第23話 俺の仲間全てが『ローダ』だ
ルイスがただの一人で無双を見せつけるのかと思いきや、得体の知れないエルフのナイフに阻まれた。
ベランドナだけは何故か旧知の間柄のように接している。ただ聞いたことがない名前で呼ばれていた。
「レイチっ!? あのエルフの姉ちゃんアイツのことをレイチって呼んだぁ?」
「…………それだけではございませんわ、その絵画の中から出てきたようなエルフの女性をニイナって確かに呼びましたわっ!」
一方、ヴァイロの意識の中では、その名に聞き覚えのある最年少のアズールが、子供らしくベランドナのことを「エルフの姉ちゃん」と呼んだ。
加えてその姉ちゃんのことをニイナって呼んでいたことに言及し、オレンジの瞳を大きくしたのはミリアである。
この二人だけではない、此処に住まう連中なら誰でもその三文字の名を良く知っている。
ただその見た目は余りにも知らな過ぎた。まるで幼い子供のような姿であった筈なのだ。
「………思い出したぞ、あの実に良い声で語る喫茶ノインの二代目マスターの言葉を」
ヴァイロがハッとした意識を言葉に載せる。因みにそのマスターは女性、紫の髪を生やした実にいい女なのだが、未亡人で一子持ちだったこともあり、この男とは良い友人以上に発展することはなかった。
「レイチとニイナ、あの二人は本来の姿を隠しているってな。詳しい理由は知れないが」
「ふうん………何だか凄い、私達死んでるのに同窓会みたいだっ!」
「ど、同窓会………凡そ戦場で出る言葉ではないな」
ヴァイロの言葉を聞いたリンネが無邪気にはしゃぐ。白いワンピースがフワリと揺れる。
それを聴いた冷静なアギドが頭を抱えてガクッと垂れる。もう死んでいる自分達だが、何ともお気楽なものだと感じた。
「勇気の精霊よ、我に死すら恐れぬ勇気と勝利の女神の微笑みを! 『戦乙女』っ!」
実に鋭い目つきだ、ダガーなんぞ握らずともその視線で相手を刻むではないかと思える程だ。
そしてこの詠唱の声ですら歯切れが良くて実に凛々《りり》しい。何処かのボソッと喋るリーダーに見習って欲しい位だ。
レイチ………一旦彼の呼称は、これに習う。レイチは戦乙女でなく戦乙女と確かに告げた。
これはヴァルキリーの上位術、あのベランドナすら使えない術であり、効果範囲は術者当人のみ。
どれほどのものかと言えば………Ver2.1を発揮したレイよりも速い身のこなしと、ダガーという短い刃物で赤い鯱の馬上槍に匹敵する突出力とでも言えば伝わるだろうか。
ルイス側にしてみれば、またも煩わしい敵が増えたと言えよう。けれど此処に至ってなおもルイスは涼しい顔を決して止めようとしない。
またも赤眼の光線を大いに使う、先ずは相手を全て釘付けにしようとそれぞれの足元を速射で狙う。当たらずとも構わない、動きを止めたい。
さらに天上の闇夜にも幾度となく打ち上げると、今度は彼自身すら天高く舞い上がり黒雲の中へと消えた。
このタイミング………よもや天候すら操っているのでは? そう勘ぐりたくなる程の勢いで豪雨が落ちてきた。
共に赤い光線も降り注いできたので下にいる一行は、その対応に苦慮する羽目になる。
空を覗いていては大粒の雨が視界を妨げるのでどうしたものか。他に芸はないのかと自分を問いただしたいドゥーウェンが、自由の爪による光の幕をまたもや張る。
「ウグッ!」
「きゃあっ!」
その光の幕の傘の下に入れなかったジェリドとリイナ、僅かだか被弾してその身を貫通されてしまった。
「………全てを踏み潰せ『神の枷』、そして貰ったァッ!」
その被弾した声を頼りに次はルイス自らが降ってくる。狙いはジェリドらしい。この異常なる連中に於いて比較的与しやすいかも知れない。
然も彼を仕留められれば、召喚された癒し手も消えるだろう。狙わない理由がないのだ。
