表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ローダ 最初の扉を開く青年  作者: 狼駄
第10部『因縁の兄と弟』編
167/245

第14話 ルイス・ファルムーン

 ―えっ、14で騎士学校を卒業して聖騎士の資格すら取ったぁ? そ、それに比べて言っちゃあ何だけど貴方は………。


 ―嗚呼そうだルシア、遠慮は要らない。ファルムーン家に言い伝えなんて知らなかったが、もし知ってたら兄さんこそ神の子だって真っ先に俺が喜んでいただろうな。


 天才………正に天賦てんぷの才を持ち合わせていたと思える兄ルイス。

 それに対して行きりの女に産ませて態々《わざわざ》養子にまでした期待の弟は平凡を絵に描いたような存在だった。


 その後ルイスは、聖騎士として戦場を駆け抜けて、大いに戦果を上げた。

 さらに同じ騎士同士の御前試合ごぜんじあいに於いても、歳の離れた先人相手に土が付く事を知らず、18にして近衛騎士このえきしの任を受け、またも最年少記録を塗り替えた。

 近衛騎士のくだりは、ローダがアドノス島に渡る際に、ディンに語った通りである。


 余計な話を一つ。ルイスはローダよりも高身長で、顔立ちも実に貴族らしく気品にあふれていた。

 偶然にも弟と同じ黒髪だが、髪が命の女性すら羨むほどのサラサラで輝いた髪質を持っていた。ローダの無造作なものとは造りが違う。

 かつてフォルテザの砦において、ローダはダンスでルシアを魅了みりょうしたが、それですらルイスの方が優れていた。

 さらにローダが語った「こういう席での作法は慣れている」のくだり。ルイスは、その容姿と振舞いを存分に活かし、常に女性達の注目を浴びていた。


 それでも私は可愛いローダの方が良いけどね……と、ルシアは一人勝手にそう惚気のろけてみる。


 ◇


「………ルイス、私の可愛い息子。逃げるのです、今直ぐに」

「か、母様テローシャ!?」


 ルイスの上半身が勝手に起き上がった。左胸の鼓動こどうが激しく、とても今まで自分が眠っていたと思えない程に息を切らしていた。


「夢……か。成人を迎える朝に不吉なものを見せてくれるな……」


 彼は深い溜息を吐くと実に嫌な気分をはらうように洗顔し、寝癖を整えてから朝食の待つリビングへと向かった。


「おはよう兄さん」

「嗚呼、おはようローダ」


 弟は既に朝食を食べ始めていた。尊敬する兄を迎えるその顔は、いつも朝陽の様にまぶしいが今朝に限って、その眩しさが鬱陶うっとうしく感じた。

 ローダの方が早く朝食に手をつけているだけがいつもの光景と異なる。兄とは対照的に顔も洗わず、髪の毛もボサボサ……毎朝のお約束だ。


「ルイス様、これを……」


 使用人が手紙らしい物をうやうやしく渡してきた。うばい取る様にそれを受け取る、差出人は読まなくても察しがついている。

 普段の柔らかい物腰のルイスであれば、丁重に受け取るところなので、使用人はビクリッとして訳も判らず、取り合えず頭だけ下げサッサと離れた。


(またか、エルレア……)


