第18話 何も狼狽えることはない
マーダにしてみればローダとルシア以外の連中は、容易く落としてしまえば良い。
正直その程度の連中だとタカを括っていたのだ。
実際に始めてみれば、青い槍、赤い槍、ハイエルフの連中、そして異質な得物を扱う騎士という敵。
加えて勝手に味方になるよう名乗りを上げた女魔導士と、転移の翼なんぞまるで及ばない空間転移で相手を翻弄する拳銃女。
全てまとめて自分の認識以上にやってくれる………「これは楽しめる」と実に楽し気で呟くのだ。
「フフッ……」
そんな主を見ていたフォウが思わず顔を綻ばせる。ルイスになる前のマーダとも違うし、勿論ルイスとも異なる。
そんな変幻自在なマーダを理屈抜きで愛しい存在と認識してしまった。まさに惚れ直してしまいそうだ。
「示現我狼『櫻道』ぉぉっ!」
ガロウが下段の構えから真っ赤に滾る愛刀を振り上げ、いつもの噴出するマグマのような道をマーダへ向けて打ち上げる。
レイの拳銃で身体を撃ち抜かれたにも拘らずだ。ミリアの白き月の守り手で上げた守備力があるのに何故だろう。
数発の銃弾ごとき弾き返すのであるが、レイは寸分違わぬ所に幾度も命中させるという暗殺者も顔負けのやり様で、それを貫通まで持っていくのだ。
「ほぅ……これも良き……むっ!?」
そんな決死の中から打ち出した示現の太刀筋をマーダが紅色の蜃気楼で受け流す。
此処でその顔色が変化する、櫻道の背後からレイチがダガー二刀で迫って来たのだ。
その尋常でない行動力、速度、胆力、どれを取っても一級品の輝きであると、あのマーダをして素直に認めさせる。
だがそんな捨て身を受けてやるか? そんな道理は存在しない。懐に入られると厳しい短刀の鋭い攻撃だが、半歩下がってしまえば大剣でも余裕で受けられる。
そこへようやく大本命、ローダが赤と緑の輝きを以って竜之牙を両手で握り、一番振り幅の少ない突きを見舞おうと迫る。
加えてマーダの背後に音速で出現した堕天使ルシアが後頭部に向けて、右の大砲を放とうとしている。
しかしこのルシア、周囲から見れば充分過ぎる程に風神が如き動きなのだが実の処、躊躇っている。
彼女にしてみればどうしても腑に落ちない。「マーダが負けを認めれば消える」ローダのこの件だ。
首を飛ばそうが胸を穿こうが致命に至らぬ相手が負けを認めるとはどういう状況なのか。
これは剣の試合などでは断じて違う。判定をくれる審判もいない。
ローダの竜之牙による突き、説明の語彙力が追いつかない程に凄まじい。
人体改造したマーダも大概だが、此方も人の動きを逸脱していた。
レイチが無言のうちに作った隙間、これはマーダが臆して下がった訳ではないが、これに勢いを載せている。
「効かんッ! 効かんなァッ!」
「………」
けれどマーダは反応してなんとこれを手刀一つで叩き落とす。剣を素手で? 在り得ない行動だ。
マーダにすらミリアの新月の守り手による防御力が掛かったのではと勘繰りたくなる。
処でこれまで他の相手には、一目置いような発言をしてきたが、ローダ相手だと相変わらず容赦がない口振りだ。
とにかくこれで得物を防御に費やすことなく、即時攻守を逆転出来る。これを見たルシアが自分の温さを痛感した。
加減なぞこの相手には粉微塵も不用であった。ローダが後の先を捨てて斬り掛かったのは、次に自分が控えてるからだというのに。
こんな迷いの混もった一撃では難なく躱すか、何ならそのまま頭に受けても平然としてるやも知れぬ。
けれど一度軌道に乗せたパンチを………増してや右の大砲の力加減を今さら変えることなど到底出来ない。
ゴツンッ!
