第8話 カイシャクを任された女戦士
夜の闇に紛れつつ、城中の庭に穴を掘っている男がいる。
そしてその様子を腕組みしながら眺めている女戦士がいた。エストックの剣士、トレノと5番目の女戦士『ティン・クェン』である。
「だから俺を連れてけって言ったんだ」
遠慮なくティンは、曇っているトレノの背中を責めたてる。
彼女は、身長も肩幅もあり、全身が鍛え抜かれた筋肉で盛りがっている。
その肉体、ディオルの戦斧使いであるジェリドにすら見劣りしない程だ。
真っ赤で癖の強い髪の毛が、まるで獅子を思わせる。まさに戦いの化身といった姿である。
「貴様はあの男と手合わせしていたではないか。既に手の内を知っている者を連れて、ましてや2対1の戦いなぞ、卑怯者のする事だ。それに…」
ティン・クェンがジェリドを相手にしたのは、ディオルの街が初めてネッロ・シグノの襲撃を受けた折のことである。
とは言えあの時は集団戦によるものだ。よってジェリドとサシでやり合えたのはごく僅か。
なのでトレノの言う「手の内を知っている者………」に該当するとは言い難い。
墓穴を掘り終えたトレノは、血まみれになった白布を広げた。
「それに?」
「お前は強過ぎる………」
言葉の続きが気になってティンは、後ろからその様子を覗き見る。
トレノのにべもないただの一言。さらにティンに構うことなく、相棒であった狼の首に向かって両掌を合わせ、別れの祈りを捧げた。
その様子を垣間見て、ティンも一応、彼に従い祈る事にした。
男の剣士としては、小柄な方であるトレノ。二人が並ぶと背中にいるティンの大きさが、より際立つ格好となってしまう。
ティンは女であることを余り意識せず、戦士としての自分を鍛え抜いている。
男を知らない訳ではないが、正直たまの息抜きという程度の付き合いで大抵止める。言わば嗜好品の様なものであった。
けれどその強さを認めている3番目の男から「強過ぎる」と言われのは、正直不快であった。
そんな自分に気づいてしまった。
「でもそれで負けた上に大事な相棒を失ったではないか。お前は真っ直ぐ過ぎるんだよ」
「俺が弱過ぎた………ただそれだけの事」
相も変らぬ愛想のなさを貫き通してゆくトレノ。何故こんなにもムキになっているのか自分でも良く飲み込めないティンである。
トレノはそんな女戦士を蚊帳の外に置き去りにしたまま、相棒の葬送に精を出す………そっと墓穴に安置する。
その優しさをほんの僅かでもいいから、ティンの方へも傾ければそれで満足するかも知れないというのに。
「俺には半分、日出る国の戦士の血が流れている。俺はこの血にかけて卑怯であってはならぬのだ」
背中を向けたままで語り続けるトレノ。言っていることは理解出来るが、寂しさの漂う背中だとティンは切なく感じる。
「そこまで言うなら、いっその事、"ハラキリ"してお前も死ねば良かったんだっ! それがお前の国の"ブシドー"って言うんだろ!?」
ティンの言葉が容赦なくトレノの背中に突き刺さるのだが、構うことなく埋め始める。
「ティン……それは、それだけは断じて違うぞ」
やはり視線こそ向けてはいないのだが、トレノの台詞だけは実に強くティンの心を鷲掴みにする。加えて首を力強く横に振った。
「何ぃ?」
「武士道とは負けたら死を選べという事ではない。武士とは、戦う前から自分の死さえ恐れぬ戦士の事だ。そして忠義の元に命を散らすのだ」
「"モノノフ"? "チュウギ"?」
埋葬を終えたトレノは、ようやくティンと向き合った。その顔には既に相棒を失った悲壮感は微塵もない。
弔いは充分に終えた………彼の目がそう告げている。
「俺はマーダ様への忠義で生きているのだ。まだあの方への忠義を果たし切れてはいない。俺が腹を斬るのは、己の死力を全て振り絞り、出し切ったその後だ。その時にはティン・クェン………」
ティンの太い右腕をしっかりと掴んで語り続けるトレノ。ついさっきまで触れるのはおろか顔すら自分に向けていなかった。
自分よりも小さな男に不意を突かれたティン・クェンと女戦士、その大きな身体が揺れ動く。
実は中身《心》もそうなのだが、それすら悟られるほど、この女は乙女ではない。
「………貴様に介錯を任せたい」
「"カイ、シャク"?」
「俺の国では心を許した相手に願い出るのだ。死に際に苦しまぬよう、首を刎ねて貰うのだ。この拳で俺の頭を一撃で飛ばしてくれ………さぞ綺麗な死に華が咲きそうだ、宜しく頼む」
彼女の腕を離すとトレノは、その頑強な胸を軽く叩いてからその場を去った。ティンは一人置いてきぼりだ。
「心を許した相手に………か。ふぅ……可笑しなことを言う。侍というのは皆ああなのか?」
握りしめた自分の右拳を見つめながら、トレノの外連味を帯びた申し出を呟きつつ思い返す。
馬鹿にした言葉を吐いてる割に、拳を見る目が勝手に笑っている。
(悔しいが俺も女であるらしい。だが決して悪くない気分じゃない……)
彼女は次の戦場にて、またこの男と共に暴れてやるぞと勝手に誓いを立てるのである。