第13話 赤き暴走の先に何を見出す
マーダの抑え役に回っていたローダであったが、ルシアとレイチが代わってやると申し出てきたので全く遠慮せずに交代した。
転移の翼で一気に最後尾へと飛んで消えたローダである。そして代わりにマーダの牽制役を買って出たレイチとルシア。
先ずはレイチが動いて紅色の蜃気楼の目に見えている分を、二刀のダガーで封じて見せる。
次にルシアがマーダより先に手を出す。全開の彼女であれば、相手が先の一手を出す前に自分の攻撃を当てることが出来よう。
もっとも仮にマーダの剣が先に届いた処で今のルシアには、まるで通じないかも知れない。
ドゴォッ!!
「グハッ!?」
(さ、さっきまでの拳よりも過激な一撃だとぉ?)
先ずルシアは左拳でマーダの頬を狙った。だがこれはあえて見せたフェイントであり、本命の突き上げる右拳を左脇腹に叩き込む。
間違いなくあばらとそれに守られた内臓すら破裂させる。吐血し首が垂れた処へ、容赦ない左右のコンビネーションを次々とぶち込んでゆく。
その一打一打が、相手がマーダでなければ意識を刈り取る、致命打になるであろう。隣で見ているレイチが「うわぁ……」と退くほどの苛烈さだ。
ミリアの防御魔法、白き月の守り、新月の守り手。
もう散々語ってきた通り、術を掛けた者の身体を強化し、守備力へ転じる魔法である。
けれども此処で良く考えて欲しい。身体を強化する……その身体を用いて相手を攻撃したらどうなるか?
然もだ、この術、熟練こそ必要だが、強化する部位を好きに変えることすら可能なのだ。
これがローダがルシアに告げようとして、ルシアが既に認識しているとやり取りした内容の正体だ。
ルシアはこの魔法を初めて付与されたにも関わらず、それを理解し早速マーダに天誅を落とす拳に転用してみせた。
途轍もない戦闘のセンスである。さらにこの破壊力、その当人ですら驚いている。
ルシアが使う土の精霊で拳を強固にする『ディアマンテ』の攻撃力も凌いでいたのだ。
「す、凄い……凄過ぎますわ……」
「あ、嗚呼……まさかこれ程とは……ルシア・ロットレン。あれが人の創りし者だというのか……」
此方は例によってヴァイロの意識空間。ローダを通して新月の守り手を唱えし当人であるミリアが歓喜を通り越して、驚きに満ちていた。
その隣で共に動向を追っていた冷静沈着なアギドですら仰天している。人で在りながら人に非ず。
ローダの月と金星の輝きを得て、さらなら躍進を遂げているとはいえ、この圧倒感。正直手放しには喜べないと感じてしまう。
これまで散々煮え湯を飲まされてきたマーダという存在すら、とうに超えているのではあるまいか……。
「何、驚いてんだ二人共っ! あのローダって人が見せてくれたじゃないかっ!」
此処で不意にリンネが背後からミリアとアギドの肩を掴んで大きく揺する。
「だな……。彼女は人の進化の過程、もう俺達は空から見守るしかないしな」
続けてヴァイロが複雑な表情でこそあるものの、ルシアの存在を認める発言をした。彼等はローダからただ一方的に意識を覗かれた訳ではない。
ローダの方とて、自分達のことを全て曝け出したのだ。意識の中で交渉をしている間に。
見せられた此方が恥ずかしくなるほどに、あのお人好しがルシアという人間を心底愛していることを知った。
「それにだ……。この俺が長い年月を掛けて構想した新呪文のお披露目だ。これを見逃す訳にはいかん」
いよいよ嘗て暗黒神と呼称されたこの男。魂が囚われて以来、試行錯誤を凝らした魔法が世間に露呈する時間だ。
ただその割にヴァイロは、複雑な表情で自分の意識空間の外で繰り広げている争いに目を向けている。詠唱するローダでなく、戦場を俯瞰しているのだ。
「剣・槍・斧……」
「おっと、どうやらその前に俺の魔法を使うらしいなっ!」
「………これ以上の力の向上は、却ってやり難い気が致しますわ」
ローダの詠唱の内容から次の魔法が、赤い髪のアズールが得意とした術であることを理解したアズールとミリアである。
