第10話 何て傲慢で美しき力か
ヴァイロ・カノン・アルベェリアはローダの接触すら用いたくせに、いきなりこの者との約束を違えたのである。
暗黒神としての能力を永遠に停止したりしない。ノーウェンを倒す間、一時的に止めるだけ。しかもそれを敢えて敵であるルイスとフォウを含む全員に告げたのだ。
(ヴァイロ………一体何を考えている?)
改めてローダが思い知る、他人の意識を全て理解するなんておとぎ話のようなものだ。増してや例え全て拾えたところで、互いを認め合える訳がない。
第一それが出来るのであれば、こんな回りくどいことをしないで真っ先に兄ルイスとの対話から始めるのだ。
叶わないと知っているのからヴァイロから綻びを作ってゆこうとしているのに。
「………済まないな竜騎士の青年、だが150年前に俺が失敗したのは、暗黒神としての立ち振る舞いであって魔法自体に罪はないと思い直した」
「そ、それは……ま、まあ確かに。だが現にマーダは、アンタの力で数多の命を散らした」
「マーダの方は、お前達がどうにかしてくれるんだろ? それにだ………」
何もヴァイロとてローダを本気で困らせようとしている訳ではない。ただあの如何にも優秀そうな後輩達を見ていると、自分の残した力の可能性を信じたくなった。
「また、少し意地の悪いことを言うのだが、俺にもそしてお前にも、いや、恐らくこの場にいる全ての者にあの爺さんが|作った力《プログラム》が走っているのだろ?」
「ああ……そうだが」
「それを情け容赦なく断罪されては悔しいだろ? 特にお前なら尚のことだ」
ヴァイロの言葉にハッとしてから、暫く押し黙ってしまうローダである。自分は扉の力を開くことが出来る、最初に認められた存在である。
これからヒビキのように後へ続く者が現れてゆくであろう。それらが必ず正しい道を歩むなんてことは在り得ないが、頭ごなしに否定するのも寂しいものだ。
「マーダは知らんがお前の兄は、ただ自身の野望ばかりで動いている気がしない。それにあのフォウって女魔導士とて絶対悪だと誰が言い切れる? そう思ったらローダ、お前にだけ力を貸すのは不公平だと感じたんだ」
「判った………それでいい、だが勝つのは俺達だ」
身勝手なことを口走っている自覚があるヴァイロであったが、それを聞いてなお「勝つのは俺達………」と自分の我を押し通すローダに少しだけ吹いてしまった。
◇
一方、不死鳥化したリイナに対し、似て非なるものであるフェネクスを取り込んで、戦いを挑もうとしている鬼女のセイン。
初めのうちはフェネクスに取り込まれ、以前のように燃え尽きるのかと思えた。
しかし取り込んだ筈の地獄の業火の方が、少しづつ鎮火してゆき、不死鳥を取り込んだリイナと同様、偽物のジオーネの姿に、炎の模様の如きものが浮かび上がってゆく。
「ほ、本当にセインがフェネクスを自分のものに!?」
「フフッ、だから言ったじゃないですか。屍術師に召喚された今の僕の身体は限りなく不死に近いと。いくらフェネクスが僕の身体を贄に燃え盛ろうとも、それに負けじと再生すれば良いだけのこと」
「いや、あのノーウェンと違って再生能力は………!? ま、まさか」
驚くリイナを冷酷な目で見下すジオーネがそこにはいる。勇気と幼さが同居した本物のジオーネであれば絶対にしない顔だ。
その偽のジオーネに指摘を入れようとしたジェリドが言葉を詰まらせる。ノーウェンの再生能力はその魂をマーダに囚われたから成せた業。
セインが同じことをした………ただそれだけの単純な結果なのではないのか?
