第8話 アンタが火種になるのは間違ってる!
現実なのか或いは夢の世界か、とにかく真に迫る勢いでヴァイロの弟子達が「自分のためにやったことだ」と伝えてきた。
愛する子供達とこうして話が出来るだけでも、胸が詰まって落涙が止まらないというのに「お前は悪くないっ!」と追及され、もうどうしたら良いのか途方に暮れるヴァイロである。
―どうだヴァイロ、子供達の声が届いたか?
「ローダっ! 貴様、此奴等の声を集めて、俺をたばかる気か!」
子供達の声にローダの声が割って入る。文句を言うヴァイロだが、子供達の声が作り物でない事くらい、彼にも充分判っている。
―彼等だけじゃない、俺は他の仲間達や、お前に殺されたエディウスの兵士達とも話をした! 全ての魂の叫びを聞く勇気がお前にあるか。
「なっ! 馬鹿な、有り得ん事だ!」
ローダはとんでもない事を言い出した。自分が殺した人間の数だと!? 一体何人いると思っている?
―………あの時は、闇がどうだとか確かに言ったさ。そりゃ人間、殺されそうになれば恨み言の一つや二つ、言いたくもなるってもんだ。
「お前、あの時の修道騎士か!?」
少し申し訳なさげな声色で謝罪なのか、或いはただの愚痴なのか。ちょっと良く要領を得ない発言で割り込んだこの男こそ「皆を殺した貴様こそが最大の罪」と言ったエディウス兵に違いない。
………そして意識の声しか聞こえなかった白に黒を混ぜた竜騎士ローダが姿を現した。それもヴァイロの目の前で片膝を落とした恭順の姿勢を取っている。
「150年前に神と呼ばれた貴方に対する突然の無礼………済まないと思っている。この空間は俺が扉で創造した対話するための場所だ。実際の俺はルイスと剣を交えている」
「な、成程……しかしあの子供達は、ミリア、アズ※、アギド……そしてリンネの音色まで」
※アズールの愛称
しっかりと頭を垂れて低姿勢な態度を崩さず説明を始めるローダである。
今や完全に屍術師ノーウェンであることを忘れたヴァイロに取って、一番訊ねたいことはこの空間の正体ではない。
「それには順を追う必要がある。先ず俺は貴方も良く知る鳥人間のルチエノとその仲間達に会った」
「る、ルチエノ………。そうかあの海の上での出来事だな」
「そうだ、そして俺は神竜戦争より現在まで生き延びた約50の連中と意識を共有しようとした……だが俺一人の処理能力では追いつかないことを知り、ルシアの力を覚醒させ、彼女とヒビキで手分けをしながらようやくそれを成し得た」
ヴァイロとなったノーウェンが海上戦での出来事を思い出す。確かに言うことを聞かなかった亜人達がいた。あれがルチエノ達だったとは………。
さらにこの青年が突拍子もないことを言い出す。50の意識との会話を成功させた。その異常さに思わず後退りしてしまう。
「………加えてその50の意識を辿り、さらに白い竜と貴方の竜であったノヴァンと一つになって、死んだ魂達の知識も手に入れ、その中でも現世の者が強い思念を抱いている連中をこうして形にすることが出来た」
「………現世の者が強い思念を抱いている。お前凄いな、そんなこと屍術師にすら出来ない。確かに生き物を魂ごと召喚出来るが、あくまで傀儡………操るのだから本物でありながら本物でない」
ローダの行いを聞いて天を見上げて苦笑するヴァイロである。目の前に現れた子供達は蘇った訳ではない。
けれどもヴァイロが心底逢いたいと願い、恐らくあのお節介な黒き竜もこの引き合わせに力を貸したに違いない。
150年前に命を失った互いの真実を語り合いたくてどうしようもなかったあいつら4人、そういう意味では紛れもなく本物であった。
「確かに貴方は多くの人命を奪い、そして仲間達を戦場に送り出した。だがその罪を背負い暗黒神の力を未来永劫絶やさないつもりか? そんな事をすればフォウの様な悲しき魔導士がまた生まれるだけだ」
