第11話 騎士の正義
ローダが二丁拳銃使いのレイに、トドメの剣を振り下ろそうとしたその時であった。
急な地響きと共に地面が地震の様に揺れた。その場にいる皆が体勢を大きく崩す。
(………グッジョブ、ナンバーセブン)
レイはなんとか身体を起こすとガロウに飛びかかり、その首を絞めあげて、こめかみに銃口を突き付けた。
「てってめえ、何しやがる!」
ガロウは女の力なぞ振り解こうと藻掻いてみたが、意外にもレイの力は強く、振り解けない。
「おっと、おとなしくしてるんだモノジチ。これから楽しいショータイムだぜ。俺の気が変わってこいつの引き金をひいちまったら、見られなくなるぜ」
レイにとってガロウは、人でも敵でもなくモノらしい。
(な、何か巨大なモノが下から上がってくる!)
「み、みんな! 下がれっ! とにかく下がるんだっ!!」
風の精霊によって強化された聴覚で捉えたモノにローダは恐怖した。取り合えず、その場にいる全員にこの場を下がる様に指示を出す。
地面の下を何か巨大な者が、思い切り殴った。まるで火山が誕生するかの如く、地面やその上の遺跡群は粉々に飛び散った。噴煙が上がる。
さらにその巨大な者は飛び上がった。レイとバルトルト以外のその場にいた全ての者が驚愕する。信じられないものを見た。
自分達の5倍はあろうかというと巨大な戦士が着地したのだ。巨人が潜んでいた場所に巨大な穴が開き、着地した衝撃で再び地面が地響きを上げながら揺れる。
(あっ……)
気が付くとリイナを支えていた地面がポッカリなくなった。他にも同じ様に足掛かりを失った者達が次々と地底の見えない穴に吸い込まれてゆく。
「「「リッ! リイナァァァァァア!!」」」
その地獄の様な光景にジェリドが叫ぶ、ローダとルシアが慌てて救出に向かい飛んでいくが、間に合う気がしない。
なれど気が付くとジェリドと争っていた黒い騎士の姿が無かった。彼は躊躇なく穴へと飛び込むとリイナの腕をガシリッと掴んだ。
「………っ!?」
「リイナ様、ジェリド殿を頼みます」
バルトルトはそう言い残し、リイナの身体を精一杯、上空へと放り投げた。
リイナの身体を宙で受け止めた青年の姿を見つけると、彼は安心した様に目を閉じてそのまま穴へ落ちていった。
「バッ! バルトルトォォォォオオオ!!!」
穴の中に消えてしまった戦友の名を絶叫するジェリド。無情にも返事は帰って来なかった。
「バルトルト、お前、初めからこのために。この大馬鹿者がっ!」
ジェリドは地面を力一杯にその雄々しい拳で殴りつける。確かに正義は彼にあったのだ。しかし余りに悲しい正義であった。
巨人が出現した事で戦場は分断された。レイがガロウを人質にしている方が、穴の前方。巨人が着地した地面の方が穴の後方であった。
「どうする?」
ローダは抱えたリイナに声を掛ける。この「どうする」にはこのまま戦場を離脱するか、或いは穴の前方後方どちらへ向かうか。様々な想いが込められている。
穢れをまるで知らなそうな白い指でリイナは、父の方を指した。
「ローダさんは、お姉さまとガロウさんを助けて下さい」
言われたローダはジェリドの側を見る。此方はジェリドとラオの兵士の生き残りが、巨人の相手をするしかない。
(それでは分が悪い、大体なんだその目は?)
