第9話 小さく重い罪の形
ローダが暗黒神ヴァイロとその弟子達である『黒い竜牙』の力を借りて暗黒神の魔法を操る。
黒い軍艦に続き暗黒神の魔法を白の軍団が運用し始めた。もう既に敵であった女魔導士フォウと最強の剣士トレノも此方側なので、まあそれは良い。
ところでローダは『白き月の守り手』をルシアとリイナ以外の仲間全員に掛けた後、『新月の守り手』は取り合えずルシアだけを対象にした。
これは特に深い理由ではない。新月の守り手が単体のみ対象……というよりも、本来なら術者当人しか強化出来ない術であった。
それを最早師匠であるヴァイロすら凌ぐ守備系魔法の使い手となったミリアが他人すら対象に出来るようにしたのである。
そして先にルシアを対象にしたというのは、愛する妻であり、尚且つ身籠った存在を前に出しているのだから当然のえこひいきと言えるだろう。
「魔導士ですらない者に先を越されるのは心外だわ……」
これは言うまでもなくフォウの台詞だ。そんな割には微笑みを浮かべている。心地の良い煽りを受けた気分なのだ。
「インフィニット・アルティジオ……暗黒神よ、大海蛇の爪を以って、波壁すら斬り裂く恐怖を此処に示せ『斬り裂く爪達』!」
大海を統べる最恐の魔物、大海蛇。地上の魔物の最強格である竜にすら匹敵するこの魔物の爪を召喚し、目標物を微塵に斬り裂く。
『切り裂く爪』の上級魔法、もっとも威力が桁違いであり、使い手も極僅かの滅多にお目に掛かれない術である。
「グァァッ!?」
何の前触れもなくマーダの上半身が膾のように斬り刻まれて、血飛沫を大いに上げる。
だけど自分の行いに少々嫌気が差してしまった。やはり見た目は愛焦がれるルイスであり、彼女に取ってその胸の上は最上なのだ。
それを己の力で刻んだことへの後悔と、そもそも、そんな事を気に病む自分に嫌気が差したのだ。
「おっと、後衛に先を越されちゃ格好がつかねえなッ!」
同じグループの前衛である青い鯱が触発されて2本のジャベリンをマーダに向かって投げつける。
だがこれしきのやり方では、マーダでなくとも正直片腹痛いと言わざるを得ない。
既にマーダが紅色の蜃気楼で斬って落とすといった動きをみせる。
それを確認したランチア、如何にも「やっちまった」といった感じに顔を曇らせるのだが何やらわざとらしい。
「グハァッ! な、何故ッ!?」
「へッ! ざまあねえなッ!」
何故か何にも阻まれることなく、青い2本のジャベリンがマーダの両肩を貫いたのだ。
悲鳴と驚きが混じる声を上げたマーダを見て「やっちまった」が如何にも「やってやった」という、彼お得意の隙を突けた時の最高の笑顔へと変化する。
(そのジャベリンには俺様の青いシャチを潜ませたんだよ、このスカタンッ! まんまと引っ掛かりやがったぜッ!)
