第12話 彼女を通して聞こえる声
戦いが終わってローダが試したかったこと。それは50もの意識を一度に取り込むというとんでもないものであった。
増してや150年前、暗黒神と呼ばれたヴァイロと共に戦った連中を自分で捜し当てるというのだから、実質この場にいる全ての亜人の記憶を捜索するという、前代未聞のやり方である。
「フーッ! フーッ!」
苦しみに満ちた息を吐き出すローダである。目は血走り、血管が浮かび上がり、高熱でも患ってるかのように真っ赤な顔だ。
「無茶が過ぎるっ! もう止めんかっ!」
「………ハッ!」
サイガンに背中を叩かれローダは我に返ることが出来た。そのまま前倒しになって、甲板上で目を剥いたまま荒い息を吐き続ける。
「あ、貴方っ!」
慌てて駆け寄るルシア、旦那の頭と甲板の間に自分の両腿を差し出した。ローダが真っ直ぐな目で「試したいことがある……」と告げた時からこうなる事を心配していた。
何故と問われても理由はないが、だからこその「無茶はしないで…」だったのであり、自分の力すら必要としていないという全く望んでいない結果をいきなり齎されたのが辛い。
「ハァ…ハァ…ハァ…、クッ! くっそぉぉぉぉ!」
変わらず前に突っ伏したまま自分の無力さに大いに立腹するローダ。一体何が彼を此処までで駆り立てたのであろう。
「こ、これが出来なくては……俺にはもう何も希望がないん…だ……」
搾り出す様に此処まで発言するとローダは意識を失った。それを今度はルシアが抱えて医務室へ運ぶ。
先程、竜の上にいた時と完全に入れ替わった形となってしまった。
◇
一方此方は、ローダ達一行が目指しているフォルデノ城だ。此方も当然朝陽が昇り、東側の窓から陽光が照りつけ始める。
「赤い爆弾………失敗に終わったようだ」
「………も、申し訳ございませぬ」
相変わらず玉座でふんぞり返っているルイスであるが「全てお見通しさ……」と言わんばかりの態度で告げる。
それを聞いた屍術師のノーウェンが、慌てて玉座の前に駆け寄り深々と頭を垂れる。二重の声が上擦っている。
「頭を上げてくれたまえノーウェン、何も君の責を問うつもりじゃないんだ。何せこのやり方を支持したのは、この僕自身なのだから………」
「い、いえ………」
この忠実なる僕は「………だからこそ成し遂げたかった」と続けたかったのだが、狼狽えつつ口を閉じた。
もうどんな申し開きをしようとも、主のフォローになるとは思えなかったからだ。
「………いや、本当に良いのだよ。元々あれしきの戦力で墜とせるとは思っていなったのだから。弟が扉の力を披露したのも見られたし、向こうの戦力も知れた。寧ろ僕は満足している」
「………威力偵察、でございますね」
「そういうことさフォウ………流石に僕の妻になる器だよ」
ルイスの脇には、この城の従者に準備させたロッキングチェアが鎮座している。これにフォウが座り、ゆったりとくつろいでいた。
その様子を充足感に溢れた顔でルイスが眺める。この二人だけを見ている限りだと、此処で間もなく起きる戦乱など想像出来ない。
「それに此方側に良い兵を残してくれた、盤石と言って差し支えないのだよ。この僕達は………」
「は、ハッ! その残兵の調整はお任せ下さい」
「………期待しているよ」
ノーウェンが再び頭を下げて、王の間を後にした。ルイスの崩れぬ余裕の笑顔は、コケにしてるのか、本当に頼もしいと感じているか読心出来ない。
(…………そんなことよりも弟は一体何を謀っている? そちらの方が俄然気になる)
やはり海上戦《負け戦》後の出来事すら知っているらしい。ただローダの真意だけは推し量れていないようだ。
◇
ローダが倒れてから半日が経過し、海は再び暗黒の色に入れ替わろうしている直前………所謂、黄昏時といった処だ。
