第14話 "剣で語ろう"
全身の細胞を極限まで燃焼し、己が力の極限を引き出せるというヴァイロの新たな呪文『疾風の使い手』。
これを自身に付与したローダについてヴァイロは、全く理解が追い付かないと憤りすら感じていた。
ただ相手の攻撃を生前先読み出来ていたアギドには、ひょっとしたら……という考察があった。
それから「第一、彼奴には転移の翼があるのだから速度だけならそれで充分だろ」と憤怒する我が師を宥める。
「その転移の翼とて、シグノの羽が必要だから永続的ではない筈だ。増してや仲間にすら譲っているのだろ。そもそもあの男自体の魔力は大した量ではあるまい」
彼とて複雑な顔をしてはいるものの、このやり方に考え抜いた意味がある含みを漏らした。
加えて魔導士ではないローダの力量を計算に入れるべきだと付け加える。
―レイチ、君はサイガンを連れて後方に。決してサイガンがマーダに殺られないよう守り抜いてくれ。
―ローダ……さん? りょ、了解です。
赤と緑の輝きを振り撒きながらローダがマーダに向けて一直線に舞う。その表情に迷走は感じられない。
レイチは未だにマーダの近くでウロウロしていたサイガンの手を引いて、ローダと入れ替わりで退却した。
これで事前に後方へ下がったリイナ以外、皆が元の陣形に戻ったことになる。リイナが幻術によって未だ三半規管の乱れが治らない者を看てやる。
「竜之牙!」
ローダの側から積極的な剣戟を見舞う。もっともただの中段からの斬り込みだ。マーダが受けられない道理がない。
その後もローダは、出来る限り隙の少ない攻撃を続けるだけだ。ほぼ隣にいるルシアも夫が何を考えているのか理解出来ずに困惑気味の表情だ。
何しろまるで剣の稽古でもしているような基本動作ばかりなのだ。とはいえ疾風の使い手で強化されたローダ。
迎え撃つはAYAMEを載せたナノマシンに自己を極限まで強化させたマーダと、あの紅色の蜃気楼による打合いだから異様な迫力を帯びる。
「何だ貴様ァッ! まさかこの我と文字通りの"剣で語ろう"っていう訳じゃあるまいなッ!」
このマーダの挑発を耳にした皆が騒然とする。但しアギドだけは「やはりな」としたり顔で呟いた。
「ば、馬鹿な真似はよすんだっ! ソレはこれまでの相手のように心を通わせなど出来やせんっ!」
いつになくサイガンが天空にいる義理の息子へ、大声で折檻する。
初対面の際、確かにあのお人好しは「マーダとさえ分かり合える……」と目を輝かせながら言ってくれた。
確かにそれは最高の理想論だが、相手が兄ルイスならいざ知らず、初の人工知性を積んだマーダの場合、別の話だ。
「な、何ィッ! こ、これは!?」
「ローダよ、お前さん本気で……」
マーダ、サイガン、ローダ……そして仲介役のルシアの4人が突如、何もない空間に出現した。
ヴァイロの時は白い空間であったが、今度は限りなく黒に近い灰色……辛うじて相手の色彩を認識出来るギリギリな感じの空間であった。
「………色々俺なりに考えた。兄さんの魂は間もなく消えるし、仲間達だって緑も赤も関係ない。Ver2.0に身体の機能が耐え切れなくなる……」
「ならばどうして……」
マーダ相手にすら真っ直ぐな視線を決して外そうとしないローダである。もっともその顔には色々考えた末の焦燥が見て取れた。
サイガンの質問に暫く応じない……。闇と沈黙だけがこの空間を占拠する。
「だがやはり俺には、これ以外の方法が思いつかなかった。マーダ……お前だって自分の意志を抱いているなら俺にその心の扉を開いて欲しい」
やはりローダは、此処に至ってなおもブレなかった。怒りにその瞳を燃やすマーダと真っ向から対峙して手を差し伸べる。
「馬鹿か貴様ッ! 神にでもなったつもりかァッ! 相手のことが判ると、相手と判り合えるはまるで別物ッ!」
