第9話 俺は"弟子"には優しいんだ
人知れずローダとノーウェン………ではなく、その能力の片割れでルイスになる前のマーダに魂ごと取り込まれている暗黒神の真祖ヴァイロとの契約が成された。
一方ローダが創造した仮想空間の外では、竜之牙のローダと、紅色の蜃気楼のルイスが互いの剣で語り合いを始めていた。
現実世界のノーウェンは誰が相手をしているのかと言えば、ドゥーウェンが自由の爪の光線で取り囲んだ結界を張り、加えてサイガンも四方から心の壁で囲んでいた。
ルイスに向かって「貴方の相手は私よ」と言っていたルシアだが、現実では一見何もしているようには見えない。
けれども本当は未だ胎児であるヒビキと共に、ヴァイロと150年前の神竜戦争に関わる大量の意識を整理してローダへ渡す作業に集中していた。
もっとも喋れる訳がないヒビキ・ロットレンが、この状況に深く関与していたことが知れるのはずっと後の話である。
「幾らロクな武器がないからって僕のおさがりとも言うべきその剣を持ち出すとは………。弟には似合いだよ」
「クッ! そうやっていつもアンタは俺を見下すっ! それに使いこなせなかったから部下にやったって聞いたっ!」
そうなのだ、ルイスの言い分は負け惜しみなのである。元々ヴァイロの愛刀であった紅色の蜃気楼の優位性を感じ取ったルイスは、竜之牙をラファン砦の司令官に渡していた。
青い鯱ランチアと共にその司令官と対峙したジェリドの話によると、軽々と両手持ちの大剣を、まるでレイピアの如く操っていた以外に、特筆すべき能力を発揮出来ていなかったらしい。
だが驚いたことにローダは、この剣に潜むシグノの力を引き出したばかりか、ヴァロウズ9番目の黒き竜の力すら引き寄せた状態でルイスの前に現れたのだ。
だからルイスにして見れば実の所、戦々恐々《せんせんきょうきょう》の思いで立ち合いをしているのである。
不意に竜之牙が白い炎を帯びて燃え盛る、それを以ってローダが鋭い突きを連続して見舞うと、太刀筋の分だけ白い炎が消えずに残り火となった。
「そんなものが何になると言うんだっ!」
構うことなくルイスは紅色の蜃気楼を振るってそれを瞬時に一掃する。するとその場からローダの姿が消えていた。
「上かっ!」
ルイスが言った通りに上を向くと、既にローダは両手から何かを撃ち出す瞬間であった。左手から白い炎、右手からは青い炎か、はたまた絶対零度の冷気の何れかであろうものだ。
「紅色の蜃気楼!」
赤い霧となって自分の姿を完全に霧散させ、ローダの攻撃を容易く避けるルイスであったが、実は違和感を感じていた。
(どうしてなのだ? ローダの次の一手が………青い髪の少年の先読みが機能しなくなった?)
ヴァイロだけでない、アギドとローダが交わしていた約束は、静かに進行していた。
◇
「ところで奪われた能力だけを機能停止させる………本当にそんなことが出来るのか?」
「ヴァイ? マーダ……、あ、今はルイスか? まあどちらにも興味ないが俺の先読み………相手の心中を読む能力は、もうとっくに契約を解除した」
アギドは師であるヴァイロを小馬鹿にした態度でそう告げてから「もう俺は一切関わらない」と続けてから寝転んだ。興味ないといった態度だ。
「アギド、そう………なのか?」
「アハハッ!」
「ウプッ!」
ヴァイロが道化師のような顔の目を丸くして一番弟子を凝視する。その変化がちょっと面白くてリンネとアズールは思わず吹いてしまった。
「ヴァイ………少し冷静になれ、マーダが俺達を縛っている力の正体を。これは相手の心の隙を利用した封印術だって、いつもお前なら理解出来る筈だ」
「………心の隙、間隙を縫う術」
弟子であるアギドに言い渡された刹那、頭を巡らせてみる。成程……言われてみれば魔法力というより精神力で、当時の自分は敗れたような気がする。