アズールの方は「へへっ……」と喜ぶ次第だが、ミリアの方は何故か浮かない顔をしていた。
「……暗黒神よ、この者等に全ての武具を超える進撃を『アルマトゥーラ』!」
詠唱を終えたローダの手から赤い空気が矢継ぎ早に拡散してゆき、仲間達の武器を包み込み、槍の矛先のような形を成した。
見た目からして判りやすい。アルマトゥーラは、魔法剣士であるヴァイロやアギドの攻撃力強化を目的とした術だ。
爆炎系魔法を好んで使ったアズールが、その爆発力を武器へと転化させたのだ。なので通常ならば武器の攻撃力強化に置き換わる。
然もこの術、その赤い矛先の位置を自由に変化させることが可能だ。
先程ミリアから借りた防御魔法系も硬化させる位置を変えられるのだから、使い方次第で効果が被っている。
ミリアが気にしているのはその点だ。例え殺せなくともあのマーダに攻撃を加えるだけなら、この連中、とうに成し得ている。
しつこいようだが、この戦いは、ルイス・ファルムーンからマーダを引き剥がすのが真の目的だ。
だから紅色の蜃気楼の攻撃を受けきれれば、そこから上は過剰だと言える。
ミリアの懸念する「これ以上の力の向上は、却ってやり難い……」とはそういうことだ。
続けざまにローダがスーッと左手を肩の辺りまで上げている。何やらその周囲で風が渦を巻いているようだ。
どうやら今度こそ、ヴァイロが望んだ本命のご登場であるらしい。
「ラピード、フェラリ、ファスト……猟豹よ。暗黒神と共に奔れ。『疾風の使い手』」
(………こ、この私がまるで知らない暗黒神の呪文!? あ、在り得ないっ!)
ローダの詠唱が静かに完成をみた。さらに疾風を起こしているその手を自分の身体へと持って行く。
自分の持っている魔導書には書かれていない詠唱に、フォウが驚愕するのは当然である。
既にヴァイロという神は、新しい魔法を編み出せる道理がないというのに、あろうことか、ただの騎士風情が紐解いたのだ。
「なっ!? あの男、一体何を!?」
それを見物しているヴァイロが、ガタッと身を乗り出した。彼は新呪文の結果に驚いている訳ではない。
その使い道に意味が判らぬと取り乱しているのだ。
そんな神のことなぞ素知らぬ風だ。ローダの全身から真っ赤な輝きが浮き出てくる。
見た目だけなら時間制限有だった頃のVer2.0のようだ。それが緑色の輝きと入り混じっている。
「………素早さの強化ぁ? 何でそんな地味系っ!?」
「そうやって結果だけで捉える単純……アズ、お前の悪い癖だ。この術は……」
まあアズールがガッカリするのも無理はなかろう。何せ己が神が150年考えた新呪文なのだから、もっとド派手系だと期待しても仕方がない。
この術は元々戦の女神の司祭が唯一使える攻撃の奇跡『終わりなき旅路』を参考にしている。
細胞分裂を超活性させ寿命を瞬時に終いにする奇跡な訳だが、これをヴァイロは強化の限界で留めることを試みた。
早い話が薬物強化のようなものだが、そんな生易しいものでない。
「これはな、マーダの人体改造を知った後ではガッカリなのだが、アレに限りなく近い。今、あの竜騎士は全身の細胞が極限まで燃焼し、己が力の極限を引き出せる処まで至っている筈だ……」
成功した、成功したのだ。それにも拘わらず曇り顔の元・暗黒神である。当然だ、マーダがルイスという生身に極限を強いている。
殆ど同じことをローダという男は、自分に強いているのだ。どちらの身体が先に持たなくなるのか?
そんな綱渡りを演じているのだから……。
「俺はな、この新術を人を超えたあの堕天使に使うよう伝えたのだ。彼女ならきっと凌ぎきるし、さらにマーダを凌駕して抑え込める。そう提案したのに……」
彼の身を案じずにはいられないし、一体何を考えているのか全く理解に苦しむヴァイロである。
ローダが放つ赤き輝き……それはまるでエドナ村で、彼が初見のマーダ相手に見せた暴走状態のようである。
彼は赤き暴走の先に何を見出したのであろうか……。