第21話 精々足掻けよ人間、お互いにな
フェネクスにその身を捧げ、屍術師・ノーウェンすら凌ぐかにみえたセインであったが、覚醒したリイナ相手に成す術なく、塵芥と成り果てた。
これでルイス側は本人すら含めてたったの3名だ。然も身重で後方支援がやっとであるフォウ・クワットロと、氷狼の刃をガロウの示現に折られたトレノ。
まだ赤い輝きこそ残留があるとはいえ、全開で戦えないこの2人を戦力と数えなければならないルイスはいよいよ追い詰められた格好である。
加えて「腕や足の1本や2本………」と強気の攻勢に転じたローダの押しの強さが留まることを知らない。
拳銃や光線銃を空間転移させながら撃ち込んでゆくレイの援護もえげつない。曲がりなりにも自分の飼い主であった男をニヤニヤしながら乱れ撃つ。
勢い余って、殺っちまいそうな勢いだ。
さらに絶望的なこと、堕天使ルシア、不死鳥化したリイナ、ホーリィンと共にあるジェリド、ラオの槍使い改めシャチ使いの二人。
精霊術師として最高の高みと言えるベランドナ、自由の爪使いのドゥーウェンにこれら全てを裏で手ぐすねを引いている感のサイガン・ロットレン。
何度告げるが戦力差が余りにあり過ぎて気の毒にすら思えてくる。ルイス唯一の足掛かりは、ローダによって殺されないこと。
だがローダが宣言通りにルイスを捕縛出来るのであれば、この優位性すら揺らいでしまう。
実際、先程を弟に隙を見せてしまったばかりである。
………不気味なのは此処に至ってなおもルイスが冷笑《余裕》を止めていないことだ。もう此処までくると開き直りにすら見えてくる。
一方、またもや元・暗黒神ヴァイロの意識空間。観てるだけで何も出来ないのだから最高の観客席と化している。
森の女神の姿は、あくまで見えやしないのだが、何やらコトコト音だけが響いてくる。
一人ヴァイロは思う、この師匠はイラついている。恐らく椅子に座って肘をつき、テーブルを緑色の爪で叩いていると。
―アアンッ、んっ、もぅ我慢の限界よっ!
森の女神がスクッと立ち上がる、見えないのに立ち上がるというのは理屈が合わないが明らかにそう見えるから仕方ない。
―白も黒もこの麗しき声に耳を傾けるがいい、我が名はファウナ。そこのハイエルフが契約している森の女神だ。
そして地上にいる下賤の輩と、結果的に同じ空間へ拝謁することを許されたヴァイロ等へ自らの思いを語り始める。
何度も言うが彼女は神だ、『接触』とか風の精霊術である言の葉なぞ必要としない。
人間という下々に沙汰を言い渡す、我々人間が日常生活で使う会話と同じ気楽なものだ。
「ふぁ、ファウナ様が?」
「い、一体何処から……発生源は? 本物なのか?」
300年以上生きているベランドナですら初めて聞いた神の声は、実に色がありつつも聞く者を屈服させるに充分過ぎる威圧を秘めていた。
ベランドナ、そして神の存在を疎ましく思うサイガンですらも、思わずキョロキョロと周囲の様子を窺ってしまう。無論、視界に映る訳がない。
―無礼な爺だ、信じた者の数だけ神は存在するのだから、その真偽を見極めようとするのは俗物の行い、そうは思わんか? フフフッ……。
この一方的な理不尽振りにベランドナの方は、操り人形のように平伏する。だがこの世の森羅万象には全て理由があるという信念を持った老人は全く動じない。
「爺………森の女神とはもっと聡明でかつ流麗なるものを想像しておったが買い被りじゃったかのう」
このように話を逸らす。相手が女神であるならば、そこを擽れば話が通じるという老獪振りを披露する。
―いや、それは実に良い心掛けだ。我とてこの争いは、お前達人間がどちらへ転ぶか……即ち試金石の如きものだと解釈している。
「ほぅ成程………してファウナ様は、どのような洞察をされておられる?」
