し、ハッとなって襟を正すことにした。
「ご、ごめんなさい………ちょっと調子に乗っちゃった」
ルシアはそう言いながら自分の頭を軽く小突いた。
「ローダ、本当に助けてくれてありがとう。貴方が助けてくれなければ、きっと私達は全滅していたわ」
悪戯顔を消してルシアは、感謝を伝えて頭を下げた。美しい金髪がフワリと浮かぶ。
「助けた? それってどういう意味だ?」
「……え?」
ローダは本当に訳が判らず、そっぽを向いていた顔をルシアに戻した。
それにルシアも思わず面食らった顔をする。
「覚えて…ないの?」
ルシアの大きな瞳がさらに大きくなってローダの方を覗き込もうとする。けれども恥ずかしがり屋のこの男は、その追跡から逃れようとする。
暫く沈黙してからこの島に着いた時の経緯を簡単に説明するローダ。
その後の事を思い出そうとすると、酷い頭痛がしてどうにも思い出せない状況も伝えた。
「そう、なんだ……覚えてないんだ。ローダ……貴方はね、本当に信じられない凄い力でこの村を救ってくれたんだよ……」
彼女はこの如何にも不器用そうな青年が、どうやって自分達を救ってくれたのか語り始めるのであった。