第12話 ぼくがおにいちゃん?
色々な争いと人物達に焦点を切り換えて申し訳ないが、暗黒神の能力一時停止という邪魔が入り、中断を余儀なくされたローダとルイスの剣によるやり取りも再開している。
とにかくローダがどのような攻撃を仕掛けても、ルイスの紅色の蜃気楼による霧散化によって全て無意味とされてしまう。
蜃気楼とは実に良く言ったものだ。諦めずに竜之牙を振るうローダの実力とて決して低くなく、エドナ村の時とは比べようもない。
けれども剣士がその得物を合わせられないというのは実に致命的だ。もっと技巧を凝らす必要がある。
「グッ!?」
「へッ! 狙い撃ってやったぜッ! 長い銃身は苦手だけどなッ!」
再び蜃気楼のように姿を消そうしたところに一閃の輝きが走りルイスの左肩を貫いた。
二丁拳銃のレイが少々苦手な銃身の長い光線銃で、ルイスが消える瞬間を強かに待っていたのだ。
それでもルイスの霧散化に変わりはない、そのまま消えてゆこうとするが、流れ出る血液の痕跡までは消し切れない。
「お次だっ! 乱れ撃つッ! おぃ、何ボーッとしてやがんだ。この俺が直々《じきじき》に援護してんだぞっ!」
「レイっ! 感謝するっ!」
次はいつもの相棒に持ち替えて、霧の最中をいつもの二丁………いや見たことない銃を空間転移で続々と出現させ、レイが滅多撃ちにする。
彼女のコートの中身には、ドゥーウェン辺りに用意して貰った様々な銃火器が揃っているに違いない。
「グゥッ!? ば、馬鹿なっ?」
「ざまあねえな、そうら入ったぜッ!」
霧と化した自分を手数で撃ってみたところで、当たる筈がないとタカを括っていたルイスが苦痛と驚きに顔をしかめる。
実はレイ、未だに狙い撃っていたのだ。ルイスはただ霧になって姿を消すのではなく、別の空間に転移してると想定した。
そこで消える間際に空間転移させた自分の銃を幾つも潜り込ませ、ルイスと同じ空間に飛ばすことを思いついたのだ。
消えてしまったルイスが撃たれたことで無理矢理引きずり出された。左肩と左腿を撃ち抜かれた姿が痛々しい。
「これならっ!」
「弟よっ! 仲間の力を借りて恥ずかしくないのか?」
「それも俺の力なんだっ!」
与えられたこのチャンスを存分に生かし、ようやく剣を交えることに成功したローダである。
レイの妙技によって成し得たことを侮辱しようとしたルイスだが、ローダの返しに斬って捨てられた。実にローダらしい言い分にレイが思わずニヤリッとする。
その後も二度、三度と竜之牙と紅色の蜃気楼がぶつかり合って火花を散らす。
その都度ローダは、ルイスの深層心理に接触を試みるのだ。ローダの目的はあくまでもルイスのことをもっと深いところまで熟知し、気持ちを通い合わせて互いの妥協点を見出すことだ。
ヴァイロともそうしたようにだ。ルシアがセインと拳を交えることを「あくまで暫定……」と言った理由。
大本命であるルイスとの意識の交わりにおける仲介役に自分とヒビキは戻らないといけない、そうした意味があるのだ。
「オラオラオラァ! 要は魂獲らなきゃいいってこったろっ! ルイスだかマーダだが知らねえが、俺が10番目とかフザけんなって思っていたぜっ!」
さらにルイスに致命傷とはならない銃撃をレイが散らしてゆく。これでも容赦しているつもりらしいが、傍から見る分にはとてもそうは思えない。
ルシアが出来ない仲介役、激しく争いながらもその一方で相手の意識を探るという在り得ないローダの作業を、相手の手数を減らすというやり方で実践しているのだ。
「おのれレイっ! 好きにはさせないっ!」
「おっと危ねぇっ、此奴はフォウのコルテオってナイフだな」
「マー・テロー、暗黒神よ、その至高の力であの者に裁きの鉄槌を『神之蛇之一撃』!」