既にサイガンにはこの出しゃばりな女神が何かを仕出かすつもりだと踏んでいる。森の女神は暗黒神を従属と成した存在。
ならばルイス達を「後継者」と言ったヴァイロの意識と同じ流れで、黒の側に肩入れするのではないか。
この老人は既にそこまで勝手に解釈した上であえて訊ねている、やはり神ですら彼の前では戦力の駒に過ぎない。
―見ての通りだよ………これほど重き戦いにしては、余りに白が黒に勝ち過ぎていて些かつまらない。
「…………」
サイガンが森の女神ですら駒と捉えるように、この神も見世物でも観ている感覚なのだ。
無言で眉間に皺を寄せるサイガンは、改めて神仏を嫌悪した。
―その赤い輝きとやら、我の力で緑色にしてやろ……。
「せっかくの御申し出ながら、それには及びません。森の女神様」
さっきヴァイロに語っていた赤い輝きを緑色の輝きにしてやろうと告げようとした処、ルイスが穏やかでこそあるがバッサリと斬り捨てた。
それもあえて肉声で、敵味方関係なく聞こえるようにだ。実に大胆な振る舞いである。
―……ほぅ、助力なぞ要らぬと言うのかルイス・ファルムーン。
「はっ、恐れながらこの赤は、彼等が造った出来損ないではございません。言わば情熱の赤い輝き、実は時間制限なぞないのです」
ルイスは勝手に弟ローダとの戦いすら中断して、宙に浮いたままでこそあれど、右手を自分の心臓にあてて、頭を下げながら講釈した。
「何しろ御心配には及びません、何なら私一人だけでこの輩を負かす楽しき宴を披露しましょう。フフッ……」
「なっ!? なんじゃとっ!」
ほんの気持ちだけ頭を上げてニヤリッとしながらその輩全てに冷たい視線を送るルイス。
神が垂らすと告げた蜘蛛の糸を断ったばかりか、気力も戦力も全てが上限値でありそうな自分達を小馬鹿にしたその態度にサイガンは大いに立腹した。
―良かろう……では精々《せいぜい》足搔けよ人間、お互いにな。
人間に断られた………その割に森の女神は大人しく引き下がった。
このやり取り、言いたいことがあるのはサイガンに限ったことではない。それも敵も味方すらもである。
けれどルイスは、そんな暇すら与えることを赦しはしなかった。クィッと頭を夜空へ上げると右目を一際赤く光らせ、断続的な光線を次々と放った。
(あ、アレはあの時のダークエルフの赤眼じゃないのか?)
アマン山の深い深い山中にてガロウが死闘を繰り広げた相手、ヴァロウズ8番目のダークエルフ『オットー』に同じことをやられたことを思い出したガロウ。
手が空いている連中は、夜の闇なので目視が容易いと感じ、見上げたものの視力が届かぬ所まで打ち上げられた。
然も何時の間にやら夜空に今にも泣きだしそうな厚い雲がかかっている。これでは増々視界が遮られてしまう。
「フフッ……例え落ち所が知れずともっ! 自由の爪!」
ドゥーウェンが自由の爪を天高く舞い上げて、光線によるシールドを張り巡らせる。
長い滞空時間を経て、ようやく再び視界に捉えた赤眼の光線が降り注ぐ。
爪が張ったシールドで思惑通りに防いでみせた。
「いかん、罠だっ!」
「フフッ、もう遅いよ」
自分の戦いそっちのけで注意を促すガロウである。その身で痛い思いをしたので嫌と言う程知っていた。ルイスは時間差を用いてその光線を落下させてくることを。
「なっ!? あ、在り得ないっ!」
「在り得ない? ドゥーウェン、君は同じようなやり口でフォウにやられたというのに………」
ルイスが楽し気に語った「フォウにやられた……」というのは、フォルテザ襲撃の折、静止した爪を『神之蛇之一撃』を帯びたコルテオで撃ち墜とした時の話だ。
それにしてもオットーのソレと比較して破壊力がダンチであった。ルイス怒涛の反撃が幕を明ける。