第5話 貴族の嗜み
ガロウ達、エドナ村から転送された民衆軍の連中が螺旋階段を降りる。その最下層は大広間となっている。
フォルテザの街は街自体に石塁や堀があり、攻め込みにくい様な工夫がされているが、その中心にある砦は、街の者を避難させて籠城戦も出来る様に工夫が凝らしてある。
この大広間は、町の者達を受け入れるために作った部屋である。フォルデノ城の大広間の様に、宴をする場所ではないので、凝った装飾などがある訳ではない。
けれど今宵だけはいつもと装いが異なる。砦にある、ありったけのテーブルを此処に集め、その上には鳥の丸焼きや、ピッツァ、ローストビーフ等、中々に豪勢な料理を並べていた。
空のワイングラス達は、自分達が赤か白で満たされるのを待っているかの様である。
既に砦の兵士達と、街から招かれた住民達が今か今かと開催を待ち侘びている。美しいドレスで着飾った女性達も華を添える。
その華や食事よりも先にガロウは、一人の見知った老人が立っているのを見つけて思わず声を上げる。
「ビ、ビスワン、ビスワンじゃねえか!」
「おお、ガロウではないか、待っておったぞ」
階段の上から呼ばれた老人がガロウ達の方へ身体ごと視線を移す。ビスワンと呼ばれた老人は、このエディン自治区の長である。
『我々が落ちたらアドノスが終わる、それだけは避けねばならん。今は敢えて勝ちを譲ろうぞ。勝つのは最後で良いのだ。刻を間違えるでないぞ』
これを言い残し、投降してこの砦を護った人物はこの人である。
走って階段を降りると真っ先にビスワンの元に駆けつけるガロウ。目に活気が溢れている。
「ほ、本当に生きていたのですね。良かった、本当に良かった………」
珍しく敬語を使うガロウ。そして長の手を両手で握る。手の主がマーダ軍に投降していった悪夢の様な当時を思い出す。
「あ、あれは芝居だったのですか?」
「いや、決してその様な事はない、私とて知らなかったのだ。ロットレン殿とドゥーウェン殿が繋がっていたことなど」
彼は砦にいる味方の目すら欺くため、暫くは地下牢に幽閉されたフリをしていたことを話す。
「まあ、もっとも三食昼寝付きで仕事なんぞ、何もせんで良かったから実に快適な牢獄生活であったよ。ベッドも実に寝心地が良かった」
そう言ってカカカっと笑い飛ばし「全くロットレンには、してやられたわ」と締めくくった。
「皆様、今宵迄はこの砦を預かる主人としての振舞いをお許しください。大した饗は出来ませんが、これまでの労いと、そして明日から生まれ変わるエディンに祝杯を上げようではありませんか」
階段の踊り場からドゥーウェンが挨拶をすると、皆から歓声が沸き起こった。
「そして今夜の主役を紹介いたします。あのサイガン・ロットレン氏の孫娘であられるルシア・ロットレン嬢と、そしてあの黒い剣士を退けた英雄、ローダ・ファルムーンです!」
ローダは白ベースに少しだけグレーが入ったタキシード姿、胸には青い薔薇の飾りが差してある。
一方ルシアは、深く美しい海を思わせるドレス姿で現れた。白い両肩を出しており、腰の辺りには斜めに大きなひだがついている。
右の頭には、これまた青い薔薇の飾りがついていた。派手ではないが、ルシアの美しさを際立たせるのに充分で、シンプルなドレスであった。
ここまで裾の長い衣装と履きなれないヒールにちょっと戸惑ってはいたが、とても笑顔に溢れている。
そんなルシアの手を優しく握るローダは、意外にも堂々と彼女の事をエスコートしている。
一同から更なる歓声が沸き起こった。
「お姉さまぁぁぁぁ! 綺麗っ! 綺麗っ! 素敵過ぎるっ!」
(………そしてなんだかローダさんが妙に格好いい!?)
