第9話 竜之牙の正体が蹂躙を始めてゆく
ヴァロウズの女戦士ティン・クェンVs馬上槍の使い手、赤い鯱と戦斧の騎士ジェリドの戦い。
拳闘を得意とするティンがその華麗なフットワークで二人を圧倒するかと思いきや、ジェリドの知恵と重戦車の如きプリドールの二人組が見事に機能し、今のところ優勢に事を成している。
一方、鳥人間のルチエノから、捨て身の爆弾作戦を聞かされたローダは、早速全ての仲間達へ打電する。
二丁拳銃のレイ、示現流の侍大将ガロウ、槍斧の使い手ランチアの三人は、フォルデノ城での戦いに備え、赤い輝きを出し惜しみしている場合じゃないと言い切った。
―アイリスを使うのは少しだけ待ってくれないか………試したいことがある。それを見届けてからにして欲しい。
皆に危機を知らせ、アイリスを煽動したかに思えたローダが接触で次はまさかの「待った」を告げる。
「な、何だと? じゃあそこまで迫って来てる爆弾共はどーすんだよっ!」
キレ気味にレイが言い返してくる、至極真っ当な反論であろう。
―船に張り付く直前の奴等を優先して消して欲しい、半径100m以内に迫られた分は、俺のやり方が成功しても上手くはいかない………頼む。
ローダの声は相変わらず愛想が少なくキレの悪い応答だった。これを質問されたレイのみならず、またも全員に向けて流してゆく。
「チィッ! 暴れんのはお預けってかァ? 判った、期待してるぜローダの坊や。………とは言え俺の電磁砲で近距離は分が悪い。此方は変わらず近づける前に狙い撃つッ!」
「レイっ!? ったく……その物判りの良さは何だあ? 肉片の後始末かよ………おぃローダっ! そのお試しが駄目な時は、もう誰の言うことも聞かんからなっ!」
「俺のジャベリンはせめて魚を獲る方に使いたいもんだが……ヤレヤレ、了解したぜ」
舌打ちした割に苦笑いが入り混じった声で返事するレイ、ガロウとランチアが「俺達ゴミ処理班かよ」と文句を垂れるが、この二人とて本気で怒っている訳ではなさそうだ。
そんな押し問答をしている最中、残った4つの自由の爪達が、ネロ・カルビノンに近寄って来る赤い肉片を光線で焼き払う。
―了解ですローダさん、一体何を見せてくれるのか知りませんがお任せあれ。
―皆の者、聞いての通りだ。あのケンタウロスと女戦士を相手にしていない者は船周囲の迎撃を密に。機銃、ミサイルが扱える乗組員も総動員だ。
さらに不死鳥の力で飛ぶリイナが、近づく肉片を次々と燃え滾る拳で叩き潰し続けてゆく。
同時に再び操舵で燃えるナイフを操り、今度こそはと確実に消し炭にする。
カノンで初披露した不死鳥の力、あの時は少々力に溺れたきらいがあったが流石に賢い15歳だ。
微笑ましい、そして実に頼もしい、味方が、そして何より我等がリーダーが本物に成りつつあると感じたドゥーウェンとサイガン。
互いに顔を合わせて微笑する。「もう少しリーダーらしい声を出して欲しいもんだがな」と義父は付け加えた。
さて………そのローダである。ルチエノが不安視している目前で、目を閉じ意識を高めてゆく。
「………『竜之牙』」
「うわっ! えっ? 竜之牙ってまさかあの……」
ローダの呼び掛けに瞬時に応じ、竜之牙が、二人の目前にその白い刃を見せつけて姿を現す。
ローダはこの武器を携帯していた訳ではない、本当に呼び寄せたのだ。ロングソードを鞘に収め、竜之牙の柄を握る。
その様子を懐かしくも恐ろしい思い出と共に見つめるルチエノである。暗黒神を負かした相手の愛刀が、味方のリーダーに握られている。
何とも不思議な輪廻だと感じずにはいられなかった。
「さあ竜之牙よ、その真の姿を我が前に示すのだっ!」
「え………ふわぁぁ!」
ルチエノの驚きの連鎖が止まらない、竜之牙が数多の白い鳥のような羽を撒き散らしながら、大剣であった姿を捨てる。
