第11話 ……それよ、もっと欲しい、もっと頂戴
マーダが弱り切った子供達を依り代に別の人間に創り替えた慈悲なき戦士達。
形が子供なだけに中々本領を発揮出来ないローダ。これから母になるであろうルシアに至っては全く手が出せない。
「れ、レイ……」
驚くローダに成り代わり、煙草を咥えて、しらけた顔を装うレイ。
彼女とて男を愛し命を繋ぐ筈であった女である。さっき「現実こそが地獄だ」と告げた。
それは全く以ってその通り、本心では子供を撃つなどしたい訳がない。けれども今は自分が|地獄の鬼と化すしかない《この場に地獄絵を描く》。
戸惑うこの二人に代わって正義の引き金を引いたのは、母になることを許されなかった女、二丁拳銃のレイであった。
近頃は空間転移を誰よりも駆使した戦い方が馴染みつつある彼女だが、流石に敵の術中に落ちたままでは扱えないのか。
或いは此処でアテになるのは、そんな技巧なものではなく、自分がしっかりすれば応えてくれる拳銃達ということなのか。
とにかくお得意の二丁を構えた姿へ戻り、法という名の正義を乱れ撃ち始めるのだ。
これには人型兵器と化した少年少女達如きではただ蹂躙されるのみ………と思いきや少年の側が瞬く間に鏡面を創り出し、盾代わりにするという足掻きをみせる。
「チィッ!」
硝子を破砕する音が戦場を騒がしくさせる。
弾倉を換えながら思わぬ反抗に舌打ちするレイ。まだやはり本調子ではないらしい。
いつもの彼女であれば宙に返って、創られた鏡面を避けつつ背後から撃つことも出来るのだ。
「さあて………そろそろ遊びは終いにするか、紅色の蜃気楼ッ!」
「やらせんッ!」
遂に高見の見物人に扮するのにも飽きたマーダが赤い歪な剣を下界で伏せている連中に対して振り下ろす。
そこへトレノが手負いの氷狼の刃で斬り結んでそれを阻止する。赤い光と青い光がぶつかり飛び交う。
「この死に損ないがァッ! まだそんなものを残しているとはァッ!」
「フッ……死に損ないとは語るに落ちたな。既に我が身は死んだと言ったッ! さらに俺を呼んだのも貴様達だッ!」
この伏兵の意外なる抗いに怒りで眉間に皺を作るマーダである。相手に成り代わって馬鹿にするトレノであるが、どうして此処までやれるのか。
確かに見えている分の紅色の蜃気楼の刃とは斬り結べている。
なれどこの赤い剣の本質は見えない方の刃であった筈だ。それすらもトレノが防げているのが理解し難い。
トレノは下界で鏡面を用い攻撃を防ぐ敵を見て、自身に眠った力を開花させた。鏡面は創れないが、凍気による囲い込みを思いついた。
死してなお覚醒し、まるで歯が立たなかった相手と戦いに興じることが適ったのだ。トレノの冷たい笑い顔がこんな在り得ぬ場面で帰って来た。
「………ローダ、何をしている。不甲斐ないにも程がある。これでは兄さんに笑われる」
一方地上では、相も変わらず上手く立ち回れないローダが自身を奮い立たせようとみっともなく足掻いていた。自分の名を叱咤する。
手負いのレイとベランドナ、二人だけに任せている自分が腹立たしい。守るために人を斬る。
それこそ空中で大立ち回りを演じているトレノ相手に開眼したではあるまいか。そして何よりそこで希望を失いつつあるルシアを次は自分が導く番だ。
「ルシアとヒビキ、義父さん、そして皆の未来をこの俺が斬り開くッ!」
「へっ! 大将っ! やっとお目覚めかよっ!」
決意に燃える目を見開いて竜之牙を両手持ちで最上段に構えてゆく。
それを確認したレイが咥え煙草をペッと吐き、一瞥を寄越す。
「示現真打・一ノ太刀、『櫻華』ぁ!」
真っ赤に滾る竜之牙を気合一閃、振り下ろす。鏡面? そんなもの初めからなかったかのように一人の少年兵を真っ二つに斬り裂いた。