「此方の心の持ち様でどうにでもなるって話さ。俺にすら解ける術をお前が解けない道理があるなら、興味深いから是非聞かせて欲しいものだ」
寝転んだまま、ぶっきらぼうに言い放つとアギドは、いびきを立てて本当に寝てしまった。
「心の持ち様………。俺が暗黒神の歴史を今、此処で断ち切る………か」
ローダと約束したというのに此処に至ってなおもヴァイロは悩んでしまった。暗黒神の魔法………確かに終わらせるべきかも知れない。
けれどそれがあったから、この子供達と唯一無二の思い出を築けたとも言えなくもない。自分の影であるノヴァンも生み出せた。
そんなことをウダウダ考えていたら、現実世界にいるノーウェンの視界を通して、現時点での暗黒神魔法最高の使い手の姿が映った。
「…………フォウ・クワットロ。何故撃たないのだ? 今ならどんな詠唱すらやれる筈。撃ち込むべき場所を考えているのか」
確かに今のフォウは敵の目から離れていた。ただ強力な攻撃魔法は、味方すら巻き込む恐れがある。
氷狼の刃使いであるトレノは示現流の使い手ガロウと交戦中、敵に化けて何かをやろうとしている鬼女のセインも不死鳥化したリイナと接近戦の真っ只中だ。
ルイスとローダは、もう言うまでもない。確かに撃つべき場所を迷う場面であるのかも知れない。
「そうか………やはり俺は色々どうかしていたらしい。確かに暗黒神である俺は戦の女神とマーダに敗れこそしたが、俺の魔法が………生み落としたものが元で敗れた訳じゃないんだ」
本当に自分は一体今まで何を見てきたのであろう、ヴァイロは自嘲気味に女魔導士のことを見つめた。
そしてようやく腹を括ったらしい、次は竜騎士と化したローダの方に視線を移す。
「竜の剣士よ、慌ただしいところを申し訳ないが頼みたいことがある」
「………」
仮想空間側にいるローダが黙って頷くと、ヴァイロの前に立って背中を向ける。その行動に年上であるヴァイロが苦笑する。
(全く………俺はまだ何も頼んじゃいないのってのに見透かしったってのか? 腹立たしい振る舞いだぜ)
遠慮せずにその生意気な若者の背中に右手を当てる。後は自分の想いを存分にぶつけるだけだ。
―双方、俺の声が聴こえるか? 俺の名は『ヴァイロ・カノン・アルベェリア』………暗黒神ヴァイロと名乗った方が通じるかな?
「ノーウェン? いや……ヴァイロか」
「ヴァイ………? どうして皆を相手に?」
ローダの接触を利用させて貰い、己の考えをその場で戦う全ての者へ告げようとしている。
自分の従順な屍術師の方ではなくて、魂を捉えていた暗黒神の声が脳内に響くのを複雑な気分で聞くルイス。
リンネには夫の行動が理解出来ない、暗黒神としての能力を約束通りに停止させるのであれば、誰にも知られぬままにやった方が効果的に決まっている。
―これより一時的だが暗黒神の能力を止めさせてもらう。本当なら黙ってやろうと思った。俺が力を送ることを止めれば、そこにいる道化師の不死が止まるらしいな………フフッ。
「ローダ? ……成程それがお前の狙いか」
ローダが150年前に敗れ去った連中と語り合い、マーダが捉えた能力者のうち、二人分の力を削ごうとしていることがルイスにも理解出来た。
現にアギドという青い髪の少年の能力は潰えているのだから明白だ。
ヴァイロの方は実に痛快な面持ちである。自分の気分一つで竜の剣士である弟か、はたまた神を気取った兄貴の方か。
この争いの天秤を己の匙加減一つでどうにでも揺らせるのだから、最高級のワインでも飲みながら楽しみたい位だ。
―だが少し気が変わった………
「何?」
―ルイス・ファルムーンとフォウ・クワットロ………。お前達は曲がりなりにも俺の後継者だ。俺は弟子には優しいんだ、要は敬意を払った上での行為だと思うがいい。
背中を貸しているローダの顔色が変わる。暗黒神の魂をマーダから引き継いでいるルイスと、その魔導の使い手であるフォウのことを後継者と、ヴァイロは楽しそうに認めたのだ。