流石にカラクリの種を口に出す程、愚かしい男ではない。ただどうせ決めるなら、もう少し見せ場にやれば良かったと、実の処ちょっとだけ後悔していた。
さて、ローダがミリアの力を拝借して使った新月の守り手の話に戻すとしよう。
ルシアに掛けた後、しっかりとリイナにも付与させる。
白き月の守り手の方もそうなのだが、ミリアに取って守りの魔法とは、それだけに非ずなのだ。
その扱い方をローダは心の声で伝えようかと思ったが何故か止めてしまう。
身体を駆使する戦闘ならルシアの右に出る者は早々いない。黙っていてもその本質に気付くだろうと信じたのだ。
それにルシアさえ気づいてやり方を示してくれれば、頭脳明晰なリイナだって必然で後追いすると相場が決まっているのだ。
(それにしても………)
此処からはローダが思ったことである。
未だマーダとサイガンを繋ぐという最終目的の方法こそ見出せてはいないものの、一度は皆を失望に追いやった射程自由の紅色の蜃気楼。
これを完封するだけであれば、いよいよ此方が過剰な戦力だと思えてくる。
特にジェリドの采配による皆の落ち着きと、ミリアの守備魔法の効果は絶大であり、勝ちを此方へ手繰り寄せた気さえする。
…………これなら切り札を出すまでもない気さえする。ヴァイロには申し訳ないが。
なれどそれはそれは、実にらしくない怠慢であったと思い知ることになる。
「ん……軽い足音。だけど数が……50位はいるようです」
風の精霊に周囲を探らせていらベランドナが、先ず異変に気付く。精霊の知らせなので、その長く立った耳をアテにするまでもない。
それより一刻も早く目視で何が来るのか確認したい。目を凝らして知らせのあった方を見つめる。
水溜まりを踏みつけながらそれらはやって来た。レイピアらしき細い剣を腰に差した少年達と杖を握った少女達。
「あ、アレは……そ、そんな、在り……得ない」
「ニ、イナ?」
絶望……眼から光が消え、ぬかるんだ地面に崩れ落ちる。せっかくの輝いた金髪が泥水に浸かってしまう。
それはラファン奪還戦に於いて彼女が戦いを演じた例の可哀想な子供達そのもの。
ただ余りにも数が違法、それこそ在り得ないという意味の違法であった。
長い付き合いである同じハイエルフのレイチですら、こんな落ちぶれたニイナを見たことがない。
レイチも釣られて同じ方角を睨みつける。彼は勿論、この連中のことは知らない。にも拘らず胃液が逆流する程に気持ちの悪い光景であったと知る。
少年と少女、皆がそれぞれ同じ顔に同じ背格好をしているのだ。もうこれだけで充分に異常が此方に向かってくると理解出来る。
けれど決してそのカラクリを理解したくない悍ましさであった。
「お、おぃっ! アンタ達一体どうしたって言うん…………」
同じ第1グループで二人の近くに陣取る赤い鯱も同じ方に視線を送り、中途で声を奪われた。
彼女もラファン砦攻略組の一翼であった。ただ直接、その子供達と相手をした訳ではない。
ただこの強いベランドナとフォルデノ正規軍に所属している最強のナイフ使い。
即ち現在のファグナレンという手練れが同じ顔をした、たった二人の兄妹に苦戦したのを知っている。
さらにフォルデノの正規軍がたった二人の子供相手に100名程、戦闘不能にされたこともだ。
なお、本物の兄妹は未だロクに動けず、フォルテザ砦で治療を受けている。
そういった意味でもこれは異常事態だ。
「クックック……良いっ! 人間より遥かに優れたエルフ共が、そこまで恐怖に引き攣った顔を表に出すとはなっ!」
まだその子供達は何も仕掛けていないというのに、もう充分過ぎる程に満足気なマーダである。
ゆっくりとゆっくりと近づいて来る。それが逆に一行の恐怖を煽る。やがてその場にいる全ての者達の視界に捉えられる所まで来た。
「ば、馬鹿な複製人間だとっ!? そんな技術は私にすらないっ!」
「クククッ……。この老いぼれが。あのふざけた虫共を思いついた割に使い方が下手糞過ぎるのだァッ!」
ルシアという最高峰の人造人間の創造主であるサイガンですら、これ程までに完璧なクローン技術を持ち合わせていない。
一方、ノーウェンという傀儡を造ったマーダであるが、この分野でサイガンの上をいっているとは考えにくい。
「ま、まさかッ! いや、これしか考えられないッ! お、同じなんですよ……ナノマシンに人体改造をやらせたのと全くッ!」
「アーハッハッハッ! 流石に元2番目の学者だッ! その通りィッ! そこのハイエルフが戦った連中から採取したのを虚弱な餓鬼共に埋め込んだのだァッ!」
そう………それは実に簡単な理屈であるが、倫理的に在り得ない、認めたくない、口にするのも憚られるやり方であった。
気づいたドゥーウェンの顔が色を失い、それを高飛車に笑うマーダの顔が、まるで受け継いだかのように色づいた。
要は改造の枠をはみ出し、別の人間に作り替えたという次第だ。サイガンは己が撒き散らした罪の重さに今さらながら絶望した。