第11話 諦めたらそこで戦争終了だよ
こうしてヴァイロ・カノン・アルベェリアは暗黒神の能力の一時停止に成功し、その瞬間に堕天使ルシアが、天罰の如き勢いで屍術師ノーウェンは完全にその姿を消滅させられた。
「戦の女神よ、この者にどうぞ貴女のご慈悲を……」
「待って下さいリイナのお母さん、ひょっとすると癒しの奇跡は良くないかも知れない」
「えっ?」
傷ついたリイナの身体を早速治癒しようと癒しの奇跡である『生命之泉』を行使しようとしたホーリィーンをルシアが制する。
「この黒ずんだ傷跡を見て下さい、この傷に細胞分裂の活性化を促すのは危険な気がするんです」
「こ、これは………。確かに貴女の言う通りかも知れないわ」
リイナの腹に残されたフェネクスの黒い痕跡から、リイナではない別の細胞をホーリィーンも感じ取った。
それは恐らくセインが埋めたフェネクスの細胞であろう。今のリイナに癒しの奇跡による細胞分裂の超活性化を施すと、このフェネクスの細胞がリイナに取って代わる危険性を孕んでいると考察したのだ。
「あの偽物の相手は、取り合えず私がします。でも……あくまで暫定です」
「ルシア? 一体どういうことだ?」
ルシアが決意を燃やした目でフェネクスを取り込んだセインを斜に構えて睨みつける。
ジェリドには「取り合えず……」の意味が介せない。傷ついたリイナを妻に預けてその身を乗り出す。
「リイナは未だに本気を出せていない、何の根拠もない勘だけどね。それが引き出せたらフェネクスなんて不死鳥の偽物みたいなものでしょう?」
「………本気? このリイナが未だ本気でないだと?」
「さあっ! 行くよっ!」
ルシアは何か確信めいたものがあることをジェリドに告げると、後は地面を力強く蹴ってフェネクス化したセインに向けて羽ばたいた。
残されたジェリドがホーリィーンを顔を合わせながら思考を巡らす。ルシアの言った本気とはリイナの不死鳥のおける力のことを指すのであろう。
けれどもそれは既に最高点にと到達していたものとばかり思っていた。何故なら不死鳥の専門家であるジオーネが、力を授けただけでなく、リイナの中に残ってそれをサポートし続けているからだ。
これ以上ない最高の環境であり、後はリイナがそれをどう戦いに生かすのか。そこだけではないのであろうか。
「不死鳥、不死………ひょっとしたら。で、でも、もし間違いだとしたら……」
自身の膝の上に寝かせたリイナの苦しそうな顔と黒い痕跡を幾度も見返しながらホーリィーンが高い知識の引き出しを開けては閉めてを繰り返す。
何か試したいことがあるらしいのだが、危険と勇気の不足がそれを邪魔するのだ。
「さあ、リイナの姉である私が代わりに相手になるよっ!」
「森の天使でなく堕天使様が直々《じきじき》にお相手だなんて……光栄の極みってやつかしらッ!」
いきなり殴る蹴るする訳でなく、あえてセインの前に立ち塞がるルシアである。しかも両手をダラリッと下げて「かかってらっしゃい」と威嚇する。
それを見たセインが黒く燃え盛る拳を鋭く突き出すが、一見ルシアに届いたかに見えて実は掠りすらしていない。
(……残像っ!? しかも態々《わざわざ》私の攻撃を避けてから元の位置に戻った!?)