巨人セッティンが使っていた重力で相手を潰す神の枷すら使う念の入れ様だ。
見えない足の下敷きになる屈強なる騎士ジェリド、近くにいたリイナも巻き添えになる。不死鳥の肉体強化があるリイナはともかく、父の方は全部を受ける羽目になった。
「フンッ!」
「な、ば、馬鹿なっ?」
その超重力の傘の下に自ら飛び込む無謀とも思える行動に走ったのは、勇気の精霊を秘めたレイチであった。
超重力の影響下とは到底思えぬ動き、十字にしたダガーでルイスが振り下ろした赤い大太刀を受け止めたのである。
一度ならぬ二度までも撃ち漏らし喫してしまったルイス。それも或る意味獲れても余り嬉しくない外道に邪魔をされた。
これは非常に不愉快、怒髪冠を衝く彼は、真っ黒い巨大な炎を塊を同時に3つも飛ばしてきた。
どうやら鬼女・セインだけの術、『鬼火』のようだ。セインに取っては物真似ではない技を、主人であったルイスが真似たのである。
獲物は未だに地面に張り付いているジェリド、身動きが取りづらいリイナ。さらに無礼を極めたハイエルフのレイチである。
「いい加減にしろと言っているっ!」
「術を剣で? レッジスラッシャーか」
これを文字面通り、竜之牙で割って入って来たのはローダだ。鬼火も超重力すらも斬り裂いて、兄へ対する怒りで吠える。
ローダの姿を見たレイチが複雑な顔をする。何しろ竜之牙は、かつて敵だった親玉が大いに振るった剣だからだ。
「赤眼、ハッキング、神の枷、そして鬼火。これがアンタの扉の力か? 独創性がまるでないっ!」
「何が悪いって言うんだい? 全て元々僕が彼等に与えた力……まあハッキングは違うけどね」
全ての術を斬り裂いた勢いそのままにルイスに向かって突きを三連撃、一射目を躱し、二射目を払い、三射目を受け止めたルイス。
自然に接近したローダが自分を見るその目、軽蔑の態度が色濃く見える。
自分がヴァロウズの連中に与えた……正確にはマーダかも知れないが、それにしたって弟からそんな目で見られる筋合いはない。
「仲間の力を借りてばかりのお前がそんなことを言うのかッ!」
交えていた剣に一層の力を込めて弾き飛ばす。この言葉こそルイスの気分だ、弟はこれまで封印の儀を解いた際に相手から譲り受けた力を使っている。
さらに白い竜と黒き竜に自分の身体を貸した。もっと言うならルシアという特別な存在を手にしたお陰で今の彼が形造られている。
「そうだッ! それこそが俺ッ! ローダ・ロットレンッ! 言わば俺の仲間全てがローダだッ!」
珍しく普通に剣を振るいながら、次は代わりに熱い舌戦を始めたルイス。
けれどまるでそれを待ち構えていたかのようなカウンターとも取れるローダの力強い宣言。これを聞いたルシアが微笑み、少々吹き出してしまう。
決して馬鹿にしている訳ではない、余りにも余りにもローダらしいと感じたのだ。
釣られて他の仲間達も笑ってしまった。ガロウは未だにトレノと真剣を交えているので吹き出すの堪えるためにワザと舌を噛んだ。
「ろ、ロットレン!? 何ぃ……」
「何度だって言ってやるッ! 兄さんが頼るのはいつだって己の強さのみ、周りの者に耳を貸さない………それが最大で唯一の弱点だッ! だからロクな扉を開けないッ!」
弟の思わぬ反撃にたじろぐ兄、然も家を捨てた宣言も織り混ぜてきた。
サイガン・ロットレンは言わばこんな混沌の世界を創り上げた元凶なのに、あろうことかそのロットレン家の養子になっていた。
………僕が周りに耳を貸さない? そんなことは今さら言われるまでもないッ!
ローダは実に痛い脇腹を抉ってきた。人間は誰しも自覚のある指摘を受けると素直に受け入れられない。
それが自分よりも弱者だと思っていた相手からだと尚更である。
おおよそ6年振りの弟は、剣でも術でもない………自分より成長を遂げた人間を振り翳して襲ってきたのだ。