第21話 黒の剣士の蹂躙が始まる
リイナとジオーネのお陰でレイの銃撃による包囲網が一時的だが解除された。
これはローダ側に取って実に有難いことである。マーダと後方に浮かぶ女魔導士に集中出来る。
……しかしながら、さてどうしたものか。
紅色の蜃気楼の見えざる刃などを考慮すると、不用意にマーダへ寄せてゆくのは危険には変わりない。
竜騎士ローダと堕天使ルシアの脚を返って引っ張ることにもなり兼ねない。やはり身を守ることに重点を置いて、反撃を狙うのが定石なのか。
ただとにかく何度も言うが、もう時間は僅かしかない。
「インフィニット・アルティジオ……暗黒神よ、大海蛇の爪を以って、波壁すら斬り裂く恐怖を此処に示せ『斬り裂く爪達』!」
などと思考を巡らせているうちに地上へ向けて大海蛇の爪を、人数分はありそうな程の圧倒を以ってフォウが飛ばしてくる。
「やらせるものかっ!」
「甘えッ! 甘えんだよッ!」
超巨大な二刀を握るジェリドと、ハルバードを1本のままで青い鯱がこれを迎え撃つ。
アズールの攻撃力強化とミリアの白き月の守りてを自分達の武器に集中する。
まるで何かを一気に裁断する機械のように二刀を左右に展開しながら振り下ろすジェリド。
それでも足りない部分に自らを晒し、ハルバードを真横に振うランチア。
何れも魔法の爪を完全に相殺してみせた。彼等の行動力も素晴らしいが、アズールとミリアの魔法による底上げが絶大である。
「クッ!」
地上を見下ろしながら舌打ちするフォウである。ランチアが「来いよ」とばかりに手招きし、往年の騎士は、ただただ鋭い眼光で睨みつけた。
やはり地上で守備形態を維持しているだけならローダ側は非常に強固である。
何せマーダが苦節の末に手に入れた見えざる刃すら、不意を打たれなければ防げるのだから。
その不意とやらが突然牙を剥く。空で構えていたマーダが突如、ガロウの目前に出現する。紅色の蜃気楼を右手で逆手に握っていた。
やはりマーダの移動速度が上がっている。迂闊にもローダとルシアが置いて往かれた。
「我が拳を受けられるかァッ!」
「な、『櫻打』ぁっ!」
大胆にもマーダは柄を握った拳を大いに振るってきた。これに少々面喰いながらも同じく刀を握った拳を放つ櫻打で対抗するガロウである。
「うぐっ!? ぐわぁぁぁっ!!」
「フハハハッ!! 次ィッ!!」
これは不意打ちとはいえ、赤い歪な大剣の重さも込めたマーダに軍配が上がる。
ガロウの利き手の指がへし折られ、骨が露出する開放骨折に至ってしまう。
同じ拳同士のぶつかり合いであったが、マーダの方は、まるであの赤い拳闘士を彷彿とさせる見事な動きであった。
剣術だと思い身構えていたガロウでは流石に届かなかった。
加えてマーダはまたも瞬間移動したかの如く、次は赤い鯱を狙う。
「フハハハッ! 喰らえェッ!」
「調子に乗ってんじゃァねえぞッ!」
プリドールが騎槍と盾に攻撃力強化と白き月の守りてを分散させつつこれに臨む。
今度のマーダは逆手のまま紅色の蜃気楼を片手下段で悠々と振るう。氷狼の刃の使い手トレノが得意とした動きだ。
プリドールは後の先すら吹き飛ばすつもりで盾を突き出し、相手の攻撃を完封する構えを取った。
たとえ相手が噴き飛ばなくても盾で剣を抑え、ランスをその陰から突き立てれば良い。単純だが如何にも騎兵らしい応対である。
「グッ!? ば、馬鹿なっ!」
「ぬるいぬるいィィッ! 次ィィッ!!」
それでもマーダが強引にさらに上をいってしまった。二重の魔法で強化された盾を、大剣に後光の刃を重ねたもので、その盾すら両断し、加えて槍を握る指すら斬り裂いた。
次は一体誰がマーダの標的と化すのか。戦々恐々する地上の面々である。
