第22話 兄の本気と150年振りの失態
森の女神からの申し出………神、増してや恐らく見目麗しい女神から、然も何の見返りすら求めないという異常な話を切り出された。
それをただの人間であろうルイスが断るという上をやってみせた。「何なら私一人でこの輩を……」返答と同時に挑発すらやってのけた。
そして早速赤眼による攻撃でドゥーウェンの爪を折ってみせた。
さらに同じ攻撃を今度は戦場全体に降り注いでみせる。
これとてドゥーウェンは先程と同じ轍は踏むと知りながらも、残りの爪で光の膜を張り防ぐしかない。実に腹立たしく拳を握り締める。
やはり時間差で降り注いだ赤い光線、勿論残存してる自由の爪を墜とす狙いだ。
そうはさせじとルシアとリイナが立ちはだかりこれを拳一つで迎撃した。
「フフッ……」
「ハッ!?」
此処で大胆なるルイスの攻勢、皆が光線に気を取られている間にベランドナに急接近する。呆気に取られた顔、その美しい金髪ごと頭を鷲掴みにした。
何をされたのかベランドナ当人は直ぐに気づく。魔法を封じられた、以前ドゥーウェンとランチアが決死覚悟でフォウ相手にやり遂げたことを瞬時にこなして見せつけたのである。
それもハイエルフという人間より遥かに優れた頭脳を持つ相手にである。
加えて自分に向かって来ようとするルシアが配置に入るであろう箇所へ牽制の光線すら忘れやしない。
「舐めんなァァッ!」
業を煮やしたレイが銃弾だけを空間転移させる。これをルイスは赤い霧となって無効化する。
「舐めているのは君じゃないのかい?」
次にそのレイに触れんばかりの位置に出現し、紅色の蜃気楼を頭の辺りに突き出す。
こんな至近距離に増してや忽然と現れると銃使いでは躱す以外の選択肢がない。
銀の前髪がハラリと舞う、文字通りの髪一重である。
またしても霧と化して消え去るルイス、次に狙うは青い鯱だ。
これまた槍使いの遠い間合いを嘲笑うかの近接である。
「ムッ? ほぅ……やってくれる」
(野郎………気づきやがった)
実にランチアらしい罠、自身の周囲にピアノ線を張り巡らせていたのだ。ルイスの頬に僅かばかりの切り傷をつけたに留まった。
今度はランチアの隣でランスを構えていた赤い鯱に目を付けるがいきなり襲ったりはしない。
代わりにフゥゥと白い息を吹きかけると、プリドールの周囲を取り巻いていたピアノ線が凍って氷柱を形成する。
(抜け目のないものだ………)
(抜け目のねえ奴………)
プリドールに掛けていた同じ罠をこうして見破ったルイスと見破られたランチアの気分が互いの知らぬ間に重なり合う。
ルイスが再び霧散化して姿を消した、次は誰を狙うのか。この彼の動きからして恐らく弟ローダではないだろう。
自分一人でやってみせる、これを森の女神を筆頭とした皆に魅せつけている最中なのだから。
「うぉっ!?」
「な、何を!?」
これは幾ら何でも礼節を軽んじるにも程がある。ガロウとトレノ、二人の侍が互いの剣を交えている間に赤い刃を覗かせて割って入ったのだから。
当然冷静さを奪われただけでなく、二人に取っては命を賭けた勝負すら掠め取られた。
此処で怒りを露わに自分の刀をルイスへ振り下ろしたのは、意外にも青白い刃の主の方であった。
「邪魔立てするな!」
「………役立たずが」
敬愛していた筈の君主の赤い刃と、トレノが氷で補った刃が重なり合う。
氷のように冷たい男が見せる熱き魂の剣にルイスは一瞥をくれて再び消えた。これには同じ侍の魂を持つガロウとて大いに腹を立てた。
ルイスからしたら所詮トレノはただの兵、命すら惜しまずに仕えるのが流儀である。だがこのトレノは恐らく魂の召喚に失敗している。
何故ならローダ達と戦った記憶が欠落している。ガロウを見るなり「日ノ本の侍だな?」と疑問符を使ったのが証拠だ。
アレを聞いた瞬間にガロウは確信していた。トレノ程の強き魂を持つ侍、敵ながら尊敬の念すら抱いた相手なのだ。
屍術師とやらは召喚だけ出来たものの、傀儡《人形》として操るまでには至れなかったのだ。
