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ローダ 最初の扉を開く青年  作者: 狼駄
第10部『因縁の兄と弟』編
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第16話 人をまるで信号みたいに

「な、何と? お前さんの言いたいことは判ったが、おいそれと賛成出来る話ではないぞ。自分の娘の命を賭けるようなものだ」

「俺だって断腸だんちょうの思いなのだ。だがこのまま静かに待っていても勝ちはめぐってこない。だからせめてほんのわずかでも勝率があるのか調べて欲しいのだ」


 戦斧の騎士ジェリドがドゥーウェンとサイガンという二人に願った演算の帰結きけつは、やはり娘リイナを救う手立てに繋がる内容であった。

 やり方については、リイナと同じ司祭の力を内に秘めた妻ホーリィーンからの提案があり、既に算段がついている。

 ただ余りにも危険が過ぎる方法であり、夫ジェリドも躊躇ためらう内容であったため、正確な情報データに基づく裏付けが欲しく、二人へ頭を下げにきた。


「わ、判った、やってみようではないか」

「せ、先生!? いくら何でも無茶が過ぎます。私は承服しょうふく出来ません」

亮一ドゥーウェンよ、お前の言うことももっともだ。だがこのままにしてもリイナは助からん。それにあのセインというフェネクス使いを倒すすべすら思いつかん」


 頭を下げたままテコでも動きそうにないジェリド夫妻の姿、それに孫という(希望)を迎えるサイガンにとって、これはやってみる意外の選択肢はないと感じた。

 成功率は1%を切り、0,00000…………%といったものであるかも知れない。

 けれど最早嘘でも良いからこの悩める親に希望の数値を見せてやりたいと思ってしまった。

 命のないところからマーダやルシアを造ってみせた昔のサイガンであれば、リイナの魂の情報を他の人形に載せ替える。

 そんな血の通っていないやり方を、平気な顔で代替案として提示したかも知れない。「此方の方がより確実だ」などと言いそうである。


「わ、判りました。だけど私は嘘の結果など絶対に出しませんよ、覚悟して下さい」

「うむっ、それでは自由の爪(オルディネ)に回しているVer2.1(アイリス)の力さえ此方《処理》に回すのだ。ベランドナよ、守備《代わり》は任せた」

「了解です、マスター・サイガン」


 なかばやけくそ気味にドゥーウェンが自分のノートパソコンを開く。加えて自分の脳とリイナの脳、さらにサイガンの脳にすら直結する。

 消えてしまった自由の爪(オルディネ)の代わりに、防御を任されたベランドナであるが、良い返事をした割に動こうとしない。

 これは勿論言うことを聞いていないのではなく、無駄な動きを自分からしなければ周囲の目をきつけすらしないという彼女らしい周到なやり方なのだ。


 ◇


「さて……この争いに手を出したいと言ったものの、どうすればかなうものやら………」


 此処はヴァイロの仮想空間となった場所。銀髪で端正たんせいな顔だちのヴァイロが、なかった筈の椅子に腰かけ、頬杖ほおづえをつき、物思いにふけっている。

 先程自分本来の姿を取り戻したと思いきや、次は自分の住居にあったテーブルと椅子すら創造したのだ。


 ―随分とひさしいじゃないか、我が従僕じゅうぼくの暗黒神よ。


「そ、その声もしやっ!」

「い、一体誰でございますのっ!」

「………って言うかどこの女だぁ!」

「んっ? ど、どっかで聞いたよう、しないような………」


 不意に湧いたなまめかしい大人の女性をした声。人の意識空間に立ち入る不法侵入に驚くヴァイロとその弟子達。

 それはヴァイロに取って決してあらがえない、いや抗う気すら起きない声《調べ》だ。


 ガタッ、と音を立てながら驚き立ち上がりオレンジの大きな瞳でまばたきをするミリア。

 椅子の上に登って大きな声でリンネが文句を言って怒り出す。夫ヴァイロの様子が明らかにおかしい。

 独りアズールだけが首をひねる、こんな如何にも色気のただよう口調は知らぬが、声のトーンだけは身近に聞き覚えがある位だと感じた。


 ―おやおや、今日は可愛い女子に可愛い男の子すらいる………。何て見取みどりなのかしら。


「ムキーッ! 先ずは名を名乗れぇぇっ! この無礼者っ!」


 ―あっ、確かに可愛い奥様の言う通りだねぇ………。我が名はファウナ、森の女神と言えば通じるかしら?