 手紙には、"成人の誕生日おめでとうございます。今夜の祝賀会しゅくがかいの前に、あの白馬の彫刻の前に来て頂けないでしょうか"と、だけ書かれていた。


 ルイスは読み終わると、それを無造作にポケットにしまい込んだ。エルレアとは、彼に好意を寄せている同級生だ。

 ルイスに好意を寄せる女性は数知れぬが、彼自身は特定の相手を作るつもりがない。正直言って興味も沸かない。


 何処を歩いても「ルイス様……」としたう女性が勝手に後を付けてくる中、この奥ゆかしいエルレアだけは、継続して違う形で気持ちを伝えてきた。

 そう……手紙を寄越よこすことだ。たまたま見かけて声を掛けても口がロクな仕事をしないくせに、綺麗きれいな字体と文面の方はだけは、他の誰よりも達者たっしゃであった。


 今夜は成人の祝いをファルムーン家にて盛大に行うのだ。客人も大勢来ると相場が決まっている。

 ただ祝賀される当人ルイスは、正直言って辟易へきえきしていた。

 年齢なんて誰でも重ねる事だ。18歳で近衛騎士になった時ですら、ルイス当人にしてみれば至極当然だったため、さわぐ程の事でもない。


 早い話がファルムーン家の宣伝頭プロパガンダ、馬鹿馬鹿しくて付き合っていられない。


 そんなつまらない祝賀会よりも、あの奥手のエルレアから手紙だけでなく「いたい」という意外な()()がやって来たのだ。

 手紙を真っ赤な顔で書いては捨ててを繰り返す彼女の姿が目に浮かぶようで、心持ち今夜が楽しみになってきた。


 日没にちぼつ直後、待合せの時刻である。この自然ナチュラルたらしは女性を決して待たせたりしない。10分前にはました顔を取りつくろって既に待っていた。


()()()()()()ルイス」

(ま、待っていただと?)


 この日ばかりは彼の目論見もくろみが外れたのである。スカートの丈が短い黒いドレス姿、闇に浮かぶ物の怪(もののけ)の様に、エルレアは出現した。


「……や、やあ、エルレア。これは驚いたな」


 言葉以上に驚いているのだが、それをおどけた感じで誤魔化ごまかそうと試みるも全て見透かされているような気がしてならない。


 ルイスにしてみれば無理もない話である。剣術の達人であるのに、あろうことか素人の気配を逃したのだ。

 加えてその黒い衣装いしょうは祝賀というより、葬儀そうぎ用に見えなくもない。しかも腰につか装飾そうしょく大層豪勢たいそうごうせいなレイピアを刺しているのだ。

 元々長い黒髪で影も薄い存在ということもあいまって、より妖艶ようぜつさを際立立きわだたてせている。


 異様な雰囲気を存分にただよわせながらルイスに近寄り、まるで慣れ親しんだ恋人の様に口づけすら交わしてきた。

 いや、どちらかと言えば何かのまじないの儀式、魔族何て知らないが勝手に契約をされた感じだ。

 常に冷静クール信条しんじょうであるルイスだが、この状況を何事もなく受け入れられる訳がない。


 さらにエルレアの攻勢リードは続く。背の高いルイスをとても芳醇ほうじゅんな果実を見つけた様な目つきで、愛おしそうに見つめながら告げる。


「………私、本当に長い間、この時をずっとずっと待ちびていたのよ」


 とても甘ったるい口調、ルイスのほおを存分に撫でながら(楽しみ)その耳元でささやいた。


 ルイスは騎士のかんを働かせ、後ろに飛んで距離を置き、腰の辺りを探ったが、流石に剣を携行けいこうしてはいない。

 仕方なく手近にあった木の枝を拾い上げてこう返す。


「エルレア、今日の君、随分と洒落しゃれが効いてて驚いたよ。それは何かの仮装かい?」

「どうしたの、何も怖がることなくてよ。遂に貴方が神童しんどうになった。私と一つになって、さらに天翔あまけるのよ……」


 木の枝で申し訳程度の牽制けんせいをしつつ、言葉でこの場をしのごうとするルイスであったが「神童……」という言葉に冷や汗をらす。


「ま、待ってくれ。何故君がファルムーン家の伝承でんしょうを知っているんだい?」

「……300年前から決まっていた事じゃない。さあ、いらっしゃい」


 ルイスの質問に対し、加えてただの戯言ざれごとでないことを示す「300年前……」すら付け加え、フワリッとルイスの背後に回り、後ろから抱きついてきた。


(な、なんだこれは? エルレアの腕から僕が抜けられない!?)


 その白い華奢きゃしゃな腕の中でルイスは必死に藻掻もがいてみせたが、もう助けを呼ぶ声すら上げられなかった。


 その後ルイスは何食わぬ顔で祝賀会に出席した。誰も気がつかなかったのだが、既に彼はルイスではなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