第14話 偽りの黒い進軍
フォルデノ城付近から放たれたと思しき赤い瞬時の輝きが、ネロ・カルビノンの左側面に大穴を穿つ。
虎の子のつもりで用意した電磁砲と同一の攻撃を向こうも用意していた? しかもこの夜の闇の中を抜いて? 様々な驚きが皆の胸中で渦を巻く。
「ひ、左側面大破ッ!」
「判り切ったことを言うんじゃありませんっ! 被弾箇所を捨てればまだ航行出来る筈ですっ! レーナさん、初弾と次弾の経過時間をレイさんにっ!」
「りょ、了解っ!」
初弾は甲板上であったが、それで船の下まで貫けないと知ったのか、次弾は航行に支障をきたしそうな場所を狙われた。
ドゥーウェンが悔しそうに爪を噛む「だがこれしきでこのネロ・カルビノンが終わると思わないで下さいよ……」とブツブツ言っている。
「…… 了解、俺の前で堂々と銃撃、もう二度目はねえよッ!」
レイも次弾で相手の座標を即時で頭に叩き込み、電磁砲の引き金を引く。
次は何か同士が激しく正面からぶつかり合う爆音が船に乗る全員の聴覚を激しく刺激する。
落雷? 破裂? 爆破? 最早どう表現したら良いか判別出来ない効果音、とにかく鼓膜を破られていまいか心配になる。
「へッ! どうよッ、狙い撃ってやったぜッ!」
「す、凄い……この数十秒間でレイは、相手の狙撃位置を正確に見抜き、しかも次弾に此方の砲撃を寸分違わぬ位置に合わせたっ!?」
サイガンが珍しく拳を握り締めながらこの状況を解説する。レイが此方側に移ってくれて本当に良かったと神に感謝したい気分だ。
「爺さん、これで驚いちゃ次で心臓が止まるぜぇぇッ!」
レイが次弾の装填が済んだ同刻に再び引き金を引いた。この砲撃を邪魔出来るものはいなかった。
レイの照準には、相手側の電磁砲台が崩れ落ちる様が見て取れる。正確に見えた訳ではないが、手応えで充分に判断出来るのだ。
「よっしゃあァァァッ!! 墜としたぜッ!!」
「や、やったの?」
無線で届いたレイの勝どきの声、船中が歓声で一挙に沸いた。レイは此方の電磁砲の方が装填時間が僅かに速いことを利用して、撃たれる前に狙撃したのだ。
「フゥ……た、確かにな。本当に心臓が止まるかと思ったぞい……」
「レイさん、銃弾はまだまだありますっ! もうバンバン遠慮せずに撃ち尽くして下さいっ!」
「あいよっ! 次は乱れ撃つッ!!」
取り合えず相手側の遠距離砲を墜とせたことに思わず溜息をつくサイガン。ドゥーウェンの景気良い指示にレイの気分がさらに高揚する。
「ミサイル、そして他の弾薬も残さず撃ち尽くすのだ!」
「サイガン総司令? レイ様と違って此方は何も見えんのですが……第一電磁砲と違って届くとは……」
「そんなもの、レイの撃った方角を目掛ければ良かろうがっ!」
「りょ、了解!」
一見勢いだけに聞こえたサイガンの指示に砲撃手の船員の一人が異議を唱えようとしたところを頭ごなしに怒鳴り散らす。
全ての砲門を開いて撃ち方を始めるネロ・カルビノン。黒い海に浮かぶ漆黒の船体から盛大な花火がぶち上がる。
「サイガン、良いのか? これではフォルデノ城下町すら傷物になるが………」
「嗚呼……だが止むをおえん。ローダよ、お前さんも敵側の電磁砲をどうやって創造したか想像出来ておろう」
「…………っ!」
「第二、第三の電磁砲に撃たれたら此方が終わるのだ。そうなっては元も子もない」
見ただけで電磁砲を創造出来る存在……それは間違いなくルイスの扉によるものだろう。
ただ弾の装填時間までは、流石に想像が回らなかったのであろう。サイガンとて辛い表情をしている、罪のないフォルデノの城下町に住む人々を巻き込みたくはないのだ。