明らかに過剰な力の使い方だが、こうでもしないと自分の後ろ髪を引く思いを断ち切れなかった。
「二ノ太刀、『櫻道』ぉぉぉ!!」
そのまま降ろした剣を今度は振り上げ、炎の道を切り拓く。10名程の子供達を両断した上で火葬に送った。
「…………っ!」
まるでガロウがローダに乗り移ったかのようないつにも増した気合い。否応なしにルシアの耳へ、夫が必死に現実に抗う声が飛び込んで来た。
愛する夫の声が空気を振動し鼓膜を震わせ三半規管を通り、信号へと姿を変え脳へ伝達を果たす。
ルシアの中で眠ってしていたものが、目覚め始める。
「あのティン・クェンを屠った拳だ、何故その連中は殴れない? 貴様の拳の重さとはその程度のものかっ!」
「…………うる……さい」
圧倒的な強さで自分のパートナーであった女拳闘士ティン・クェンを破られたことを口にするトレノ。
「ルシアッ! アンタも母親を創るのなら出来る筈だッ! 覚悟を切り拓いてみせろッ!」
「………だ…まれ」
自分には出来なかった道をルシアに託そうと声を大にするレイ。
判っている、認識している、理解している………。人間は判っていることを言われることが返って腹立たしく感じることがあるものだ。
さらに付け加える。当時敵であったトレノ………お前があの女拳闘士を殴り殺した自分の痛みを知っているとは到底思えない、認められない。
もっと付け加える。レイが自分の子供を身籠っていたことも、死産したことも人づてで聞いた話だ。お前の出来なかったことを私に押し付けんな。
………何よりも私を目覚めさせようと声の邪魔をするな。一番大切な想いが聞き取りづらいじゃないか。
「頼むルシアァァッ! ヒビキに……後に続く者達へ、こんな未来を届けないためにぃッ!!」
「………それよ、もっと欲しい、もっと頂戴」
そうだ………今、自分が求めている声。もっと聴きたい、届けて欲しい。彼女の目に光が戻りつつある。
「頼むルシアッ! 戦ってくれぇぇぇっ!!」
「…………来たっ!」
ルシアの身体を形作る細胞が一挙に目覚める。何とも身勝手なことか、この男の声だけは承認出来る。
理屈じゃない………身体が、心が、そうあるのだから不可侵なのだ。
遂にローダのためだけに存在する完璧な人造人間が再起動を完了した。泥まみれ、バラバラに切断された少年少女達の憐れな死体が列を成す。
「み……」
「みえ……なかった……何も」
レイの目にも、竜の視覚を得たローダの目にすら知覚が敵わない堕天使ルシアの断罪の動き。
20人程の子供達がルシアの炎の爪によって斬り伏せられた。
電磁砲の銃弾すら殴り飛ばした拳だ。同じように拳で殴らなかったのは………いや、流石に殴れなかったのだ。
例えルシアであろうとも、その拳で直接幼気な子供達を殴ることは余りにも痛みを伴う。
炎の爪を代用するのが彼女に出来る最大の譲歩。それにしたって他を寄せ付けないの存在が帰って来た。
散々な目に合わされた扉を使う少年少女達の殆どが一瞬にして消え失せた。
「クッ!? 役立たずがッ!」
「余所見とは舐められたものだ!」
戦線に復帰した堕天使の本物の天使を彷彿とさせる動きを思わずマーダは視界で追ってしまう。
そこに隙を見た気がしたトレノが突きを見舞おうと動く。正直これはやり過ぎであった。
胸を刺そうが首を刎ねようが再生する相手だ。今は向こうからの攻撃に注力するべき場面であるが、剣士として反応したのだ。
「………転移の翼」
そこに転移の力で割って入る者が現れる。ローダでも、ルシアですらない。
まるでマーダを庇うかの如く両腕を広げ立ちはだかる白髪の老人………サイガン・ロットレンに違いなかった。