第5話 加減? そんなものする気もない
紅色の蜃気楼の秘めたる力を存分に奮い、全てを捻じ伏せるかに思えたマーダ。
けれどもローダの方は、圧倒的に劣っていると思われた竜之牙で大いに対抗する。
竜之牙とシグノの羽を使った転移の翼で肉薄してみせた。
「だが良いのかァ? 次は貴様の居所にこの女騎士が返るのであろう?」
両肩、右手、おまけに腹をズブリと貫かれた傷が再生し切らぬまま、マーダが赤い歪な剣を振り下ろす。
確かにマーダ宛に送りつけたプリドールが、またもローダの場所と入れ替われば真っ二つにされるであろう。
そしてマーダの思惑通り、再びローダが居た場所にプリドールが出現する。
「………混沌を斬る刃」
「何ィッ!?」
けれどローダが次に出現した場所はマーダの目前ではなかった。プリドールとマーダ、その丁度中間地点辺りに浮いて現れる。
そして蜃気楼の太刀筋を、どんな術でも斬り裂く白竜の牙で軽々とあしらう。お陰でプリドールは、事なきを得た。
その刹那、マーダの目前には違う女が転移して真っ赤に燃えた左拳をズドンッと打ち下ろす。
「ウグッ! ルシアァァッ? 何故貴様が転移するッ!?」
「ハンッ! 私にはローダの能力が響いているのよっ!」
「な、何だ、その屁理屈はァァッ!」
眉間を炎の拳で殴られたマーダ、恐らく骨にひびが入っている。だが血を流しつつ、そちらよりも転移能力の持ち合わせがない筈のルシアが現れた驚きの方を指摘する。
ルシアが面倒臭そうな顔で「響いている」と、さも当然のように答えを出した。何とも強引な理由だが、ヒビキを抱えた彼女は、夫の力を共有出来るらしい。
「おっと、次は空間転移の専門家である俺様よっ!」
丁度人間一人分程の距離を置いた所にニヤついたレイが二丁拳銃を構えて出現する。彼女なら自力で自由に行き来出来る。
しかし今度はマーダの方が赤い霧となってその場から消え失せた。目標を失ったレイが舌打ちしたのは言うまでもない。
蜃気楼と化したマーダが次に狙うは一体誰か。
「そこっ!」
小さな武器が鋭く宙を駆ける、少し小柄なハイエルフの男も同時に空を蹴って駆け出す。自らが投じた武器と同速……いや、僅かに速く追い抜いてしまった。
レイチがダガーを1本投じた直ぐ目前には女魔導士フォウが居る。レイチが彼女の前に陣取り、投げたダガーを気軽に受け取る。
さらにこれから出現するであろう赤い霧の正体に向けて迷うことなく突き立てた。
「グッ! な、何故判ったァッ!」
「貴方は動せず相手を斬れるのに移動は良くない。判った? 違います、見えてるんです。戦乙女で強化した僕の目なら霧一つ見逃しはしないっ!」
レイチのダガー、小さな刃物が戦果を挙げる。マーダの両目を穿ってみせた。彼は居場所どころか、刺し所すら初めから狙っていた。
その神業を見たローダが少しばかり嫌な顔をしてしまう。何しろマーダになってしまったとはいえ、容姿は兄であるルイスそのものなのだ。
大好きな美しい兄の顔が斬られたのを見て、歓喜する弟がいたとするならどうかしている。魂は消えていないと知ったのだから尚更だ。
再生の時間だけ視界を奪われたマーダである。この秒に満たない間であれば誰でも好きに攻撃出来る。
けれど視界の優越なぞ完全に度外視したモノが、マーダの背後にヌッと現れ影を創る。
そしてそのまま潰し斬るのだ。潰し斬る……そんな言い方は余りしないものだが、本当にマーダの両腕を潰しながら切り離したのだ。
やったのは柄の長い斧しか使わない筈のジェリド・アルベェラータであった。
然も両手に1本づつ握っている。もう錆び朽ちて刃こぼれも酷い、2mを超す超巨大な両刃の武器だったものの成れの果て。
大剣? メイス? もう何に分類すれば良いのかすら判別出来ぬ存在だ。それにしてもジェリド。
普段から超重量級の武器をまるで竹槍の如く、軽々と振るってはいたが、まさかこんな化物じみたものすら扱えるとは驚きである。
見事に振り抜いてみせた当人が誰よりも一番驚いた顔をしていた。一体何処からこんなおかしなモノが降って湧いたのか?
