第15話 戦場に生きる、この青年と共に
場面をサイガンが「この混乱に乗じて上陸……」と皆に告げた辺りに戻す。
「レイ、お前もだ。電磁砲の引き金を自動にして此方へ来い」
「何ィ? 弾を撃ち尽くせって言ったのは爺さんだろうが……」
「早く上陸して新しい相棒達で思う存分、暴れさせてやると言っておるのだ」
レイが「仕方ねえな……」と捨て台詞を吐いて、言われた通り自動に切り替えブリッジへと向かう。
彼女が辿り着いた頃には、他の仲間達全員がブリッジに揃っていて少々手狭なものを感じた。
「これよりフォルデノ城下町の外れに向けてSENDを実行に移す。もっとも今回は私も共に出向くから、船に戻す機能はない」
「おいおい待てよ、その転送とやらが出来ないからこの物々しい軍艦で俺達は進軍してるんじゃねえのか?」
ガロウの言うことは正しい、フォルデノ城とその周辺にルイスが結界を張ったのでSENDは放棄することにした。
「ガロウよ……状況は常に変化するのだ。そこにいる鳥人間のルチエノ、ローダが読み取った彼女の意識の中に存在した城下町の外れ。そこに結界が行き届いていない地点を見つけた」
「………そ、そりゃ随分と御都合の良い話だな」
「フフンッ……確かにそうだの。何でも150年前はとても美人でしかも良い声の女主人が経営している喫茶店があったらしい。それが結界の話と関連性があるかは知らんがな」
サイガンが「そこにいる……」と告げながらルチエノに視線を送る。不意な振りに慌てて頭を下げるルチエノである。
結界の切れ、とても良い声の女主人、その情報を持って来たハーピー、いよいよ都合が良過ぎて少々気味が悪いとすら感じるガロウ。
そんな弟子に構うことなく、例の見えないキーボードを叩いているサイガンである。
このやり取りを見聞きしたハイエルフのベランドナが、思わずハッとした顔を両手で覆う。
(な、何故………どうして忘れていたのでしょう。あんなに思い出深き場所を……)
「べ、ベランドナ? どうかしましたか?」
「い、いえ……な、何でもありませんマスター……」
とても優秀で頼りにしているパートナーの振る舞いに、驚いて声を掛けたドゥーウェンであったが、ベランドナは素知らぬフリで誤魔化した。
「カノンの時と違って敵の目前に出現出来る訳ではない。目指すフォルデノ城まで出来るだけ隠密と行きたいのだが……」
「……先生、それは流石に無理なんじゃないですか? きっと海上戦の時と同じようにノーウェンが用意した大勢の敵が待ち受けていますよ」
「だろうな……俺はフォルデノの聖騎士を経験していたから、余程街並みに変化がなければ案内自体は問題ないが……」
喋りながらも決して作業の手を休めることはないサイガン。漆黒の軍艦が派手にやらかしてくれてる合間に、実は本命である此方を進軍させたいという狙いは理解出来る。
けれども海上戦と同じ位の軍勢が待ち受けていようものなら、此方とて派手に暴れるしかない。
それに死んだヴァロウズの連中すら含んでいたら、加減などしている余裕は皆無であろう。
先述の通り、ジェリドは元フォルデノ聖騎士だったのだから、城までの道程には明るいが、ドゥーウェン同様、余り期待はしないで欲しいといった体である。
「…………敵と出くわすまでは静かに行こう。だが遭遇したら寧ろ全力で構わない」
皆が勝手なことを言い、収拾がつかないと思われたところで、ローダが口を開いた。皆の視線が彼一点に注がれる。
「兄ルイスは自分の能力に絶対の自信を持っている、だからこそ派手に馬鹿にするんだ」
「敵の総大将を馬鹿にするってか? いいねぇ~俺そういうの大好きなのよ、一番上から見下してる奴に吠え面かかせるようなやり方」
「成程……精神の乱れは戦いに於いて有効打になるからな。ただ早過ぎる仕掛けは、立ち直る時間を与えかねんぞ」
ローダの「馬鹿にするんだ」という言葉に気持ち良く反応するランチアである。彼は戦いに於いて常に精神的上位に立とうすることを忘れない。
正確な思考を持つ相手ならなおのことだ。ジェリドが同意しつつも釘を刺すことも忘れはしない。
