第7話 賢者への道
アマンの森に暖かい日差しが降り注ぐ。ガロウ、ルシア、ローダの三人に合流したジェリド、リイナを加え、五人となった一行は、束の間の休息を取っていた。
ヴァロウズ8番目の男との戦いで深手を負ってしまったガロウを回復の奇跡で治癒するため、リイナが魔法を封じるのに使った奇跡の盾の効力が消え去るのを待っていたのだ。
「戦之女神よ、この者にどうぞ貴女の御慈悲を。湧き出よ生命之泉」
目の前で仰向けになっているガロウへリイナが、白く清らかな両手をかざすと、神への祈りの言葉を告げる。
ガロウの全ての傷口から光が溢れ出す。そして次々と傷口が塞がってゆく。それら全てが塞がると、光はその役目を終えて消えていった。
「こ、これは……」
「す、凄い。もう全く痛みを感じねえぞ」
初めて見る奇跡に絶句するローダ。ガロウも信じられないといった顔で、全ての傷口を見て触って確認した。
「こ、これは、まさか全回復!?」
回復系の魔法くらいは幾度もその目で見た事があるルシア。
けれど今までのそれらは、それぞれの傷口にその都度魔法をかけるというものであり、しかも傷が完全に癒える様なものではなかった。
「これはガロウさんの寿命ともいうべき魂の一部を媒介に、細胞の治癒能力を急速に活性化させるという、エディウス神に仕える司祭のみが扱う事を許される奇跡です。細胞を急速に活性化させる、その究極の先にあるのは死です。本来なら自然に任せた治癒が一番なんです」
ちょっと得意げに「そして神も決して万能なのではなく、生と死は常に鏡合わせなのです」と、いかにも神の使いらしい言葉をリイナは付け加えた。
「なあに……これは立派に奇跡だよ。ありがてぇ、感謝するぜ、リイナちゃん」
「もうっ、リイナちゃんは、そろそろやめてください」
つい先程そのリイナに針をブスブス刺されて、その行動力に恐れすら抱いていたガロウだったが、気分もすっかり良くなり、少女のの頭をわしゃわしゃ撫でる。
子供扱いされたリイナは、ガロウの身体をポカポカ叩いて反論した。
彼らはガロウの傷が癒えると簡単な朝食を各々《おのおの》取ってから、再び目的地であるサイガン・ロットレンの住まう洞窟を目指して歩み始めた。
ジェリドとリイナという頼もしい面子を加えた一行は、自然と昨日よりも気が緩み、早速打ち解けていた。
ローダとルシア、そのすぐ後ろにリイナ、少し離れた所をガロウとジェリドが歩いている。
「あのう……ローダさん」
「ん?」
少し遠慮がちに戦士の青年の後ろからリイナは、声をかける。ローダも歩きながら小さな司祭の言葉に耳を傾ける。
「ローダさんとお姉さまは、恋人同士なんですか?」
「えっ!?」
「ちょ、ちょっとリイナ、何言ってんのよっ」
リイナは急に二人を追い抜いて向かい合う。その顔は興味深々といった感じだ。さっきまでの遠慮がちだった少女は、もうそこにはいない。
あからさまに狼狽するローダ。ルシアも動揺を隠せないのだが、実の所この引っ込み思案がどう返すのかを期待してしまう。
「ち、違う………」
ローダが暫く間を置いてから、二人から目をそらしてボソッと力なく告げる。
「あれ? そうなんですか? 外れちゃいましたね、おかしいなあ……お似合いだと思ったのに」
そう言いながら思春期の興味全開といった感じでリイナは、二人の様子を交互に見つめる。
(………ははあ、当たらずとも遠からず。そんな処ね)
(そんな、あからさまに否定しなくても……。え、私、何考えて…)
そう勝手に確信し、少女は心の中でニヤニヤするのを抑えられない。
ルシアは少し機嫌が悪くなったことを隠すことが出来なかった。
◇
「……そうか、ホーリィーンさんが。ディオルの町がそこまで酷い事に」
そんな若者達の浮いた雰囲気とは対照的な中年男性二人の会話。ジェリドの話を聞いたガロウは、とても残念で仕方がなかった。
ジェリドの妻、ホーリィーンの事は彼も良く知っている。