大はしゃぎで大きく二人に向かって手を振り続けるリイナ。
「「おおっ……」」
ジェリドとガロウは、ルシアのドレス姿にも驚いたが、ローダがまるで一流貴族の様に堂々と振舞って見えるのが意外で驚きの声を揃えた。
皆が見つめる中、歩きづらそうにしているルシアに自然と歩幅を合わせて、階段を無事に降りると、二人にもグラスに注がれたワインが渡された。
「では皆様、エディンとアドノスの未来に乾杯!」
ドゥーウェンの仕切りで皆がグラスを掲げて乾杯すると至る所で談笑が始まった。
しつこい様だが、ここは砦なので宮廷音楽家なぞいないのだが、どこからともなくそれらしい音楽が流れてきた。これもドゥーウェンの仕込みであろう。
ルシアは席にゆっくりと腰を下ろすと「ようやく落ち着ける」と一息ついた。するとローダが料理を取り分けて、運んで来てくれた。
「あ、ありがと…………」
「他にも何かあったら言ってくれ」
先程より何から何まで別人の様な自信のある振舞いをしているローダ。ルシアは戸惑い、頬が赤く染まり出すのを止めることが出来ない。
「お姉さまっ!」
リイナが後ろから声をかけてきたのでルシアは、ビクっと肩を揺らす。
「な、何、どうしたのリイナ?」
一生懸命にルシアは取り繕うとする。そんなお姉さまが可愛くて仕方がないおませなリイナである。
「何だかローダさんが、随分生き生きとしていませんか?」
「………ああ、俺も同感だねぇ。何だいありゃ?」
リイナに続いてガロウもその話題にのっかってくる。
「あー、スマンッ。なんか鼻についてしまったか?」
鼻の頭を擦りながら、ようやくいつものローダらしいはにかんだ感じに戻る。
「あ、いえいえ………」
「悪ぃ! そういうつもりじゃねぇ!」
リイナが首を横にブルブル大きく振る。ガロウも本気で頭を下げる。
「あ、いや、皆の言いたいことはなんとなく判る。それこそ嫌味っぽく聞こえるかも知れないが、俺、こういうのって割と慣れているんだ」
「あ………。そう言えばローダさんて確か、王宮近衛騎士団のお家柄でしたっけ?」
少し恥ずかし気なローダに対して、リイナが質問で詰め寄ってくる。
「そ、そういう事。こういう宴にはガキの頃から出されていたんだ。嫌でも慣れるってものさ」
「納得です、本物の貴族出身って事ですね。実に凛々しくて良い感じです」
素直にリイナは褒めちぎっているのだが、褒められた方は少し困った表情を見せる。
「なるほどな………。じゃあ貴族の御婦人をエスコートするのも慣れてらっしゃるのか騎士殿?」
ちょっと悪戯心で釘を刺してみるガロウ。視線で詰め寄るリイナとルシアに、ローダの顔が少し引きつる。
「そ、それはだな。義父さんと兄さんから仕込まれた騎士の嗜みって事で……」
「「ふーーーん………」」
リイナとルシアがなんだかなあ……といった顔つきになる。ガロウの方を恨めしそうに睨もうとしたローダであったが、相手はシレッと次の酒を取りに行ってしまった。
食事が一通り終わると、ドレスを着た女性をダンスに誘う騎士や戦士が出てきた。特にフォルテザ出身の連中は、こういう行事に多少は慣れている連中がいたらしい。
その中でも特に際立っていたのはドゥーウェンとベランドナのペアであった。高身長でお互い正装を着こなしている二人はダンスにもキレがあって、一同の注目の的になった。
ルシアも同様に、|そして少し羨まし気《自分もあんな風に踊れたら》に二人の姿を追っていた。そんなルシアにローダは気が付く。
サッと立ち上がるとルシアの前に歩み寄るローダ。そして片膝をついて、頭を下げた後、顔を上げるとルシアの手を掴む。動きに寸分も無駄がない。
(な、何!?)
「レディー、私と踊って頂けますか?」
(れっ、れでえ!?)
またローダがいつもと違うギャップで攻め込んできた。沸騰したやかんのように顔を真っ赤にして大いにルシアは、慌てるのである。




