第19話 称号を持つ者の責務
母ホーリィンの起こした奇跡、『生転の旅路』によって復活を果たしたリイナ。
再び不死鳥化した身体でフェネクスと同化した鬼女セインに迫る。
それを阻むべくセインが『操舵』と『模倣』、加えて自身の変身能力を使い、相手の気を削ぐべく盾を用意した。
だがジェリドに化けた黒い炎を青い鯱、ホーリィンと化した分は赤い鯱がいとも容易くこれを瞬殺。
ローダを真似て造った三体目は、逆鱗に触れたルシアの怒りで跡形もなく消え去った。
不死鳥の翼を広げて先ずは獲物よりも高い位置に飛び上がったリイナが、次はその翼を畳み、怒涛の勢いで狙いを定める。
早々に盾を失ったセインだが臆することなく身構える。この小さな娘がただ復活を遂げただけであるならば、実の処、恐れる必要はない。
堕天使ルシアの攻撃すら異常な再生能力で不毛の扱いとした。加えて相手に浸食するフェネクスの細胞を、またも植え付ければ良いだけのこと。
「キッシャァァァアッ!!」
「シャアァァッァッ!!」
全身を燃え滾らせてリイナが迫る、腕も足も相手と絡む直前まで出すつもりはないようだ。迫真の鳴き声である割に冷静さを失ってはいない。
未だ偽物ジオーネの姿を変えないセインも堂々と自分を晒す、相手がどう仕掛けて来ようが敗北の要素は見当たらない。
不死鳥の鳴き声は闇と認識した相手の能力を落とす、だがフェネクスの方も負けず劣らずの鳴き声を上げた。
この結果は恐らく相殺であるに違いない。
「ウグッ!?」
「いきますよぉぉぉッ!!」
如何にも一騎討ちの様相、互いに目前に集中を切らさねば良いと待ち受けていたところであった。
セインの背中に燃え滾る何かが深々と刺さり吐血を誘う。リイナは仲間達が周囲で稼いでくれた時間を無駄にしなかった。
セインに気取られないよう赤く燃え滾るナイフを操舵で待機させていたのだ。
迂闊だったのはセインである、復活したリイナに新たなる可能性がある事ばかりに固執してしまったのだから。
だがこれまでのリイナからの攻撃と質に変化がないのなら、瞬時に再生させれば良いだけの話。それも勘定にあったから余計に判断を誤った。
そして情け容赦無用でリイナの殴る蹴るが幕を開けた。あっという間に全身を、もう叩き忘れた場所がないよう入念に丹念に、それも一方的にだ。
「い、痛みが? 傷が治癒しない!?」
幾らやられるにしてもこれ程とは思っていなかったセイン。最早偽物ジオーネの姿を維持することすらままならず、灰色で1本角の鬼女に戻ってしまう。
灰色のその肌が殴られるにつれ、白い色に染め抜かれてゆく。まるで理不尽な神の天罰を受けている罪人のようだ。
「す、凄い………まさかこれ程とは思わなかったよ」
この世界の隅々まで探しても彼女を超える拳闘士はいまいと思われる実力者のルシアでさえも、リイナの戦いぶりに興奮が冷めない。
いっそ今のリイナと手合わせしたいとすら感じ、武者震いしながら拳を握る。
特定の敵と相対していない者の多くが、その光景に意識を奪われている最中、静かに、そして厳かに詠唱をしている女魔導士がいた。
「ゲレラ・コンゲレイト・コールド………おおっ氷雪の魔狼フェンリルよ……」
言うまでもなく生き残った最後のヴァロウズ、結果1番目となったフォウ・クワットロである。
本来なら火を媒介にする魔法に長けている彼女の口から「氷雪の魔狼……」という言葉が発せられる。
既に周囲の空気が白みを帯びて、近くに生えていた樹木が凍って砕け散る。
「暗黒神の名において、この愚者を贄として捧げん。永久凍土と化した刻、己が罪をようやく知るだろう………」
この長く、そして神秘的にすら感じる詠唱。彼女の長い黒髪がゆっくりと逆立ってゆく。超高等魔法に違いない空気が辺りに漂う。
詠唱の内容からして火とは真逆の氷を司る魔法だ。分子の動きを停止させる凍結の術は、火の魔法よりもより高度な術式を必要とする。
―へぇ………あのフォウって娘、暗黒神の魔導の中でも高難度なのいけそうじゃない?