医務室のベッドの上でローダは夢を見ていた。150年前に起きた白い竜を率いた戦の女神軍と、黒き竜を擁した暗黒神軍の大戦だ。
この映像は今朝方、約50名の意識から辛うじて得られた情報。よって夢には違いないが、その時に感じ取ったものを再び見ているに過ぎない。
それはそれは筆舌し難い争いであった。巨大な二頭のドラゴンが相対しているだけでもう異常なのだが、魔導士だけでなく、魔法剣士や音を操る者もいた。
どう見ても子供にしか見えないエルフが獅子奮迅の活躍を見せたかと思いきや、戦の女神側は、攻撃の奇跡を操る者が立ち塞がる。
勿論、ルチエノ達も暗黒神側として大勢が参戦し、その命を散らしていた。如何に丈夫な彼等と言えど、戦の女神軍と白い竜は余りに強過ぎた。
「う、うぅ………」
「ローダ………とても辛そう」
此方はその夢を見ている夫にずっと付き添っているルシアの側だ。時折呻いたり、首を強く振る姿が痛々しい。
一体どんな地獄を見ているのか、いっそのこと起こすべきかと見守っている。
気がつけば薬指に嵌めたものが光る左手が毛布から出ていることに気づいた彼女は、自然とその手に自分の指を絡ませて繋いでゆく。
自分もその地獄の夢の果てに連れて行って欲しい………幸福だけじゃなく不幸だって一緒に背負う、それすら反転させて幸せに変えてみせる。
こういう時の女性は大抵強いものだ。それはルシアに限った話ではない、男という生物は弱った連れを見ると何をしたら良いか………先ず無駄な思考が走る。
効率を重視する余り、結果大した力になれないのだ。
その点、女性は先ず動きから入れる。然も個人差こそあれど、行動しながら最善策を自然と選択出来るのだ。
「ハッ!? ………ゆ、夢か」
「よ、良かった……あれから8時間も目覚めないから心配で……」
凄い寝汗をかいていたことに気づくローダ。ゆっくり身体を起こして首を振る。此処で女性は涙してしまう。
取り合えず良い結果が降りてきたのを確認してから初めて弱味を見せるのだ。
「そ、そうか……す、すまない……」
「うっ、うっ……」
今度は嗚咽してるルシアの方をローダがあやす番である。この様子だと8時間ずっと隣で付き添ってくれていたのであろう。
泣いてるルシアの頭を優しく抱え、潮風に晒されて、だいぶべとついている金髪を撫でる。勿論気になるどころか愛おしくて仕方がない。
―良かった……最期にお前を守れて……。
―……ならばどうだと言うのだ、不甲斐なき暗黒神……。
「な、何だ今の声は?」
「………?」
突如頭の中に知らぬ声が矢継ぎ早に入っては消えてゆくのをローダは感じ取る。
―俺はアンタと喧嘩してぇッ!
―……30秒あれば充分……。
―死者を想い流す涙に嘘、偽りはございませんよ……。
「い、今の声は間違いなくルチエノっ!」
「ろ、ローダ!? あ、貴方一体!?」
突然ローダがルシアの額に、自分の額を合わせてゆく。訳が判らないルシアを他所にローダはその態勢のままで、両目を閉じて意識を集中してゆく。
「お、俺の中に……多くの人の流れが入って一つになるのを確かに感じる……」
ローダは目が覚める思いだ、独り孤独にあれほど頑張って、今を生きている者達の心の声を聴こうと必死になったがまるで駄目だった。
けれど今はルシアを通して皆の声を集約出来る。それも150年前に死んでいった者達の末期の声すらもだ。
「そ、そうかルシア。やはりお前は俺を導く希望の星だ! いけるっ! やれるぞこれならっ!」
「え、え、えーっ、わ、訳判んないよぉ!」
いよいよルシアには、もう状況が把握出来ない。額をあてがうのを止めたかと思いきや、ガッと両肩を掴まれてから、例の真っ直ぐした目で見つめて言い放たれる。
加えて頭が痛くなる程に胸に押し付けられ、抱きしめられ、もうどうしたら良いか判らず、ただただ逆らうことを諦めた。