第20話 貴女は全てが偽物であり過ぎた
多少の怪我を負わせてでも兄ルイスを連れて帰る、新しい決意を胸に右手の竜之牙を振り下ろし、相手に剣の交わりを強要させる動きを取りつつ、左側の手で牽制の冷気を繰り出したローダ。
ルイスにしてみれば正直余り深く考慮せずにその攻撃を受けた。ローダの想いそのままに紅色の蜃気楼を防御に用い、冷気の方は上半身の動きだけで躱してみせる。
そこにつまらない落とし穴が届いた、冷気を躱したその腕に、ローダが上腕部の防具に仕込ませておいた炎の爪を飛ばしたのである。
ルイスの腕に突き刺さった赤い爪、ハッキリ言って取るに足らない攻撃であるのだがそんなことすらも予測出来なかった。
ルイスの予定調和《心中の砂山》をほんのひと削りしただけの結果なのだが、当人にしてみたら屈辱の一刺しに思えた。
「レイ、再び援護を頼む」
「了解!」
それを皮切りにまたもやローダとレイの共同戦線の火蓋が切って落とされた。レイの空間転移によるあらぬ方角からの銃撃、それに自分が当たろうとも構わないと飛び込んで来るローダの剣戟。
これと馬鹿正直にやり合うのはルイスですら決して楽だとは言えない。何よりもルイス陣営に足りないのは回復役。
ルイス当人がそれを兼任出来るようにしたのだが、詠唱の暇すら与えられないのは中々に厳しい。
それにローダ達から奪い取ったVer2.0、間もなく無常の時間切れがやってくる。
対するローダ達は、2人の回復役に全員が緑色の輝きの恩恵を以って戦える。
此処からはルイスの方が戦局をひっくり返すような扉の力を創造出来なければジリ貧なのが目に見えていた。
然もノーウェンに替わって攻撃力・再生能力共に最強を誇っていたフェネクスの力を継いだ6番目のセインが、今にも敵の不死鳥使いに倒されそうだ。
加えてノーウェンが召喚した最強の兵、3番目の剣士トレノですら氷狼の刃を示現の侍に折られて劣勢であった。
ローダ側には犠牲者はおろか、大した負傷者すらいない。ルイス側にしてみれば悲観的な材料しかない、誰の目にもそう映ることであろう。
………そもそもルイスは本気の恨みでローダを殺るつもりがあるのだろうか。
この3つの争いのうち、不死鳥の能力をさらに増したリイナの理不尽により、圧倒的勝利が零れ落ちる寸前であるセインの争いを追ってみる。
何度も語るが父ジェリドがサイガンら二人へ最初に依頼したのは「セインの再生速度」これは本当である。
セインの自己治癒力、もう調査するまでもなく絶望的と思われた。
それに対抗する手段として同じ不死鳥を背負うリイナ、彼女に『生命之泉』を遥かに凌ぐ『永遠の旅路』による細胞分裂の超速化、これなら追いつけるか? それが次の調査であった。
永遠の旅路のそれは過剰だというのは明白。よってこれも火を見るより明らか、流石のセインもこれには敵わないという結論が出た。
さて本当の課題は此処からである、セインの自己治癒力すら超える力をリイナに注いで果たして耐えうるものか?
これを思いついたが勇気が出なかったのは、母ホーリィーンである。
幾ら不死鳥………とはいえ自分の娘を殺める可能性大の方法を試す………試す!? 実験動物にさえ酷いとすら思える行為を娘に試行するなどどうかしている。
此処からが本当の確率を調査する必要がある訳だが、"不死鳥"、"ジオーネ"、"リイナ"、"これまでの成長曲線"、これらをINPUTしてゆく。
然も"ホーリィンの司祭としての能力値"も必須だ。永遠の旅路を初めて使う、それすら失敗となれば目も当てられない。
出てきた結論は絶望的であったが、"アルベェラータ"、そして誰も知らない"エターナ"というワードを追加した処、確率が5割強に跳ね上がった。
これでようやく実行に移す覚悟が決まり、結果成功したという次第だ。なので今のリイナは不死鳥化+超細胞分裂の極限値という状態にある。何故これがセインを上回ることに繋がるのか。
不死鳥化というのは、通常の人間により遥かに高い細胞分裂……というより最早進化に近いやり方で強靭な肉体と強さを得ている。
対するセインは、魂をルイスに献上し死なないという保険を得た上でフェネクスによりほぼ同じ力を手に入れた。
然も相手に自分の細胞を植え付けるという付加価値すら見出した。
今のリイナはこのセインすら超える進化で成長している。実はこれ、とても危険な状態だ。簡潔に言えば負荷が過ぎるのである、出来るだけ早くこの戦いを終わらせて不死鳥化を解かねば、本当に身体が持たない。
かなり長くなったがルシアの言った「リイナの本気」とは、もっともっと燃やせという意味合いであったのだ。
このままではリイナに負けてしまう、そんなセイン最後の攻撃は、まだ生き残っていた自身の1本角を生やした状態で頭突きを入れることであった。
ゴツンッ!!
「このまま終わらんッ!」
「あぅっ!?」
ハッキリ言って最早最後の足掻きに等しいセイン本来の角による頭突きが、完全復活後のリイナに初めての有効打を叩き込むことに成功した。
ジオーネへの変身が偶然解けていたこともセインにとっては幸運であった。頭から流血しつつ仰け反るように後方へ跳ばされるかに見えるリイナ。
「リイナっ!」
「ああっ!」
これには父ジェリドの顔が引きつり、母ホーリィーンが絶望で自分の顔を覆いたくなる。
だがこんな足掻きでリイナの進撃は止められはしなかった。
キッと顔を引き締め直すと何もない筈の空を蹴ってリイナが体制を取り戻す。そしてほんのひと時だけ勝ちに酔えたセインの頭を両手でガシリッと掴む。
今度は自分の意志で仰け反ってから実に単純な仕返し、頭突きに頭突きで応えたのだ。
「グッ! グワァァァッッ!!」
「終わりよ、貴女は全てが偽物であり過ぎた………」
末期の呻き声を上げるセイン。遂に最後の砦であった灰色の角すらも白へと染まり、頭から全身にかけて陶器のようにヒビが入った。
真っ白に浄化されたセインが砕けながら地面へ落下する。夜の闇、白に堕とされた姿が映える。闇に乗じた者の末路として実に皮肉が効いている。
終わった………、生があった時は、エドルの若き大司祭ジオーネと操る不死鳥を相手に、相手の術をコピーするという実に単純な力だけで実に苦戦を強いられた。
屍術師・ノーウェンに召喚された彼女は、ジオーネですら手懐けられなかったフェネクスの能力すら行使して、一時は不死鳥化したリイナ&ジオーネすら窮地に追い込んだ。
本当に恐ろしい相手であった、紙一重の勝因……それはリイナの一言に尽きる。
セインは強者の真似にひたすら徹した。フェネクスにその身を捧げるというのはオリジナルと言えなくもない。
ただとどのつまりマーダに魂を奪われ不死となった手本をやはり真似たに過ぎないのだ。
対するリイナは『生転の旅路』によって不死鳥すら超えて見せた。
無論、母ホーリィーンを初めとする周囲の応援あってこその帰結だが、超えてみせたのはリイナ当人。
仲間の力を自身の力に転換するのを躊躇いなくやれる。これこそがローダ達とルイス達の決定的な差であるのだ。