 目にこそ映らぬが、だからこそ余計に人の()で自由気ままに振舞うこの奇妙な存在に、リンネが拳を握った右手を挙げて猛抗議する。


 心の声の主が「ファウナ………」と名乗り始めた辺りから、それまでのおふざけがなりを潜め、有無を言わせぬ威厳いげんに溢れた力を帯びる。

 それを聞いた途端、ミリアの目が驚きで大きく見開かれた。


「ふぁ、ファウナ様ですってぇぇ!?」


「「…………えっ、誰?」」


 森の女神(ファウナ)と言えば、森の精霊達や、高尚こうしょうなるエルフ族すらたばねる正真正銘しょうしんしょうめいの神である。

 ミリアの驚きは尋常じんじょうでなく、その場で平伏へいふくしたい位なのだが、震えて身体がいうことをかない。


 ミリアとは対照的にリンネとアズールは顔を突き合わせて「ハァ?」と言わんばかりだ。

 この騒ぎに寝ることを諦めたアギドが起き上がり、二人の無知ぶりに頭を抱えて首を振らずにいられない。


「おぃ……アズの馬鹿はともかく、ヴァイロと一緒に住んでいたお前(リンネ)まで知らんとは言わないぞ」

「え…………」

森の女神(ファウナ)は、魔導をさずけた代わりにヴァイを従属じゅうぞくにした本物の神だ。家に山程の文献(ぶんけん)があっただろう」


 眠気と溜息が混ざり合った声でアギドがリンネに説明すると、彼女も昔の記憶を引っ張り出した。確かにそんな本を散々書棚に片付けたことを思い出す。

 まるで一般男性が女性の裸体写真雑誌を見て喜んでいるかのように夢中になっているのを、やらしいと軽蔑けいべつしたものだ。


「ふぁ、ファウナ、一体どうやって此処へ………」


 ―それはそれはまたなこという坊やだ。第一君が私を呼びつけたんじゃないか。"暗黒神の力にいとまが欲しい"ってね。


 再び気軽な声に戻して回答するファウナである。成程とヴァイロもに落ちる。

 別にファウナのことを呼びつけた覚えはない、ただ声掛けというか、お願いなら確かにした。


 恐らくそれを呼び水に、加えてローダが言っていた「例え現世にいない相手であろうとも、強い想いを秘めた相手であれば具現化ぐげんか出来る」という話が、神にすら当てはまったのであろう。


「成程な……ただその割に立ち姿は、見せてくれないじゃないか」


 ―冗談じゃない、こっちは一応神様なんだ。姿まで見せたらいよいよ大安売りが過ぎるじゃない? そもそも私のことはどうでも良いのよ。


 神が気軽さで押してくるのであるのなら、ヴァイロもニヤつきながら、からかってみる。

 森の女神(ファウナ)にしてみれば、自身の従属神とその子供達にすらお気楽に話をしたいのだが、自分をさらすというのは逸脱いつだつしているらしい。


 まるで親戚の叔母さんの如く(責任不要の振る舞いで)、自分等の暗黒神とやり取りをしているファウナの口調に、かしこまっていたミリアが「え……良いの?」って戸惑とまどいながら席に戻る。


「……では何用で参られた? 俺達と茶会したいという訳ではあるまい」


 ―それも良いなあ、特にそこの竜の娘(リンネ)がハーブティー。いずれ是非馳走になりたいものだ。それはさておきヴァイロ君、君の後継者のあの二人………ええとルイス、フォウって言ったかな? 


 ファウナは自分のこと(自身の魔導書)をいつも丁寧に扱ってくれた、そこの緑髪の少女を気に入ってらしい。

 リンネが夫にれていたお茶の品の良い香りを思い出す。流石にそれが目的という訳ではないようだ。


「ええ、まあ後継者っていうか勝手に俺の魔法を使っているだけですがね」


 自分もつい先程「後継者……」と認める発言をしたばかりだが、別に手解きをしたつもりはない。暗黒神と呼称されるのはおろか、師匠と偉ぶるつもりすらない。


 ―真の扉使い(ローダ)とその連れの強さは桁外れだが、その割には随分頑張っているじゃないか。


「……まあ、そうですね」


 ファウナにみれば自分の従属神の力を大いにふるい、善戦しているルイスとフォウをたたえたいとすら感じている。

 それについてのヴァイロの見解は実に冷ややかで、興味がないといった顔をしている。


 ―ただあの二人が降らせている赤い輝きは何れ止まってしまう力だ。対する相手が使っている緑の方は、際限さいげんなく走り続けられる。どちらが勝つか、見るまでもない。


「フフッ、そんな赤は止まれ、緑は走れって人をまるで信号みたいに………」


 ファウナの言葉に苦笑するヴァイロなのだが、赤い輝きの(時間制限ありの)力と、誰にも止められない緑色の輝き(真なる扉使いの力)の表現は、実に言い当てみょうだと思った。

 ちなみにその赤い輝きは、日本刀の剣士(トレノ)鬼女オーグリスを逸脱したセインも散らしているだが、そちらに興味はないようだ。

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