「グオォォッ!」
「あ、あれ?」
結局ルシアの拳がマーダの後頭部を揺さぶることになった。彼女の拳に返って来たマーダの頭は硬い。
電磁砲の銃弾すら弾いたその手が硬いと判定したのだから、ルシアの想像通り、高い防御力があるのだろう。
けれども意外な程にマーダに効いたらしい。頭を抱えて身動きが止まってしまった。この意外な結果に殴ったルシアの方が驚いた。
これには二重のカラクリがあるのだが、取り合えず一つだけ語っておこう。何度も言うがマーダは自身に人体改造を施している。
寄って彼の肉体は当然強化された訳だが、神経伝達系も研ぎ澄まされた。実はこれが諸刃となっている。
神経が過敏に反応し過ぎるのだ。だから頭蓋の中で揺らされた脳から来る反応にマーダは通常時よりもやられているのだ。
もう一つ………そもそもマーダはルシアの打撃を貰うつもりがなかったのにも関わらず、気が付けば殴られていた。
これは致命的であろう。例え躊躇い混じりの拳であったにせよだ。
此処で一気呵成に攻めようとするローダであったが、空間転移してきたコルトに往く手を阻まれる。
最早この戦場全てがレイの縄張りと化している。
空間転移を身に付けたレイが敵に回ると、一人で数十人分と言っても大袈裟ではない程厄介な存在と化した。
さらに主人に対する迷いを一切捨てた黒づくめの女もそれに拍車を掛けて往く。
「剣・槍・斧……」
加えてマーダとレイ、二人の不落な壁を手に入れて詠唱の自由を許容された女魔道士フォウである。
「……この者に全ての武具を超える進撃を『アルマトゥーラ』!」
「……お、俺の呪文ッ!」
ヴァイロの意識を漂う赤い髪のアズールが悔し気な顔を露わにした。攻撃力強化がマーダをさらに底上げする。
然も掛ける相手は一人、複数人に掛けるよりずっと効果的だ。
「こ、これでは不死鳥の嘶きで力を落とした意味が……」
不死鳥強化したリイナが自身の言葉にハッとして燃える赤い息を飲む。
(も、もしかして……)
「キッシャァァァァァァァッ!!!」
リイナがこれ迄以上に引き伸ばした例の特徴的な鳴き声を挙げる。人を捨てた獣のように。
「むぅ?」
「こ、これは……能力が増してい…る?」
「くぅーっ! 堪んねえなァッ! どんなドラッグより効くぜェッ!」
マーダ、フォウが初めての違和感を覚える。自身の心を燃やす炎がより活性化されたような………そんな高揚感だ。
三人の中でレイだけは、この感覚を既に身体が知っている。実に心地良く、銃弾を飛ばす行為に拍車を掛けた。
「し、しまった………や、やってしまいました………」
この結果にリイナが自分の迂闊さに立腹してぬかるんだ地面を叩き、大いに泥を被ってしまった。
確かに聡明なリイナにしては珍しいミスには違いない。だが彼女が確かめたかったことを考えれば仕方がないともいえる。
フォウの攻撃力強化、これでさらに増したマーダの行動力を少しでも下げたい。そうリイナは考えた。
ただ敵へと還ったフォウとレイ、この二人にどう作用するかは正直未知数。それでもマーダの方は下がるだろうと確信していた。
しかしながら結果は最悪の方向に流れた。レイ、フォウはおろか、マーダの能力すらさらに底上げしてしまったのである。
―ろ、ローダさん………皆さん、やってしまいました。不死鳥がマーダを正義と承認してしまい……ました。
「なっ!?」
「ど、どういうことですかぁ?」
リイナが風の精霊術、言の葉に載せて皆に自分の仕出かしを悔みながら伝えると、あちこちから疑問と動揺の声が上がった。
そう……そういうことなのだ。リイナが敵と認識しているマーダを不死鳥は正義と認め、力を下げる処か上げてしまったのである。
―………良いんだリイナ、何も狼狽えることはない。予想通りだ。
ローダから接触による余りに意外に意外を重ねた返答が皆に届いた。
「ば、馬鹿な…………………い、いや待て、そうかっ、アレは、そういうことだったのか」
マーダの中で共に交わした会話、ローダが交わした約束の言葉「お前が負けたと認めてしまった時、その魂は消え失せるだろう」
あの言葉の意味をサイガンも解釈出来たと感じた。ただ余りに信じ難く、迂闊にも心の声を口に出してしまったのだ。