それにも関わらずトレノという義理深き男は、死してなおも忠義を忘れてはいなかった。
そんな最高の侍の顔に泥を塗ったルイスだから、ガロウは立腹している。さっきの白い氷の息だってトレノの氷狼を身勝手に使ったに違いないのだ。
次から次へと襲う相手を変えてゆくルイス、今度はルシアだ。それも背後に出現し攻撃ではなく、その肩まで伸びた金髪をサラリと触り、そのまま肩へと手を伸ばそうとした。
「ルイス、もぅ……良い加減にしろ」
これに割って入ったのは何と弟ローダであった。顔は努めて冷静を装っているが、尊敬していた兄を呼び捨てにした。
加えて竜之牙ではなく、黒き竜の鱗を彷彿とさせる漆黒の手刀を、その悪い虫に叩きつけ払い除けた。
「な、何故お前が割って入れる? そ、そうかシグノの『転移の翼』だな」
一人自由気ままに攻勢に転じたルイスを脅かせることに成功した。ルイスに付着していたシグノの羽の一部、ローダはこれと自分を瞬時に入れ替えたのである。
「フフッ……良いだろう。ではもう一人の美しき相手の手を取りに行こうか」
本当に相手を馬鹿にするのにも程がある、今度は向かって往く相手を宣言した上で消えたのだ。
そして「もう一人の美しき相手」ベランドナの元へ望まれてもいないのに馳せ参じる。
ただ今度は決して遊び目的じゃない、ルイスは、このハイエルフを高く評価している。未だに扉の力を一切使わず、精霊術と森の女神の魔法、さらにルシア程ではないにせよ格闘術すら侮れない。
今だけは自分のハッキングで魔法を封じているが、直ぐにドゥーウェン辺りが解除してしまうことだろう。
寄ってこの機に乗じて真っ先に排除すべきは、この者だと決めていた。
「悪く思わないで欲しい、強過ぎる君がいけないんだよ」
ルイスにしてみればこれ以上ない殊勲の言葉を述べたつもりだ。赤い霧がベランドナの首筋に現界して剣の形を瞬時に成す。
ベランドナは不覚にも先程の出来事で一時的に戦意を喪失していた。ドゥーウェンをして音速を超えたと評価した堕天使ルシアの速度すら間に合わない。
レイが銃を飛ばしてみるがこれも届かぬ確率が高い。こうもあっけなく、こうもアッサリと、あのベランドナの首が宙に舞うのか?
カシャンッ!
現界したルイスの紅色の蜃気楼は、霧の時点で長い首筋の項にいた筈なのに、明らかに硬い何かに阻まれた音が木霊した。
「フゥ……危ない危ない。150年前から近接戦闘がまるで進化していないようだね《《ニイナ》》、まあたったの150年じゃ無理もないか」
「ま、まさか貴方は………レイチ!?」
両手持ちの大剣の部類に入る紅色の蜃気楼を利き手に握る超軽量なダガーで受け止めて、もう片方に握った方をルイスの首筋に這わせてみせた。
この妙技をやってのけたのは、ベランドナと同じ耳長属の青年である。
溜息をつき口角を気持ち上げた顔をチラッとベランドナにだけ見せる。華麗に舞いながらルイスの首筋へダガーを幾度も突き出し、追い払うことに成功した。
「その名で僕を呼ぶのは止めてくれよ、今の僕はファグナレン……ま、もっともこの名前も仇名みたいなものだけどさ」
レイチと呼称されたことを否定し「ファグナレン」と名乗る割には、ちょいと落ち着かない態度を見せる。
ファグナレンというのはフォルデノ王国騎士団のナイフ使いの中でも最強の者が呼称される奇妙なる称号。
「さあニイナ、150年振りに僕等の失態を取り返そう。今度こそ信じた者を守り抜くんだ」
「判ってる、言われるまでもない。首狙い狂いの貴方なんかに。あの人なら未だしも……」
まるで150年振りに本気を出す………そのための準備体操のようにレイチが首を動かしコリコリ鳴らす。
ニイナの方は膝の屈伸運動と、両手を組んで全身をグイッと伸ばす。
これまた150年で凝り固まったものを解しているかのよう……あの時の雪辱、悲哀、絶望……気軽にしてるその裏腹に全てを晴らす決意を秘めて。
悠久の刻を生きるハイエルフの二人にとっては泡沫の150年、けれどだからこそまるで昨日の出来事であるかの如く鮮明に映るのだ