「フンッ!」
次はルシアの番だ、自らの拳で触れることを危険と捉え、炎の爪を突き出して、その先で斬りつけるような攻撃を試みる。
「フフッ………燃える物がこの身体に効くと思って?」
「………でしょうね」
それをセインは避けようとすらしない、斬り裂かれたに思えた身体は高熱を帯びているのだ。ルシアのヒートニードルを溶かしてしまった。
一方、日本刀同士でなおかつ侍同士でやり合っている氷狼の刃を握る士郎ことトレノと、示現流の使い手ガロウの鍔迫り合いが伯仲している。
ローダとルイスの一体何をやり合っているのか良く判らない争いや、ルシアの神がかった戦いぶりに「全く、何だあの次元の違う戦いぶりは?」と思わず呆れ果てる。
「ヘルズ・フィアー、暗黒神の炎よ、神すら恐れる地獄の大焦熱を『紅の爆炎』!」
いつの間にやらルイスの手を離れ、地上から様子を伺っていたフォウが、力強い詠唱と共に杖の代わりに金色のレイピアを振るう。
爆炎を遥かに凌駕する大爆発がトレノとガロウの両方をお構いなしに襲った。
「み、味方ごと何をするんだよぉぉ!!」
「フッ! 勘違いするなよ侍大将。私はただルイス様を巻き込まないよう手回ししていただけのこと」
「へっ! 良い身分だなっ! 良いぜ、好きにやらせて貰うっ!」
余りに危険過ぎたその攻撃、トレノもガロウも剣の交わりを止めなければ今頃その爆炎の最中で地獄に堕ちた亡者のように焼かれていたことであろう。
だがお陰でほんのひと時だが、時間が与えられたのを良いことにガロウが脇差も抜いて二刀を構えてニヤリッと笑う。
「二刀ッ!? 示現で二刀だとっ!?」
「俺の二刀はそこいらの手の込んだ二刀じゃねえぞっ! 喰らえぇぇっ! 示現我狼っ、『櫻打乱麗』ぁぁ!!」
「何っ!?」
咄嗟に二刀を逆手に握り変え、まるでパンチの連打を浴びせるかの如くトレノに向かって突進するガロウ。
赤く滾った二刀が夜の闇に映えて互いに絡み合い、茨のような道筋を描く。
トレノはガロウの上に逃げていたので、その茨の道も天高く飛翔する。
「やるっ! 見事で美しい太刀筋だっ」
「こ、これを避けるのかっ! くそがっ!」
心底褒め称えているトレノであるが、氷狼の刃の青い光と共に辛くも避けたので、ガロウが闇に創りし赤い茨を回り込んだ青がこれまた映えるのだ。
「なんのっ! 当たるまで斬るだけだぁ! 櫻打乱麗っ!」
「フッ! 素晴らしき技なれど幾度も見せるとは、とんだ愚か者だなっ!」
ガロウがお構いなしに同じ技を繰り出してゆく。この櫻打乱麗という技。
以前ローダが柄でトレノを殴った櫻打に似ている、というより正確には櫻打をさらに昇華させたのがこの櫻打乱麗という訳だ。
しかし一度避けられた技だ、同じものを二回繰り出したところでどうにもなるものではない。
しかもガロウはローダとこの男がやり合っている処を見ていたというのに、同じ術中に下ろうとしているのだ。
当然のようにトレノの冷笑が止まることはない。
◇
「さてさて………この熱い戦いをただ見物? それは出来ない相談だよな」
「だよなっ!」
此方は再びローダが創りしヴァイロ達のための仮想空間だ。暗黒神の力を一時的に止めるという役目を終えたヴァイロが、実に楽し気にこの天下分け目とも言うべき戦いを腕組みしながら観ている。
ちなみに仮想空間とは何とも便利なもので、ノーウェンの見た目を失ったヴァイロは本来の姿に還っていた。
銀髪に赤い瞳、身長180cm程はありそうな優男。如何にも女に不自由しなそうなのに18歳のリンネ、そして16歳のミリア以外に特定の相手を作らなかった。
その隣で同じように腕を組んで真似をしたのは赤い髪の爆炎使いアズールだ。180cmの長身の脇をかためる少年は、実に愛嬌がある。
「何馬鹿言ってんの、ノーウェンっていう手足を失くした今のアンタに一体何が出来るってのよ」
呆れた………そんな顔でヴァイロとアズールに冷たい視線を送りつけるリンネである。
「いや、そいつはどうかな………。俺の魂を使って道化を動かしていたんだろ? その逆もまた然り、諦めたらそこで戦争終了だよ、リンネ君」
「いや、あの、それは寧ろ終わった方が良くない?」
150年前に天才と呼ばれたその思考がフルに回転を始めていた。ただその楽しさに誘われたか、別の緑の呼び水と自分が化していたことに、どこか間の抜けたヴァイロは気づいてなかった。