第15話 それが君達150年前組の敗因だよ
ローダがマーダと剣で語り始めた。灰色の意識空間を展開し、義父のサイガンと妻ルシアすら巻き込んで。
それに気づいた下界で陣取っていた連中は、もう黙って状況を飲み込む以外にやるべきことがない。
それにしてもローダがレイチに対し「サイガンを死守……」と命令したのだから、てっきりマーダの意識を消す手段を使うのだとばかり、皆が思っていた。
「自由なる爪!」
ドゥーウェンが空にいるローダ、ルシア、そしてマーダすら自由の爪で展開した光の幕で覆う。
意識空間に於ける会話というのは、本当に不意に終わるものだ。しかも実に短い時間でだ。
なので突然、戦闘が再開し、此方に火の粉が降り注いでもおかしくはない。そこでドゥーウェンは、ローダ達すらまとめて光の中に封じたのだ。
勿論独断専行だが、これしきのことであの二人が怒る筈がなかろう。寧ろ備えに感謝される筈だ。
「マーダ……さ……ま」
独りフォウは複雑な想いに駆られていた。彼女の恋愛感情が実に入り組んでいる。エドナ村で初めてマーダの温かみに触れ、その後王城にて身体を許した。
あの時はルイス・ファルムーンでこそなかったが、限りなくルイスの感情が乗り移りつつあったマーダであり、ルイスを我が物とする前の彼とは別人格と言っていい。
その後、フォウはルイスを溺愛し子供すら身籠った。偶然とはいえ、最高に幸せな授かりだと歓喜した。
そして現在……敵であった筈のローダと剣を交えているあのマーダは、ルイスを取り込む前のマーダだ。
早い話、今交戦してるのは、フォウを愛していないマーダである。だからフォウもルイスを取り戻すべく寝返ったのだが、妙な胸騒ぎがしてならなかった。
◇
「やはりな、あのローダという男。剣でマーダと語っている。ヴァイやルイス・ファルムーンと同じように」
またもヴァイロ側の意識空間である。アギドがマーダと剣をぶつけ合っているローダを見て、勝手に結論付けた。
「だったらなんで魔法で色々と準備した? 然も仲間達にまで……」
ヴァイロに取っては余計に意味が判らない。マーダと対等に渡り合いたいのであれば当人だけ強化すれば充分ではないのか。
「さあて……それは色々事情があるのだろうが俺には知れん。だが彼のこれまでの行動を考えれば自ずと想像出来た」
「……何ぃ?」
「真の扉使いとは創造を具現化出来るのだろ? ならば150年前の俺達なんか呼び出すことなんて不要……違うか?」
「あ……」
アギドの言葉に思わずリンネが呆けたように口を開く。
アギドは自分達を呼び出した竜騎士ローダに想いを馳せている。先読みのアギド……彼も嘗て似たような苦労をした。
「俺ならもっとストレートに"あの屍術師を消せっ”、"兄貴の中からマーダを消せ"って創造してみるな。もっともそんな我儘が叶うかは知らん……」
此処まで自身の考えを説明するとアギドは腕を組んで壁に寄り掛かり押し黙った。実の処それ以上のことが言えない。
(……だがアレと会話をして一体何が成し得る?)
その解答がまるで出てこないのだ。なので結果的にはヴァイロと同じく意味が判らないに帰結せざるを負えないのだ。
―それが君達150年前組の敗因だよ。アギド君……だったかな? 青い髪の少年。
「なっ……」
「森の女神さ……ま?」
目を閉じてそれ以上の思考が出来ないアギドを、暫く黙っていたファウナが思念の言葉でからかう。いや、アギドだけでなくこの場にいる者全てに対して。
―そんな身勝手な創造は想像で終わるだろうね。相手のことを想うことで開くのが扉らしいし……アギド君、君は頭の良さだけで物事を浅く考え過ぎだ。
ファウナ……神からとはいえ、痛い脇腹を突かれた思いのアギドが複雑な表情を見せる。
「ならば無礼を承知で問おうではないかファウナ様。貴女は先程"君達の敗因"と言った! 魂を持たぬ相手に俺達は結局何一つ勝てなかった! この世から存在を消す『絶望之淵』すら効かんだぞ!」
もうアギドが遠慮の皮を剝ぎ捨てて大声で訴える。幾ら神とはいえ、あの争いを侮辱された腹いせをぶつけずにはいられない。
―絶望之淵……君、それ試したっけ? 確か魂がないから通用しないって諦めた……違うかい?