「…………」
「増してや初期で出来損ないの我と、それを踏み台にした最初の完成形である貴様が判り合える訳がないッ!」
「…………」
「貴様は良いよなぁ……。今や全人類の父となったこの爺に息子と呼ばれ、さらに最高級品の嫁すら手にした」
「…………」
怒りの早口で捲し立てるマーダから「全人類の父……」と皮肉られたサイガンと「最高級品の嫁……」と称されたルシアが困惑の顔でローダを見つめる。
ローダは何一つ言わない、何も訊ねない。ただ押し黙り「判り合えるか!」と啖呵を切ったマーダの声を漏らさずに聴くだけだ。
これではまるでLoaderとは真逆、Recorderではないか。
「マーダよ……お前は出来損ないと自分で言うが、私は未だ……言わば未来がある者として名付けたのだ」
「ハァッ!? 貴様とあの吉野亮一は我の進化を見限り、あの蟲共に未来を託して惰眠を貪ったではないかッ!」
「…………っ!」
ローダが完全にダンマリを決め込んでいるので堪らずサイガンが口を挟む。
マーダに返しようのない反論を浴びせられグッと唇を噛むしかないサイガンである。
ローダと同じく押し黙って話を聞いているだけのルシアが気づく。判り合うつもりがない筈のマーダから、一方的だが想いを引き出せていることに。
もっとも建設的な会話が出来ているとは思えやしないが……。
「マーダ……出来損ないである我が、貴様の押し付けた記憶をっ! 希望をっ! それにしか縋れずに此処までどれだけ寂しかったか……寝ていた貴様に判るものかァッ!」
(……希望? ……縋る? ……寂しい?)
こんな言葉がマーダの口から発せられるとはルシアに取って意外であった。自分はどう足掻いてもローダにはなれない。
そんな絶望感がマーダをこれまで意地にさせてきた原動力だと思っていた。縋りたい、寂しい……これだけ切り取ればメンヘラな女性の訴えのようだ。
「わ、判っておるなどとは口が裂けても言えんし、資格もなかろう。だが知っておる。ワシが愛した世界観で歴史を固定し、このアドノス島をワシの趣味的な異世界情緒溢れる場所に維持しようと……」
「それしかッ! それしか知らなければそうなるだろうがッ! 何も貴様のために用意した訳じゃァないッ!!」
「え…………」
「…………」
いよいよマーダの言動が、この350年の行動原理が人間味を帯びてきたとルシアは感じ、思わず口を開いた自分に驚いてしまう。
ローダは狡い。マーダの発言を引き出す仕事を義父に押し付けているのだから。
「お前、本当はこの島を、民を大事しておるのであろう? 島の至る所に洞窟を用意し大国からの備えとした……」
「黙れッ!!」
「……先程の憐れな少年少女達の兵は、決して褒められるやり方でないが、お前さんなりに人を救おうとしか結果だ」
サイガンにだってローダの狡猾さが既に判っている。しかし言葉を紡ぎ出すことを止められない。
止めようがない……。マーダを創り、それだけで満足し、ロクに親らしいことが出来なかった。
そもそも自分が親になる資格などないと決めつけていた。この場で自身の思念体を消されようとも後悔はない。
ついサイガンのマーダを見る目が、憐れんだものになってしまう。それが屈辱と捉えられると知っていようとも。
「喋るなッ! 我はこのアドノスを拠点にやがて世界を統べるッ! 民共はそれに必要だから残したまでだァッ!!」
マーダの興奮による台詞の圧が凄まじい。その息だけでサイガンの思念体を消し飛ばしてしまえるのではないかと思える程だ。
「………マーダ。俺がお前に要求することはただの一つだ」
勝手に喋ったとはいえ、これまで散々サイガンに会話役を一任していたローダがようやく口を開く。
ローダの呟くようなその口調……ルシアがエドナ村で初めて出会った心優しき狂戦士の不愛想ぶりに想いを馳せた。