リイナの目を見て複雑な思いに駆られるローダだったが、言われた通りにリイナを巨人の側に運ぶことにした。
早く拳銃使いとのケリをつけて、飛んで駆けつけようと決めたのだ。
ジェリドの前にリイナを丁寧に下ろした。
「ローダ、恩に着る」
そう言ってジェリドは、ローダに深々と頭を下げる。
「いや、あの騎士の行動がなければ間に合わなかった。むしろすまない」
ローダはあの騎士がジェリドと深い間柄であった事を察した。飛べるのに救えなかった事を詫びる。
「判っている、そしてこれからすべき事も……」
ジェリドはそう言いながら、目の前の巨人を見上げた。巨人は全身を青銅の鎧で覆い、手には同じ銅で出来ている棍棒の様な得物を持っていた。
ローダは「頼む」と一言呟くと拳銃使いの方へ飛んでいった。
「最早、正義でも悪でもない。この場は怒りのみで戦わせてもらうっ!」
戦斧を構えて巨人の前に立ちはだかるジェリド。その存在感だけなら巨人にも引けを取らない。
ローダが飛んでガロウ達の元へ戻ると、銃をガロウの頭に突き付けているレイと、ルシア達エディンの生き残り組が睨み合っていた。
「ほらほら動くんじゃないよ……」
レイは、そう言いながら、もう一方の銃でエディンの兵士達を減らしていく。
「この卑怯者っ!」
ルシアは罵倒したが、それしか出来ない己の無力さを感じていた。
―ルシア、聞こえるか俺の声が。
突然ローダの声がルシアに届いた。が、実際の彼は口を開いてはいない。
―聞こえるらしいな、良かった。一方的なやり方ですまないが作戦がある。聞いてくれ。
ローダはサイガンの『接触』を使ってルシアに作戦を伝える。ルシアは出来る限りレイに悟られない様に少しだけ頷いた。
「………ねえ、拳銃使いさん」
「アアッ! なんだっ!」
一呼吸置いてからルシアはチラッとレイの顔を見ながら、意識して声色を変える。
レイはルシアに空いてる方の銃口を向けて凄む。一見人質のある彼女の方が優勢なのだが、奪われたら逆転する危ない形勢である危うさが、その顔に浮かんでいる。
「ちょっと…提案があるんだけど。きっと…悪くない話よ」
「ああっ?」
「人質…交換って……どう…かしら?」
ルシアはわざとゆっくり、勿体ぶる様な言い方をしている。
「はあっ!?」
「私を…人質にしない? そんなタネガシマなんて、いざとなったら彼は切り捨てるわよ。でも私が人質になれば、彼はもう何も出来はしないわ」
「ルシア! お前、自分が何言ってるか分かっているのかっ!」
ルシアの提案を聞いたガロウには、ルシアの意図が全く読めない。
「そうだっ! 馬鹿な真似はよせっ!」
ローダは、上手いことルシアに口裏を合わせる。
(コイツ、全身が武器の拳闘使いだ。へっ、俺の人質になった途端に肘でもズドンッ! と入れる気だろ? とんだ浅知恵だ)
この企みに大方の予想をつけたレイだが、あえて顔には出さない。
「………さあ、どうなのよ」
(何がどうなのよ……だ。だが、此奴が油断して近づいてきた所を侍野郎もろとも同時にズドンッ! ていうのはどうだ?)
追い詰められているレイの思考が回り続ける。
(そして絶望した野郎の顔を見物しながらさらにズドンッだ。まだその位の弾は残ってる。こいつは、最高にイけるじゃないか)
「いいぜ、成立だ。お前からこっちに来な。余計なことしたら判るよな? その綺麗な乳が赤に染まるぜ」
レイはルシアに銃を向けたまま、こちらへ来る様に指図する。
(下品なヤツ…)
そう思いながらルシアは、両手を上げてレイに近寄り始めた。
―ルシア! 此方の準備は出来たっ!。
ローダの心の声に対し、ルシアは左人差し指だけをローダに振った。そしてさらにレイへ近づく。もうあと一歩で手が届く所だ。
「そうそう、ところで貴女って……臆病者の男みたいよね、ネズミの様に惨めだわ」
レイを憐れそうな顔で見ながらルシアは、こう告げた。レイの表情が怒りに変わる。
―心の束縛ッ!!
ローダは、心の中だけで術の名前を言った。ローダの右手から緑の光が現れて、あっという間に人質のガロウごと、渦を巻くとそのまま全身を縛り上げた。
「クッ! な、なんだこれはっ!?」
レイは全身を強い力で縛られて、不覚にも相棒を落とした。
「これは!? 爺のあの時の術か!?」
「そういう事だ、すまないガロウ。暫く付き合って貰うぞ」
そしてローダはレイとガロウの頭上に両手をかざす。
(まさか!? アレをやる気か!? しかもお前の意志で!?)
「いいぜ、付き合ってやるよ。こんな女でもくっついてるのは悪くないしな」
冗談なのか本気なのか、そんな事を言ってのけたガロウは、ニッと笑ってみせる。
(………いや、貴方ソレ、普通に気持ち悪いよ)
それを聞いたルシアは演技ではなく、自然に憐れな顔になった。
「ルシア! そして皆! フォルデノ兵も聞いてくれ! こっちは俺がなんとかする! 皆頼むっ! あの巨人と戦ってくれっ! 向こうが危険なんだっ!」
ローダはジェリド達、巨人を相手にしている仲間を救いに行くことを心の底から懇願した。
「分かった、任せて。ただ貴方も気をつけてね」
ルシアは親指を立てて笑顔でそれに応じた。
「風の精霊達よ、我に自由の翼を」
そして彼女は飛び去った。その場にいる者達も互いに頷き合うと全力で走り出した。もう白も黒も関係ない程に戦場は荒れていた。