大量の白い羽が集まったかと思いきや、白い鳥のような巨大な竜が、悠然とその姿を顕わにしたではないか。
「ま、間違いないです。これは私達が相手をした白い竜……シグノです。ざ、竜之牙に化けたところは150年前にも見ましたが」
「そうか、やっぱりルチエノはこの竜を知っているんだな。……ということは取り合えず成功だ、さあ行こう共に……」
生き証人であるルチエノが「間違いない……」と驚くのを見てローダの方は安堵する。これがシグノでなければ大失策だ。
まるで飼い主であるかの気軽さで、ローダはヒョイと自分達の何十倍もありそうな首の上に跨ると、ルチエノへ向かって手を差し伸べる。
(ま、まさか黒の方でなく此方に騎乗する日が来ようとは……)
実に複雑な想いを織り交ぜつつルチエノがその手を握り、ローダの後ろに乗り込む。
馬の首でも小突くかのようにその白い首をポンッと叩くと「キィ……」と意外な程、可愛げのある鳴き声と共に大きく羽ばたいゆく。
「う、うわぁぁぁっ! は、速いですっ!」
ルチエノとて150年前の戦場にて、瞬間移動とも思える他を圧倒する飛び方を嫌というほど目撃した筈である。
戦の女神を載せたシグノは、神の都ロッギオネからヴァイロ達の住むカノンまでを数時間で往復したという。「お、落ちるっ!」と叫びつつルチエノは、咄嗟にローダへしがみついた。
「ろ、ローダお兄さまっ!?」
(な、何よアレ?)
ネロ・カルビノンの後方へ飛んでゆくその姿を目撃したリイナとルシア。白く美しい竜に跨る仲睦まじい男女のような記憶を二人に焼き付けてしまう。
…………だがまあこの話題は、正直面倒なので取り合えず拡げないこととする。
シグノが早速その巨大な口を開けて大きく息を吸い、一挙に噴き出す。
ベランドナが創った雷撃……雷神よりも幅広で、遠距離まで届く竜の息が赤い肉片を燃やし尽くした。
「せ、先生っ! あのドラゴン一体何処から!?」
「………ローダに竜之牙を預けたと言ったであろう。アレが、アレこそが竜之牙の本体、シグノだ」
ドゥーウェンに答えを告げるサイガンとてその目で見るのはこれは初めて。こんな外野の会話しているうちに既に幾度も同じものを吐き続けている。
(これは勝ったな……海上戦は我々の勝利だ)
ニヤリッと笑いつつ此方の勝利を疑わないサイガンであった。
◇
ルシアとケンタウロスのゾルドによる争いに場面を戻す。ルシアの見事な連撃から踵落としに頭を揺さぶられ、動きを鈍らせるゾルドである。
顔には燃える爪による火傷の跡……実に痛々しい姿だ。
「フンッ!」
お次は鼻息一つでヒートニードルと共に左拳を真っ直ぐ突き出す。ゾルドの盾が目の前にあったのだがお構いなしで、左肩まで貫通させる。
「グアァァァ! な、何のこれしきっ!」
「クッ!?」
ゾルド一番の強みである足を活かして劣勢にも拘わらず、突き刺された盾もろともブチかましを狙う。
これはゾルドに一応の軍配が上がる、盾を突き刺したことがルシアに取っての裏目となった。
その場に固定を余儀なくされ盾越しに受けた衝撃で呻き声を上げてしまう。
もっともゾルドとて肩に刺さった爪がさらに深くなってしまうことで傷口から大量に出血する。然も焦げる自身の肉の匂いが鼻をつく。
「つ、遂に捉えたぞ女ッ!」
「ど、どこがっ!」
正にその身を切らして骨を断つ、ルシアのヒートニードルが根元まで刺さりゾルドの肩とルシアの拳が密着している。
ルシアは左手首を外へ払うことでゾルドの肩を斬り裂いて抜け出そうとしたのだが、相手はそれを許さず左肩の筋肉に力を込め、さらに三日月刀を捨て、ルシアの左腕をガシリッと握りしめた。
…………確かにこれでは逃げられない、けれどもこの状況でゾルドが出来る攻撃とは一体何か?