「それよりもこの混乱に乗じて上陸作戦を開始する! 船員以外の皆を集まるのだ!」
まだフォルデノ城までは距離がある、サイガンは一体何を仕出かそうというのであろうか。
◇
「ククッ……レイめ、やってくれる。拳銃以外には興味ないような事を言ってた割には」
レイの砲撃によって崩壊した此方側の電磁砲台を眺めながらルイスが笑う。
彼の言う通り、二丁の相棒を奪い返してきたレイは、ついで頂戴してきたガトリング砲などを「好きにしな…」と放ったのだ。
ライフルの様に照準を合わせ、静かに相手を暗殺する様な武器に興味があるとは想像出来なかった。
正確に言うとマーダ、そしてルイスですら興味の範疇外であったと言える。
これがやがて後に多大な影響を及ぼすことになるのだが、それについて今は触れない。
「未だ奴等は海上におります、此方から仕掛けますか?」
「それは嫌だよノーウェン、見なよ、まるで火薬庫が爆発しながら突っ込んでくるあの様を。貴重な味方を撃ち落とされに往くようなものだよ」
「………思慮が足らず申し訳ございません」
次の仕掛けをノーウェンが進言したが、アッサリと却下された。苦虫を噛む思いで頭を下げる。
「いや…その意気込み、実に頼もしいよ。次…最後は此処を戦場にする。大いに働いて欲しい」
「無論……必ずや御期待に添えて見せます」
終始余裕の笑顔を崩そうとしないルイスである。演劇を観ている側のような態度も続けている。
一方ノーウェンが見せる下僕の如き忠義の色も変わらない。
そんな穏やかな空気が漂う王の間の扉が、バタンッ! と騒々しい音を以って開け放たれた。
「て、敵襲でございますッ! 城下町に放った不死の兵団が次々とやられておりますッ!」
「……爆炎」
白の軍団が攻め込んできたこと伝令にきた兵。実に忠信な行い……とは評価されずノーウェンは、容赦なくゼロ詠唱の爆炎で爆散させた。
「不死の人間如きが断りもなくルイス様の御前に……地獄で恥を知るが良い」
態々報告を挙げに来たこの兵士とて、ノーウェンから見ればただの傀儡。
ならば傀儡らしく敵とやり合うべきであると思っている。焦げた人間の匂いが鼻を突き、思わずフォウが顔をしかめる。
「な、何だと? では未だ海上から撃つのを止めないアレは一体何だと言うんだい?」
余裕がそのまま人格を成していたようなルイスから遂に笑顔が消し飛んだ。予定調和……それが機能している間は実に揺るぐことを知らない。
けれども崩れた途端にがむしゃらな者より弱さを見せる。一体何手目を間違えたのか? 何度も言うが彼は漆黒の軍艦の有り様を全て見ていた。
屍術師ノーウェンが召喚した連中にAYAME Ver2.0を仕込んで赤い爆弾として仕掛けさせた。
これは負けであるが、相手の力を粒さに知ることとなり、電磁砲すら創造出来た。
それを相手よりも先に仕向け、混乱へ貶めることに成功した。今、あの軍艦は一見破竹の侵攻をしているようだが、実はそうするより他にない所へ釘付けとしたのだ。
後はあの船ごと海の藻屑とするか、下船してきた所を撃ち落とすか、如何ようにも好きに出来た筈だというのに……。
「る、ルイス様……。お、恐れながら敵が既に上陸して此方に向かっているというのなら打ち滅ぼすだけかと……」
「フォウ・クワットロ……そうだね君の言うことは概ね正しい。ただ今、問題にしてるのはそこじゃないのだよ。このルイス・ファルムーンが裏をかかれた、それこそが由々しき事態なんだ」
思いの外、我が主様が乱れているので、ロッキングチェアから立ち上がり進言するフォウ。
彼女の言うことは正論だというのに、己の頭を鷲掴みにして、目をひん剥いて睨みつけた。