気立てが良く、綺麗な女性であった。ディオルの仲間達だってつい半年前迄は、生きて一緒にフォルデノ王国軍と、戦った友であったのだ。
「ああ、私の力不足だ。皆を護ってやれなかった。リイナにも可哀そうな事をした」
少し曇った顔でジェリドは言いながら、前で戯れている愛娘に視線を送る。
「いや、奴らが強過ぎるんだ。特にあの黒い剣士は……」
「そう落ちるな、お前の真の太刀。あれは見事なものだ。…………そうだ、そう言えば彼がその黒い剣士に勝ったというのは本当なのか」
ジェリドは娘にからかわれている、生真面目な青年の方に視線を移した。ガロウにしてみれば、あの時の絶望感を未だに払拭出来ない。
「ま、まあ、あれは勝ったというか、黒い剣士が満身創痍で勝手に逃げていったという感じだ」
「ほぅ……」
ガロウもチラッとローダの方を見て、少し苦笑いをする。
それはまた稀有な…といった表情でガロウの話に耳を傾ける。
「しかも退けたアイツ自身がその戦いを……自分のやった事を全く覚えてないんだ。普段のアイツは、少しはやれる剣士といった程度だよ」
ローダとジェリドを交互に見ながらさらに話を続けるガロウ。
「アイツがいうには、エドナの村が黒い剣士の攻撃で吹き飛んだを見た、それからは先は覚えてないって事らしい」
「ふむ、圧倒的な強者を見て覚醒したといった所かな。で、あれば…」
言いながらガロウの顔が少し暗くなる。
ジェリドもガロウの話と表情から、楽観的な話ではない事を理解した。
「そういう事だ、その強者って奴がもし、俺達の側だとしたら………」
「パーパっ」
突然、リイナが話に割って入ってきた。ジェリドとガロウは、話で夢中になり、前にいた三人が歩みを止めていた事に気づかなかった。
「何、難しい顔で話をしてるの?」
「こ、こら、リイナ、パパはやめなさいっ」
首を傾げながら、父親の方に視線を送るリイナは実に無邪気なものである。
ジェリドは話の腰を折られた事よりも、その呼称を否定する作業に追われた。
「だってパパは可愛いから仕方ないの。聞いてガロウさん、この間ね………」
「おぃ、やめろ、その話はやめてくれっ」
リイナの言葉を必死に遮ろうとするジェリドから、騎士の威厳も父親の尊厳もすっかり失せていた。
「おっ、なんだよリイナ。パパがどうした?」
「あ、パパ、私も聞きたーーい」
ガロウが実に楽し気にニヤニヤする。これは乗っかるしかない。ルシアも手を挙げて悪乗りに拍車をかける。
「お、俺も、パパ。あ、いや、お父さん…」
真顔でそう言ったのはローダである。一同、彼に視線を送り、そして一斉に吹き出した。
「えっ!? あ、いや、そんなつもりは……」
ローダは自分が口走った言葉を消し去ろうと、必死に両手を交差したが否定を重ねる毎に、笑いが絶えなくなってゆく。天然の勝利である。
(そっかあ……これはお姉さまが、好きになるの、うん、判る判りますとも)
心の中で幾度も頷き、納得のリイナである。
そんな談笑を織り交ぜつつ歩く事、約4時間。目の前に断崖絶壁とその遥か下に川が流れる渓谷に辿り着いた。
「………着いたぜ」
「………そうね、久しぶりね」
ガロウとルシアが揃えて口を開いた。
「えっ? 着いたって、何も…」
ローダは辺りを見渡したが、賢者がいるという洞窟らしいものは見当たらず困惑する。
そんなローダに構うことなく、ルシアは何もない絶壁に向かって右手を伸し、両目を閉じた。
「ヴォターヴァ」
このルシアの言語は、既に知っているガロウ以外に解せないものであった。
すると目の前の絶壁の一部が、ゴゴゴゴッと唸りを上げて、開いたのである。
「さ、行くよ」
ルシアとガロウは何事もなかった様に開いた穴に向かって歩き始める。ジェリドとリイナも当然のようにそれに習う。
「い、行くって、そこは崖と川だっ…」
一人慌ててふためき置いてゆかれるローダ。所見ではないガロウとルシアはともかく、何故ジェリドとリイナまで動じないのだろうと不思議に思った。