「ぐっ……だが、それは当然の……」
―魂がない? そんな虚ろな情報に踊らされて……。アレに魂がないと思い込んだ時点で君達の負けなんだよ。
常に冷静に………。これを一番弟子として皆に告げてきた彼が、たった今、一番熱を帯びている。
怒りに我を見失いそうだ。然もあろうことか「マーダに魂がないのは君達の思い込み」と全否定された。
魂がなかったからこそ、マーダをどれだけ傷つけようとも無駄骨だった。それは150年後の今も結果が証明しているではないか。
―じゃあ……聞くけどさ、私という女神を差し置いてあそこで踏ん反り返ってる天使みたいな女は何さ?
「…………っ!?」
「ハッ! た、確かに仰せの通りでございますわっ!」
ファウナの語る「踏ん反り返ってる天使みたいな女……」とは無論ルシアのことである。
これには普段察しの悪いアズールですら目を見開いた。ミリアは、つい今しがた人の創りしルシアが強過ぎると少々議論したばかりだ。
―アレに魂なんかあるの? 扉の男の愛情を受け入れる器足り得たのはどうして?
「あぅ……これはもう何も言えなんだ」
リンネが思わず頭を抱える。さっき「ルシアを信じよう」と推した自分ですら何も判ってなかったと思い知らされた。
―……あともう一つ重大なことを見落としている。これは150年前にはなかったことだ。
「ええっと……それは……」
ファウナからの語りの筋道が変化したと感じ、ヴァイロは正直途方に暮れた顔をしている。
―もぅ、鈍いな君達は。マーダに取り込まれた筈なのに気がついたら逆に憑りついたとんでもないのがいただろう?
「………ルイス・ファルムーン」
ファウナから少々馬鹿にされつつもヒントを貰ったアギドが目が覚める思いになった。
全て理解した……と言うには流石に無理が在り過ぎる。何せファウナの語ること自体憶測の域なのだから。
けれどもこれで全ての点が繋がり太い線を描けたとアギドは確信に至る。
思えばやはりローダと似た者同士、マーダを決して脅威とせずに交渉を成立させたのがルイスである。
マーダに取っては紅色の蜃気楼の力を引き出すための単なる方法論であったかも知れない。
だがそれでもルイスというただの人間に、自身の意識を預けたのだ。
(それに……)
アギドが戦の女神の同性愛を思い出す。あれだって似たような現象でないのか?
このタイミングで別の意識空間に於いて「お前に要求することはただの一つだ」と言葉の刃を突き付けたローダとファウナの考察の説明が、絶妙なタイミングで折り重なる。
これは単なる偶然か、はたまた必然を呼び込んだ運命なのか?
「マーダ……全力で俺達と戦え、そして……」
「…………?」
―君達最大の敗因……そしてあの男が、もしアレに勝利出来るとしたらこれしかない。アレを人間だと信じ、戦い抜き勝利することだ。
「………負けたと認めてしまった時、お前の魂は消え失せるだろう」
ファウナがマーダを人間として扱えと語った。
ローダもマーダをただの敵と認め、単純に戦い抜くことを強く望んだ。
ローダのまるで要領を得ない発言を聴いたマーダがニヤリッと笑う。いつもの相手を見下した冷笑ではなく、何やら楽し気に……。
まるで「その言葉を待っていた」と言わんばかりの態度で緩んだように見えた。サイガンとルシアは我が耳と目を疑ったがローダは真顔である。
此方は「当然だ、何故ならそれが彼の望みだからだ」と断定しているかの如く、相も変わらず揺るぎがない表情であった。