「それも判ってるつもりだ……だが最終的には全てにおいて此方が圧倒する。小細工が通じるは最初だけだ。そういう準備をしたつもりだ」
「良いじゃない、意気込み充分ね。ところで最初から飛ばしてくっていうのはアイリスも含んでるの?」
ジェリドの忠告を真っ向から受け止めた上でその上を征くと宣言するローダ。とても頼もしいと感じたルシアが、答えの想像がついている質問を投げる。
「そうだ戦闘を開始次第、アイリスを使ってくれ。最初から蹂躙するんだ。それでは城《最後》まで持たないと思うだろうが、俺達には緑色の輝きがある」
「おおっ、そういやフォルテザでの争いの時も、お前達二人のあの輝きから時間切れした筈の力が蘇った気がしたな」
ガロウがフォルテザでの終盤戦を回想する。自分達のアイリスが終わったのにローダとルシアが参戦した途端、アイリスの能力はおろか、アバラが折られた痛みすら忘れたのを思い出した。
「それはそうでしたが、解明し切れてないものをアテにして大丈夫ですか?」
「それが出来なければ俺達は恐らく負ける……やるしかないんだ」
この質問はドゥーウェンからだ。この返答には少々の躊躇いも混じっている気もするが、我らがローダの意気込みだけは疑いようがないと感じ、彼も満足した。
「ローダよ、SENDの準備が整った。もういつでも往けるぞ」
「了解だ……ルチエノ、そして亜人族の皆はこの船の撤退を手伝って欲しい」
「わ、私達の力は不要だと仰るのですか!?」
自分達は置いてきぼり……その決断を聞いたルチエノは、これまでにない強い口調でローダに喰ってかかる。これは少し意外であった。
そんなルチエノの両肩に手を置いてローダが真剣な眼差しで返すのだ。
「そんなことは決してない、ただもう既に君達から大事なものを俺は受け取っているんだ。間違いなく勝利に導いてくれるものだ」
「ローダ……様?」
「すまない、言っていることがまるで判らないと思う。だがこれだけは誓う、暗黒神……いやヴァイロ・カノン・アルベェリア、彼の魂を絶対に解放し、黄泉へ葬送ると」
「………お、お願い申し上げますっ! ど、どうかあの御方をお救い下さいっ!」
ローダの口からヴァイロの名前が出るや否や、ルチエノは、その場に泣き崩れてしまう。しかし直ぐに立ち上がって此方も誓うのだ。「皆様の帰る場所を必ず守り抜きます」と。
…………そしてローダは、皆の顔を見渡す、彼らしい温和な表情で。
「………レイ、サイガン、ドゥーウェン、ベランドナ、ランチア、プリドール、ジェリド、リイナ、ガロウ……そしてルシア」
ローダに名前を呼ばれた皆の顔が高揚している。決して戦いに行き急いでいる訳ではない。それぞれが血の滾りを感じている。
この青年は、死すら恐れない兵を戦場へ送り出すような大将の器ではない。味方一人一人の力を信じて疑わない、その想いが何故か伝わってくるからやれるという気概が生まれるようだ。
「これで最後にしよう……絶対に勝つッ! そして全てを取り戻すッ!」
「おおっ! 終わったらほおづきと子供らに自慢するぞっ!」
「せいぜい派手に撃ちまくるぜッ! どうせこれが最後だからなッ!」
「私の中のジオ、一緒に頑張ろう!」
「リィン……済まないが今一度だけ力を貸してくれ………アルベェラータの名に誓って我が手に勝利あらんことを」
「行きましょうベランドナ、150年前の因縁にもケリをつけに」
「はい 私のマスター」
「ああ、とっとと終わらせてラオの海に帰ってやるぜぇッ!」
「エトラ様…………ロッソ家の名に恥じぬ戦いをして参ります」
「………ローダ、ルシア、そしてヒビキよ。必ずや生きて帰ろうぞ」
ローダが右の拳を宙へ振り上げると同時に皆の歓声が沸き起こった。そこへルシアが駆け寄って愛しき旦那を抱きしめる。もうルシアに言葉は不要だ。
夫の目指す先が彼女の目指す先なのである。
ちなみにサイガンの言うヒビキとは、まだ見ぬ孫の名前である。男の子でも女の子でも構わない。
平和を願って扉の力に頼る父の名を永遠に響かせたい、そんな想いが込められた名だ。そして後世に正義は我に在りと伝わることを。