第8話 告白のその後で
「あー、流石に飲みすぎたわ……」
ガロウは非常に頭が痛い、貴重な水を浪費しながらクラクラと歩いている。
こちらは、フォルテザを後にしたエドナ村の約20名と、同地の砦から貴重な戦力を割いて連合にした約40名のエディンの戦士達である。
フォルテザの南東はもうエドルなので、そう遠い距離ではない。しかし森の中、道なき道を行くしかない。
「しっかりしなさいよ、貴方リーダーでしょ?」
呆れ顔で容赦なく兄弟子背中を叩くルシア。本作戦のリーダーである男が二日酔いとは、何ともだらしがない。
「まったく、これじゃあ、ラオの人達が呆れて相手にしてくれないかもね」
「あー、アイツらか。それはある意味心配いらん。奴ら腕は立つが、人の言う事聞くような連中じゃねえからな」
相変わらずガロウは、頭を抱えながら、実に締まりのない顔でそう返した。
「っていうか、そんな事よりも……お前ら、昨晩はどこまでいった?」
ガロウは無遠慮にルシアの肩を掴んで、自分の方に引き寄せると、ルシアの耳元でボソッと呟いた。
「酒臭いっ!」
「だ、だから、ルシア殿。それ洒落にならんって…………」
さらに全く容赦なくルシアは、ガロウの肝臓へ、左肘を叩き込む。
うずくまり、しばらく動けなくなるガロウ。ルシアは「知るもんですか」と、容赦なく浴びせると、リーダーを置いてスタスタと脚を動かす速度を早めた。
昨夜の出来事……夢の様な時間がルシアの脳裏に鮮明に蘇る。あれから進展らしい事はなかった。
「これ以上、席にいないと怪しまれるよな」……と、ローダはこのひと時を惜しみながらも、ルシアと離れて、それぞれ静かに席に戻ったのだ。
宴が終わり、それぞれ与えられた部屋に戻った後、彼女は、ドギマギしながら中々寝付けなかった。
(今にも彼が、この扉をノックするんじゃないか?)
そんな期待と不安が入り交じっていたが、それは流石に彼女の杞憂に終わった。
我ながら過剰だと思う。実は彼女、訳あって彼氏としての男を知らない。しかしこうした交じりを知識としては理解していた。
ただ………それ以前にルシアの心には靄がかかっていたのだ。
(私のようなモノが本当に彼の純粋な好意を受ける資格があるのか?)
何故かは知らないが、彼女の内にはそんな負い目が存在していた。
一方、ローダはというと、一見何事も無かったかの様に、一団の真ん中辺りを歩いている。
しかし彼の頭の中を覗くと、それはもう昨夜の事がよぎって仕方がない。
これまでにも貴族の御婦人と手を取り合ったことは確かにあった。しかしそれが好意にまで発展し、あれ程に自分を動かしたのは皆無であった。
なので昨夜は、抱き締めて告白する迄が、彼の精一杯………。と言うより、あれ以上、一体何をするのが正解だったのかすら、この初心な青年には見えていない。
完全にノリと勢い任せだったとはいえ、成功したローダの告白。
ローダには自分の中に決めていた事があった。それはサイガンの意識が彼に語った事、他人との意識共有。
そんな事が本当に出来る様になるのかは、全くもって定かではないが、もしルシアと意識共有が出来てしまった後に気持ちを打ち明ける。
…………それは男子のする事じゃないと思った。
しかしそれがまさか昨夜になろうとは思ってはいなかった。……が、今しかない、今ならまだ真っ当な告白が出来る。
その結果、もし残念なことになろうとも、何故か満足出来る気がした。いや、これは上手くいったから思える結果論かも知れないが。
リイナはジェリドと最後尾を歩いている。いつも横に並んでいるあの二人が、何故か今日は不自然によそよそしい。でも仲が悪そうには見えない。
(………どうやら何か進展があったのね)
ちょっとおませな天使は、勝手にそう思ってニコニコしている。
やがて暗がりの多かった森が少し開けてきた。山の頂点が近いらしい。
「………あれがエドル領だ」
ガロウが未だに腹を擦りながら言った。サペント山地の頂点付近、彼らはエディンを背後にエドル領に侵入を開始した。頂上から目的地の神殿の遺跡が見える。
「こ、これは……」
目を幾度も擦りながらローダは、見えてる光景を確認し、感動で少年の様にその目をキラキラ輝かせる。所詮遺跡であるので、至る所が崩れていたりしてはいるものの、だからこそ荘厳な雰囲気が漂う。
建物としての大きさだけなら、フォルテザの砦よりも大きい。自分が大陸時代に仕えていた城ぐらいあるのではないか?
神殿の周りにも石を積んで作った大小さまざまな建物の跡が点在している。
(ひょっとすると、太古の時代にはこの場所こそ、島の中心であったのではなかろうとか)
人より感動の度合いが大きいローダ。仲間達は目前に迫る戦に意識を集中しているので、ある意味呑気してるとも言えなくもない。
「おいっ、これを見ろ」
ガロウにとっては神殿の荘厳さなぞ、正直どうでも良いのである。双眼鏡をルシアに渡す。その大小様々な建物跡に潜んでいる者達が見えたのだ。
「あれは……」
「ああ、コボルトとかオークの類じゃねえ。人間だ、それも元フォルデノ王国の正規兵だ」
嫌な気分をガロウは、隠そうともしない。彼等は元々マーダ直轄の兵ではない。黒の軍団に敗北を期するまでは、自分らと同じくこの島を護っていた仲間と言うべき存在であった。
「………どれ、私にもちょっと貸してくれるか」
ジェリドは、ルシアにそう声を掛けて双眼鏡を譲って貰う。
「あれは、バルトルトではないか。フォルデノ王国騎士団長が、神殿の中ではなく、あんな物陰に配置されているのか」
ジェリドの不快感はガロウの比ではない。バルトルトは彼が鍛えた騎士である。そして彼の強さも十分に把握している。
「なんだと!? ……っていう事は?」
「ああ、バルトルトすら蚊帳の外だ。よって間違いなく彼よりも強い者が。十人の内の誰かがいると構えるべきだ」
冷静沈着なジェリドが珍しく面白くないと、いう顔をしている。
「元・フォルデノの騎士様とヴァロウズときたか。かーーっ! 既に出来上がってんじゃねえか」
落ち葉の降り積もる地面の上で、ガロウは思わず地団駄を踏み散らしてしまう。
「いや、ちょっと待て」
ローダが両耳に手をあてた。何か聴こえるらしい。ガロウはジェリドから双眼鏡を返して貰って再び覗いてみた。
「あ、アレは!? おうおうっ! 早いな姐御! おぃ、みんな急いで山を下るぞ! ああなったアイツらはもう止まらねえ!」
ガロウは、走ると言うより滑るように、斜面を下りはじめた。皆も一気呵成に後へと続く。
(姐御ってなんだ?)
一人ローダは、ガロウの言葉に頭の中で首を傾げながら後を追った。
「2番隊、3番隊は、ジャベリンの投擲で援護! 後の者は我に続け! あの壁の連中から叩くっ! この『赤い鯱』の牙をくれてやる! お前ら! 遅れんじゃないよッ!」
荒々しく言い放ったプリドールは、兜の面を降ろした。気高い赤い鎧を先頭に、蜂矢の陣が突貫を開始した。