それにしてもまたも回りくどい戦い方をするものだ。折角手に入れた見えざる刃を一切使わず、自ら赴き一人一人蹂躙する。
自分とマーダの目が合った。少なくともベランドナはそう感じた。近接戦闘と1対1は絶対に避けるべきだ。
そこに往年のパートナーである二刀ダガーのレイチが割って入ろうとする。つい先程も短刀でありながら渡り合えたのだ。
「邪魔だッ! 滅殺ッ!!」
「「…………ッ!?」」
マーダの「滅殺」と左目から唐突に撃ち出された赤い光線に二人のハイエルフが色を失う。
滅殺とは元ヴァロウズのダークエルフであったオットーの口癖であり、目の光線も彼のやり口だ。
とかくエルフ族は、他種の血が混じった相手に過分な反応を示してしまう。
赤い光線自体は、それぞれ二人の足元に放たれ前進を奪われた以外、大した効力はないだろう。
けれどもダークエルフをチラつかせられたことで完全に虚を突かれてしまう。
「ウグッ!?」
「アァァァッ!!」
「甘いィィッ! さあてお次はどいつだァッ!」
レイチが彼の生命線といえる利き足の腿を深々と斬り裂かれ、ベランドナは伸びてきた後光の刃に利き腕を裂かれた。
せっかく貰った守備系魔法に意識を集中させる間すら与えて貰えなかった。
「ろ、ローダっ! 何をボサっているのよっ! このままじゃ皆殺られてしまうっ!」
「わ、判っているっ!」
地上で次々と倒されてゆく仲間達。それに何故だが身動きを止めて様子を窺う素振りを見せているローダに苛立つルシアである。
ルシアに嗾けられ地上へと向かおうとしたその先に、何故か自分等と同じ姿のローダとルシアの姿を見つけ面喰う二人である。
「アーハッハッハッ! 死ねィッ!?」
それを見つけたマーダがすかさず飛び掛かり、紅色の蜃気楼で斬り裂いたのだが、まるで手応えを感じない。
自由気ままに振舞っていた動きがようやく制止する。さらにマーダの前後左右、全方向から不死鳥化したリイナが迫り来る。
さっきの斬られたローダとルシア、それに4人のリイナ。
1人のリイナを除けば全て偽物……恐らくリイナとジオーネが、創り出した『模造』に違いない。
「「「「らぁぁぁっ!!」」」」
「フンッ! 小賢しいィッ!」
4人のリイナが共に拳を振りかざし、襲い掛かりの気合い声すら重ねて征く。
マーダが鼻を鳴らして小馬鹿にした途端、またも頭のおかしくなりそうな現実が展開される。
「フンッ、これまた賢しいわね。全て偽物だなんて」
「はぁっ!?」
ホーリィーン・アルベェラータが4人の娘に殴られて平然とした面をしているではないか。
然も御丁寧に声色と口調すらもまるで本人そのものであった。勿論本物ではない、マーダが化けた偽物である。
さらにそれを何の躊躇いもなく撲殺しようとしたリイナ達も全て偽物であった次第だ。
マーダが「邪魔だ」と告げながらあっという間にそれら全てを手刀で薙ぎ払うと、全てジオーネの宝玉と化して地面に落ちた。
「本体はまたも(不可視化で)消えたか……チィッ、忌々しい……」
探すのが面倒なのか、まあどうせいずれ向こうから出て来ようと次に、嘗て自分を騙した学者に目を付ける。
「や、やれっ! 『自由なる爪』達っ!」
狼狽しつつも全ての自由の爪を展開するドゥーウェンである。ドゥーウェンは冗談ではないと感じている。
どれだけマーダ一人が強靭であろうが、所詮戦いは数。
然も質の良い連中が揃い踏みであった筈なのに何故にこうも此方ばかりが圧されているのか?
何とか雑念を振り払い自由の爪の操作に集中する。もう当然出し惜しみしない。
残っている全てを攻撃に回せば例えマーダとて全てを防ぎきることなど出来やしないと思っている。
もっとも完全理系で何事にも於いても約束された計画を望む彼である。
寄って思っているなどという曖昧さでカタをつけようとしている時点で危ういのだ。