楽し気な声色で森の女神が、ヴァイロの意識空間の中で感心している。
(………さあ火の鳥同士、絶対零度で精々綺麗に散りなさい)
「………『地獄の凍土』」
フォウの呪文が完成をみた。白い凍気が金色のレイピアより一挙に噴き出し、絡み合うリイナとセインを同時に襲う。
この女魔導士はハナからセインを助けるつもりがない、共に凍って分子分解させるのが狙いなのだ。
「竜之牙・レッジスラッシャー」
「なっ!? と、凍気を……魔導を斬るだと!」
誰もがこの暗躍を見逃していたかに思えていたが、静かにローダが割って入る。余り気持ちすら籠っていないと思われる剣で地獄の凍土を両断し、残りカスが降雪の終わりのように消え去った。
竜之牙はどんな魔法すら斬り裂いてしまう。150年前、これで大いに苦しめられたヴァイロが思わず苦笑いした。
ただそれにしてもこのローダという竜騎士の気の抜けた感じは何だろう。紙切れを斬るような当り前さでやってのけた。
さあリイナの天罰が止まらない、セインの角以外が穢れを知らぬ白に染め上げられた。
誰もがこの厳かなる執行がこのまま終わると思い込んでいた…………。
「僕と交えてる間に他の争いへ介入とは随分と余裕じゃないか、ローダ」
「…………」
此方は兄ルイスと弟ローダによる剣の交わりが続いている。ノーウェン………というより元・暗黒神ヴァイロの蟠りを解いたやり方で、兄の方も取り戻す。
ローダが描いていたシナリオであり、これだけが唯一無二の希望だと信じ抜いていた。
けれども兄ルイスの心の闇、父ラムダに裏切られ、神童………即ち本物の扉使いは自分だという生き甲斐に縋っているのをどうやって判り合えば良いものか。
さらに自分に兄を斬れる資格があるのか。この争いを俯瞰で見ながら先程のリイナのように救う余裕を見せているかのような彼。
実は兄と本気で相対する処から逃れる口実になっていた。嫌いになれないルイスを斬るのと魔法を割るのでは雲泥の差があるのだ。
(止むを得ない……か)
「良いだろう、成り行きとはいえ俺は『扉』のマスターだ。兄さんに譲る気はない………」
「ほぅ………それでどうするつもりだい?」
竜之牙を打ち込みながら穏やかにローダが語る。紅色の蜃気楼で気軽に受け流すルイスが弟の決意に耳を貸す。
「腹を決めたっ! ルイス、お前を戦闘不能にする。手足の1、2本は覚悟しろっ! 俺の力で捻じ伏せて無理矢理にでも持ち帰るっ!」
「フッ、良いんじゃないか。僕も負けてまでマスターを名乗る程、厚顔ではないよ。但し、僕の剣がお前の命を狙う事に変わりはないッ!」
決意を形にしたかのうに竜之牙に白い炎を灯すローダ。剣は右手に握り、左手からノヴァンの凍気を出しつつ迫る。
ルイスの方は、紅色の蜃気楼で霧と化すことを何故か封じている。
さっきはレイという異物の存在で後塵を拝したが、霧散化はあらゆる攻撃を無力化出来る。
こればかりに頼るのは、ローダより遥かに高位である剣士としての自負が許さなかった。
「な、に……?」
全く想像だに出来なかった状況。ルイスの左手をローダの左腕から伸びた燃える爪が貫いていた。
ノヴァンの青白い凍気、そして竜之牙に注力し過ぎて、暗器の可能性を失念していたのだ。