「そ、それはそうだが………」
優しさと神に対する敬意に溢れたローダの訴えに、ヴァイロは歪んだ顔を両手で隠す。
「ヴァイロ、もう止めよっ。こんなの絶対おかしいよ……アンタが暗黒神を辞めても、人は争いを止めはしない。でも、少なくともアンタが火種になり続けるのは、絶対に間違ってるっ!」
ローダの訴えに重ねたリンネの悲痛なる叫び、これまでに受けたどんな武器や魔法よりも染み入る。身体にも、そして何より曇った彼の心にも。
「だ、だが、俺の罪は決して消えない! 許されるものではないっ! いや、違う、俺が、この俺自身が自分の事を許せないんだっ!」
ヴァイロと心が一つになった道化師の二重の声は、とうにヴァイロだけに結実している。
それでも自分は、この道化の姿で罪を償い続けるしかないと吐き捨てた。
「…………そうか、そこまで頑なに言うのであれば、残酷なことを伝えよう」
「………?」
「お前と共に魂を封じられたその少年の能力、これからも好きなだけルイスに利用されることだろう。お前は自分の罪の償いを彼にすら押し付けようとするのか」
「…………っ!」
貴方と敬称していたのをお前に変え、立ち上がってヴァイロの胸倉を掴み、語気を荒げてローダが告げる。それを聞いたヴァイロがアギドの方を振り向くと目を合わせようとしない17の少年がいた。
ドガッ!
「だったらどうしろって言うんだッ! マーダの封印術は絶対だッ! 逃れる事など出来るもんかッ!」
脳天を地面にぶつけローダの問いに絶望を混じらせた大声で訴え返すヴァイロ。リンネとミリアがその口調の変化に懐かしさを感じる。
10歳程も年上なのに大人になりきれてない、ハッキリ言ってしまえば甘ったれた少し頼りのない喋りなのだ。
それをこの二人の女性は、飾りっけのない、そんな彼だからこそ好いていると想っている。
つい熱くなってしまったローダであったが、ヴァイロに喰って掛かるのを止めて落ち着いた態度へ戻る。
「確かにマーダから続く魂の封印術は絶対だと思う、だが奴に力を貸すの止めることなら今の貴方にも出来る筈だ」
「何ぃ?」
「こうして貴方やあのアギドという少年にも俺の想いを通じさせることが適ったのだ。俺には貴方達に対する強制力こそないが、此処まで意識に侵入出来たのだから向こうの強制力も弱体化しているだろう」
ローダに捕まれた襟を正しながら実に興味深いといった体で話にのめり込んでゆくヴァイロである。そして何かを察してニヤリッと笑って見せた。
「読めたぞお前の魂胆、アギドと暗黒神、ルイスの中に潜む俺達二人の力を削いでしまえばルイスの力を奪うのと同義。しかもこのノーウェンの朽ちぬ身体の原動力は俺の魂………」
「そういうことだ、ルイスの弱体化とノーウェンの不死を止めるのが本来の目的だ」
今度は自らの胸倉を掴み「このノーウェン……」と得意気な顔で返すヴァイロ。両目を閉じてそれを肯定するローダである。
…………フフッ、しっかりと打算ありきの人助けという訳か。しかも此奴開き直ってやがる。
「………良いだろうこの話、乗らせて貰おう。だがあの殺しても死なぬマーダをやらねば解決には至らんぞ、お手並み拝見といこうじゃないか」
「ありがたい、話の判る神様で助かる………」
ヴァイロが少々意地の悪い顔でローダを見ながら凄んでみたが、実に涼し気な顔で流された。
自分のことを神などと逆上せ上ったことなぞ一度もないが、つい今しがたまで悪魔王にでも拝謁するような畏敬で臨んでいたのが嘘のようだ。
…………真の扉使いの男は、交渉術の化物だな。
暗黒神はローダという男と接してこんな評価を取り合えず下すのであった。然も決して悪い気はしなかった。