第14話 ルイス・ファルムーン
―えっ、14で騎士学校を卒業して聖騎士の資格すら取ったぁ? そ、それに比べて言っちゃあ何だけど貴方は………。
―嗚呼そうだルシア、遠慮は要らない。ファルムーン家に言い伝えなんて知らなかったが、もし知ってたら兄さんこそ神の子だって真っ先に俺が喜んでいただろうな。
天才………正に天賦の才を持ち合わせていたと思える兄ルイス。
それに対して行き摩りの女に産ませて態々《わざわざ》養子にまでした期待の弟は平凡を絵に描いたような存在だった。
その後ルイスは、聖騎士として戦場を駆け抜けて、大いに戦果を上げた。
さらに同じ騎士同士の御前試合に於いても、歳の離れた先人相手に土が付く事を知らず、18にして近衛騎士の任を受け、またも最年少記録を塗り替えた。
近衛騎士の件は、ローダがアドノス島に渡る際に、ディンに語った通りである。
余計な話を一つ。ルイスはローダよりも高身長で、顔立ちも実に貴族らしく気品に溢れていた。
偶然にも弟と同じ黒髪だが、髪が命の女性すら羨むほどのサラサラで輝いた髪質を持っていた。ローダの無造作なものとは造りが違う。
かつてフォルテザの砦において、ローダはダンスでルシアを魅了したが、それですらルイスの方が優れていた。
さらにローダが語った「こういう席での作法は慣れている」の件。ルイスは、その容姿と振舞いを存分に活かし、常に女性達の注目を浴びていた。
それでも私は可愛いローダの方が良いけどね……と、ルシアは一人勝手にそう惚気てみる。
◇
「………ルイス、私の可愛い息子。逃げるのです、今直ぐに」
「か、母様!?」
ルイスの上半身が勝手に起き上がった。左胸の鼓動が激しく、とても今まで自分が眠っていたと思えない程に息を切らしていた。
「夢……か。成人を迎える朝に不吉なものを見せてくれるな……」
彼は深い溜息を吐くと実に嫌な気分を祓うように洗顔し、寝癖を整えてから朝食の待つリビングへと向かった。
「おはよう兄さん」
「嗚呼、おはようローダ」
弟は既に朝食を食べ始めていた。尊敬する兄を迎えるその顔は、いつも朝陽の様に眩しいが今朝に限って、その眩しさが鬱陶しく感じた。
ローダの方が早く朝食に手をつけているだけがいつもの光景と異なる。兄とは対照的に顔も洗わず、髪の毛もボサボサ……毎朝のお約束だ。
「ルイス様、これを……」
使用人が手紙らしい物を恭しく渡してきた。奪い取る様にそれを受け取る、差出人は読まなくても察しがついている。
普段の柔らかい物腰のルイスであれば、丁重に受け取るところなので、使用人はビクリッとして訳も判らず、取り合えず頭だけ下げサッサと離れた。
(またか、エルレア……)
手紙には、"成人の誕生日おめでとうございます。今夜の祝賀会の前に、あの白馬の彫刻の前に来て頂けないでしょうか"と、だけ書かれていた。
ルイスは読み終わると、それを無造作にポケットにしまい込んだ。エルレアとは、彼に好意を寄せている同級生だ。
ルイスに好意を寄せる女性は数知れぬが、彼自身は特定の相手を作るつもりがない。正直言って興味も沸かない。
何処を歩いても「ルイス様……」と慕う女性が勝手に後を付けてくる中、この奥ゆかしいエルレアだけは、継続して違う形で気持ちを伝えてきた。
そう……手紙を寄越すことだ。たまたま見かけて声を掛けても口がロクな仕事をしないくせに、綺麗な字体と文面の方はだけは、他の誰よりも達者であった。
今夜は成人の祝いをファルムーン家にて盛大に行うのだ。客人も大勢来ると相場が決まっている。
ただ祝賀される当人は、正直言って辟易していた。
年齢なんて誰でも重ねる事だ。18歳で近衛騎士になった時ですら、ルイス当人にしてみれば至極当然だったため、騒ぐ程の事でもない。
早い話がファルムーン家の宣伝頭、馬鹿馬鹿しくて付き合っていられない。
そんなつまらない祝賀会よりも、あの奥手のエルレアから手紙だけでなく「逢いたい」という意外な攻めがやって来たのだ。
手紙を真っ赤な顔で書いては捨ててを繰り返す彼女の姿が目に浮かぶようで、心持ち今夜が楽しみになってきた。
日没直後、待合せの時刻である。この自然な誑しは女性を決して待たせたりしない。10分前には澄ました顔を取り繕って既に待っていた。
「待っていたわルイス」
(ま、待っていただと?)
この日ばかりは彼の目論見が外れたのである。スカートの丈が短い黒いドレス姿、闇に浮かぶ物の怪の様に、エルレアは出現した。
「……や、やあ、エルレア。これは驚いたな」
言葉以上に驚いているのだが、それをおどけた感じで誤魔化そうと試みるも全て見透かされているような気がしてならない。
ルイスにしてみれば無理もない話である。剣術の達人であるのに、あろうことか素人の気配を逃したのだ。
加えてその黒い衣装は祝賀というより、葬儀用に見えなくもない。しかも腰に柄の装飾が大層豪勢なレイピアを刺しているのだ。
元々長い黒髪で影も薄い存在ということも相まって、より妖艶さを際立立てせている。
異様な雰囲気を存分に漂わせながらルイスに近寄り、まるで慣れ親しんだ恋人の様に口づけすら交わしてきた。
いや、どちらかと言えば何かの呪いの儀式、魔族何て知らないが勝手に契約をされた感じだ。
常に冷静が信条であるルイスだが、この状況を何事もなく受け入れられる訳がない。
さらにエルレアの攻勢は続く。背の高いルイスをとても芳醇な果実を見つけた様な目つきで、愛おしそうに見つめながら告げる。
「………私、本当に長い間、この時をずっとずっと待ち侘びていたのよ」
とても甘ったるい口調、ルイスの頬を存分に撫でながらその耳元で囁いた。
ルイスは騎士の勘を働かせ、後ろに飛んで距離を置き、腰の辺りを探ったが、流石に剣を携行してはいない。
仕方なく手近にあった木の枝を拾い上げてこう返す。
「エルレア、今日の君、随分と洒落が効いてて驚いたよ。それは何かの仮装かい?」
「どうしたの、何も怖がることなくてよ。遂に貴方が神童になった。私と一つになって、さらに天翔けるのよ……」
木の枝で申し訳程度の牽制をしつつ、言葉でこの場を凌ごうとするルイスであったが「神童……」という言葉に冷や汗を垂らす。
「ま、待ってくれ。何故君がファルムーン家の伝承を知っているんだい?」
「……300年前から決まっていた事じゃない。さあ、いらっしゃい」
ルイスの質問に対し、加えてただの戯言でないことを示す「300年前……」すら付け加え、フワリッとルイスの背後に回り、後ろから抱きついてきた。
(な、なんだこれは? エルレアの腕から僕が抜けられない!?)
その白い華奢な腕の中でルイスは必死に藻掻いてみせたが、もう助けを呼ぶ声すら上げられなかった。
その後ルイスは何食わぬ顔で祝賀会に出席した。誰も気がつかなかったのだが、既に彼はルイスではなくなっていた。