愛と敬愛が同席するルイスがいい様にやられているのを、このフォウが黙って見ている訳がない。
レイに背後に金色のナイフを二本飛ばして威嚇すると、作った時間で硬質化した蛇の影が襲い掛かる神之蛇之一撃をけしかける。
「うぉっ!?」
「やらせませんっ…………『雷神』!」
しかもフォウの神之蛇之一撃は、彼女の方からその影を伸ばすのではなく、レイに飛ばした二本のコルテオから飛び出した。
この不意打ちには流石のレイも驚くのだが、ベランドナが密かに詠唱だけを先に終え、準備していた雷でこれを一掃する。
「サンキュッ、助かったぜ耳長の姉ちゃん」
「礼には及びません、それよりローダ様をっ!」
「判ってらいっ! 喰らいやがれッ!」
レイが人差し指と中指を揃えお礼代わりにそれを振るが、ベランドナにとってはその一瞬すらも惜しいと感じる。
直ぐにレイの顔つきが元の鋭い顔に戻り、両手を十字にさせながらルイスと、別の相手にも照準を定めて先程の光線銃を撃つ。
もっとも顔を向けてはいない、アタリをつけて撃っただけだ。レイが放った光線にもっと大きな光線が絡み合いながら目標を射抜く。
けれども当てられた相手は涼しい顔で、穿たれた穴を塞いでしまう。
「効かない効かない、言ったろ? 今の私は不死、しかもあのNo1すら超えた存在っ!」
鬼女セインの言葉は煽りだが的を得ている。自らルイスに魂を献上し、再生能力とフェネクスの両方を手にした今の彼女は、もしかしたらこの中で一番厄介な存在になったかも知れない。
堕天使ルシアの拳とて、今の黒ずんだセインを消すことは恐らく出来ないであろう。ルシアが期待を寄せるリイナの覚醒はまだ始まっていない。
しつこいようだが、自ら望んで差し出した命だ。ローダの意識を超えた交渉術すら期待薄である。
そのローダについてだが、レイの援護射撃のお陰でようやく兄ルイスの心の奥底へ潜航しつつあった。
◇
王宮に仕える騎士を300年もの長きに渡り、育てる事を伝統としていた高級貴族ファルムーン家。
その始祖とも言うべき存在から、代々引き継がれた言い伝えが、この家には存在した。
正確には、この教えを後世に伝えるのことが、この家本来の存在意義であったらしい。
初代の剣は大地を割り、竜すら葬ったという言い伝えがある。かなり眉唾な話だ。
けれど不完全ながらも扉の力を持っていたのかも知れないと考えると、ただの御伽噺と切って捨てるのは、早計と言えなくもない。
『300年の後、この家に我をも遥かに凌ぐ神童が現る。兄と弟、何れも秀でるが、恐らく弟が、それに当たるであろう。それまでこの家を決して絶やすことなかれ』
そして時は流れて300年後、ファルムーン家にいた息子はただ一人だけ。ルイス・ファルムーン、当時4歳である。
然しある日突然、ルイスの父であるラムダが、生まれたばかりの赤子を抱いて連れてきた。
「この子は、戦火中の町で見つけた。これから家で育てる事にする。ルイス、お前は今日から、お兄ちゃんになるんだよ」
「ぼ、ぼくがおにいちゃん?」
「そうだ、仲良くしてやってくれよ」
優しく告げると、父はルイスの頭をくしゃくしゃに撫でて、彼を置いて行ってしまった。
その後ろで暗い表情をしている母テローシャが少し気になったが、その真意を知るのには余りにも当時の彼は幼過ぎた。
ローダと名付けられた弟は、可哀想な戦災孤児。ルイスは弟が出来た事を素直に喜び、血の繋がった存在の様に優しく接した。
ローダも兄が大好きになり、剣の稽古、食事、風呂、寝る時までいつも一緒。二人共幸せを謳歌していた。
ただ王宮の仕事が多忙という理由から、ラムダが留守になる機会が増えていき、その度にテローシャの暗い影が濃さの度合いを増してゆく。
ルイスが10歳になった頃、流石に母の表情の曇りに気がつく程の知恵が回るようになっていた。