戦乙女で強化したレイチが「貴方の御先祖からの置き土産です」と無造作に、そして唐突に投げ込んできたのである。
ジェリドも大概だが小柄な体で此処まで運んできたレイチも中々どうかしている。
(………何故こんなモノが何故こうも馴染むのだ?)
これがジェリドの心地である。初めて振るった武器なのに、まるで少年時代から接してきたような気さえする。
両腕にズシリとのしかかる重量感すら彼の欲求を満たしてくれた。
そんな中年の戦士の様子にニイナが150年前共に戦った者と影を重ね合わせてみる。神殺しの方も当たっているのではなかろうかとほくそ笑んだ。
紅色の蜃気楼を得物にしているマーダがまるで生きた移動砲台にように何処にいても攻撃を届かせるのであれば、やられる前にやる。
実に単純な思いつきだがローダの発想と大いなる多勢に無勢だから今のところ成し得ている。
もっともこんな戦い方で押し切れる道理がない。
実はローダ、既に戦う以前、サイガンから必勝法……そんな威勢の良いものではなく、他に勝てる方法がない見込みを伝授されている。
勿論生易しいやり方ではない。先ずは時間、ローダが扱う緑色の輝きは時間制限こそないが戦士達は皆、生身。
肉体もそうだがVer2.0はとにかく神経細胞の伝達を酷使する。ローダはルシアとヒビキの能力を駆使して死人の意識すら繋げた。
確かに情報の処理能力が飛躍的に向上したが彼とて人間である。他の仲間達も言うまでもない。
さらに時間について大きな課題が残っている。ルイスの魂の情報は、まだ確かに消えてはいない。
つい先程マーダはルイスの意識を無理矢理支配した。そこまでならまだ良かった……紅色の蜃気楼で御大層に胸を刺したのはハッタリじゃない。
ルイスの魂は確実に傷を負っている。このままではマーダの意識がルイスを完全に飲み込んで取り戻せなくなる。
………精々以って30分、もっと言うなら皆が能力を出し続けれる時間、個人差はあれど20分。これがサイガンが導き出した予測だ。
此処からは、なるべく皆を疲弊させずに30分の延長時間をフルに使うか。
或いは与えられた20分を全開で一挙に決めるか。ローダの知略が求められる。
(だが義父さん………幾ら何でもアレを相手に要求が高過ぎる。出来るのか? そんなことが………)
悠長に作戦を考えてる猶予はないが、決して失敗も赦されない。
「エターニタ・ルシーオ、不死と永遠の同居する孔雀よ、その羽根を我等に授けよっ!」
突如聞き覚えのない詠唱が思い悩むローダの聴覚を刺激する。行使したのはリイナだ。
リイナ当人にそんなつもりはないだろうが、まるで「何をモタモタしてるんですか!」と背中を思い切り押された気がした。
「……羽ばたき、そして導け! 『甦生の孔雀』!」
彼女の全身から炎を噴き出し、そして火の鳥の姿となって、皆の上を悠々と旋回する。
燃える孔雀の羽の様なものが、マーダ以外の皆に降りて来た。
「皆さんっ! どうかその羽を受け入れて下さいっ! 自然治癒力が格段に上がりますっ!」
もう一人一人に回復術を施している余裕はないと認識したリイナが不死鳥の再生力を皆に分け与えたのだ。
「おおっ!」
「そいつは凄ェ!」
仲間達からの歓声が上がる。少しくらい斬られようが構いやしないとばかりにマーダに向かって勇敢に飛び込んでゆく。
その頼もしい勇士達を見送る形になったローダが苦笑してやがて破顔に変わる。悩みごとの一つを消してくれた。
………加減? そんなものする気もないし、そもそもそれ程器用じゃない。
皆が勇気を振り絞るのは毎度のことだ、リイナの回復術を貰ったからという訳ではない。
「シグノッ!」
―そして出来るな? ヒビキ?
ローダが再び転移用の翼を散らす。先程よりも広範囲で然も各々へ大量に配られた。
―皆、転移の翼だけで済まないが、自分で好きに出来るようにした。存分に暴れてくれ、但し致命になる一撃だけは避けるんだ。
少し知恵が回るようになると余計な悩みを抱くものだ。仲間達にはいつも全開を強いてきた。
何を今さら……「仲間の力が俺の力……」さっきそう告げたのは己ではないか。俺が皆を信じないでどうする?