「そこにいる斧の騎士は、どうやら気づいたようね。そういうことよ、私は召喚されて直ぐにあの気高きルイス様に魂を献上したの。フフッ、残念だったな。ノーウェンが消されてもこの私がいるのよ」
口調を自分本来のセインへ還らせると「あの気高きルイス様に……」の件でウットリと恍惚の表情を浮かべる。言い方がこれまで以上に艶めかしい。
もうゾクゾクして堪らない、ヴァイロのように無理矢理奪われたのではない。
望んで自分の一番大事な部品を捧げたのだ。その顔が赤みを帯びているのは、火の鳥を取り込んだことだけが理由ではないのは明白だ。
リイナがもう話は要らないとばかりに、魂も身体も全てを捧げた相手に飛び込んでゆく。顔だけは愛らしいジオのままであるが故に、それを殴るのは実に辛いが、心を鬼してその頬を左右に揺らす。
にわか仕込みではあるものの、ルシアから習った拳だ。黒き竜を叩いたときの幼稚さとは雲泥の差がある。
けれどもその攻勢は直ぐに止まる、リイナの拳をガシッと掴み、ニタァと笑う気色の悪いジオがいた。
「アハハッ! 効かない、全然効かないなあリイナ様。僕のことが大好きだから手加減しているのかなッ!」
「グッ!?」
掴んだままリイナの腕を強引に持ち上げ「かなッ!」の勢いに載せて、その腹に全力の打ち下ろしの左拳を叩き込む偽物のジオーネ。
身体をくの字に曲げて吐血しながら落下するリイナをジェリドが辛うじて受け止める。勢いがあり過ぎて頑強さを売りにしているその腕ですら折れたのではないかと思える程の痛みが走る。
再会出来た愛娘の酷い姿に気を失いかける母ホーリィーン。自分の頬を叩いて我を取り戻そうと懸命になる。
不死鳥の力をジオーネから受け継いで以来、最早敵なしと思われたリイナの思い掛けない有様に白側の誰もが茫然とした。
―ローダッ! それにヴァイロッ! とにかくサッサとこの屍術師を消して妹を助けないと取り返しがつかなくなるっ!
「ヴァイロよ、もう一刻の猶予もないっ! 今すぐに暗黒神としての力を何としても止めてくれっ!」
「ヴァイロ・カノン・アルベェリアの名において森の女神より得た永久の従属にどうか『刹那の暇を』」
ルシアからの悲痛な意識の声を聴いたローダが、自分より背の高いヴァイロの肩をグイッと引っ張り必死に訴える。
それに呼応しヴァイロが目を閉じ万感の想いで人生初の詠唱を心を込めて歌い切る。
実際には死んでいるので人生と言うには語弊があるが、ヴァイロにしてみれば男女の恋愛を超えた敬愛の域にある森の女神に休みを願い出ることが尊さを感じるのだ。
(何だアレは………あれだけ騒いでいながら元々停止する術があったとは笑わせる)
ふて寝をしていた筈のアギドが夢現の最中でそれを聴いて、心中で文句を垂れた。
「良いぞ、やるんだルシアァァ!!」
ルシアに届いた夫の叫びは、あくまで仮装空間からの意識に過ぎないのだが、肉声のソレよりも力強かった。
ルシアの目がカッと見開き、光速と錯覚させる程の勢いで不死であることを捨てさせられた屍術師の頭上から右拳を解き放つ。
ドゥーウェンとサイガンが張った結界を紙切れ同然に打ち破り、そのまま脳天を貫いた。何者も抗えぬ神罰の如き一撃が瞬時に相手を灰塵と化す。
いや、塵ですら間違いであるやも知れない……ノーウェンを形作る分子の繋がりを解き、原子核すら消し飛ばしたと錯覚する程の衝撃を見せつける。
どれだけ撃っても、幾ら刻んでも徒労にさせられた者の最期にしては、余りにあっけないものであった。
「あっ…………」
「な、何て傲慢な力か。何が扉だ、こんな力任せは余りに酷い………が、美しい」
暗黒神の魔法『重力解放』によって浮いていたフォウが力を失い落ち掛けた処へ赤い霧が集まり形を成したルイスが抱える。
ルシアの天罰の如き輝きに心奪われる二人であった。