第8話 彷徨える魂による扉の爆弾
拳闘を得意するヴァロウズ5番目の女戦士、対するは完全武装した赤い鯱ことプリドールと柄の長い斧の騎士ジェリド。
加えてジェリドがアイリスによって描いた幻影のホーリィーンだ。
拳闘士の身軽なフットワークに加え、アイリスによる能力底上げがあるティン・クェン。
例えリイナの不死鳥の鳴き声とリイナ&ホーリィーンによる彷徨える魂の動きを妨げる救世の奇跡というハンデがあるにせよ、よもや鎧に身を包んだ騎士に後れをとるなど絶対にあってはならない、在り得ない。
しかしプリドールの後ろでティンよりも速く動き、斧の矛先で左足親指損傷という酷い屈辱を受けた。
………一体何故、こんな事態となったのか? これは意外と簡単なカラクリだ、初手の赤い鯱と斧の騎士がワザと遅く動いたのだ。
これを相手の全速と見誤ったティン、それに合わせて上回る動きを使ってしまった。相手……特にこのランスの女、全てが全身全霊の攻撃だと刷り込みが出来上がっている。
無駄な体力は使わない、試合巧者な筈のティンが、実戦巧者のプリドールとジェリドにまんまとしてやられた訳である。
そんな悩みごとをさせる余裕すら与えないプリドール、足を負傷した隙を見逃さず、盾を前面に押し出してからの左肩に目一杯重心を載せたショルダーチャージ。
ティンがこれをモロに喰らい突き飛ばされてしまう。後方にぶつかる物が何もなかったのが不幸中の幸いであった。
「クソッ! おのれよくもこんな屈辱をっ!」
貴重な親指を一つ失い踏ん張りが効かない筈のティンなのだが、そこは根性とアイリスによる補助でどうにかしたのか、もう睨み合いは不要! とばかりに両腕を挙げて飛び込んで来た。
「リィン!」
「ビータ・ポテンザ、戦の女神よ、 我に応えよ。 この命の力、魂の炎の揺らぎをこの者へ捧げよ『アニマザマ』!」
この刹那を活かさない選択肢など在り得ない、ジェリドが妻を愛称で呼ぶと攻撃力強化の奇跡、アニマザマを詠唱し、プリドールへと繋げる。
「うおぉぉぉぉっ!!」
睨み合いの時間は終わり、それは此方にしても同じことと言わんばかりに、プリドールも馬上槍による突貫にて応戦する。
アニマザマのお陰なのか、その突進力がさらに増しているようだ。ティンにとっては何が何でも避けなければならぬその攻撃。
最小の動きで回避、顔を狙ってきたのが幸いした。首さえ動かせば訳なくかわせた。とはいえど、耳元でランスが空気すら斬り裂いた音は心臓に悪い。
当たっていれば間違いなく首が消し飛んでいたことだろう。
さあ、ようやく此方の攻撃だ。ティンの拳が電撃のようなものを帯びているのが見て取れる。
炎の殴り込みを得意とするルシアに対し、彼女は稲妻を選んだのであろうか。これは少々子供じみている気がしなくもない。
とにかく今度ばかりはプリドールが相手の攻撃を避けるべきだ。喰らえばただダメージを食うばかりでなく、恐らく痺れで動きが封じられる。
次はどうやってこの雷神を封じるのか? Ver2.0の脳と中枢神経をフル回転させるジェリドである。
◇
「お、俺も早く向こうに行かねばっ!」
「それはいけません……」
さらに此方は船の上ですらない海上直上にいるローダと鳥人間のルチエノである。
ローダにして見れば主戦場は明らかに甲板上とブリッジ付近、自分がこんな場所で守りを固めずともルチエノ達がどうにかしてくれる。
だがルチエノは、首を横に振って否定してきた、正直納得出来る状態ではない。
「何故だ、ルチエノ?」
「私達以外の闇の眷属達は、恐らく生き物ですらないのです」
ローダの疑問に応答するルチエノの顔色が冴えない、モンスターとて生物の筈、解答になってない気がする。
「御覧下さいあの海に浮かぶ彼等の肉片を……アレはあの屍術師・ノーウェンによって創られた言わば爆弾のようなもの」
ルチエノの指差す先、自分が先程絶命させた敵の肉片が浮かんでいる。暗くて判別し辛いと思いきや、鈍くも赤く光っているのが見えた。
「屍術師……知っているのか、あのノーウェンを?」
「……そちらは調べたまでのことです。でもあの屍術師に潜むヴァイロ様のことは良く存じています。150年前、あのベランドナさんと共に戦って散った御方です」
現在ローダが質問すべきは「爆弾のようなもの」これに尽きる。自軍の船に危機に迫っているのだから当然である。
けれどルチエノからノーウェンという言葉を聞いた途端、ついそちらに気が奪われてしまう。
それに対するルチエノの答えは、ノーウェン当人ではなく、同じ身体の中にあろう暗黒神の能力の根源のことに及んだ。
これを聴いたローダの顔に何故か光が差すのをルチエノは気づき、驚きで赤と青のオッドアイが大きく開く。
「そうか、あの二重の声……二人の意識を感じたのはそう言うことか! 後は俺がやり方さえ間違えなければっ!」
一人ローダは意味不明なことを言いながら意識を高めてゆく。これにはすっかり困り果てるルチエノである。
「ろ、ローダ様、私が先ずお伝えしたいのは、皆様の船に危機が迫っていることです!」
「あ、ああ……済まない、続けてくれ、確か爆弾がどうとか……」
「私達以外のモンスターは、あの屍術師によって造られた傀儡……その残った肉片のそれぞれに命じてあるようなのです。アイリスという力を用い船に張り付き爆発を起こせと………」
何とか本題に引き戻したルチエノが告げるは、とても非情なる話であった。要はノーウェンが召喚した分の闇の眷属等は、元よりやられることが前提らしい。
本来の目的はその後、細胞の一欠片さえ残していれば、後は特攻兵器と化すことで成立するのだ。
―義父さん、ドゥーウェン、皆、聞いてくれっ! 敵は肉片の欠片すら残しては駄目だっ! 船に張り付いてからの自爆を狙っているっ!
此処でローダが接触による心の声を全員に向けて厳重注意を訴える。
これまで接触とは、基本一人だった気がするのだが、この緊急時に能力が底上げされたのか。
サイガンが「皆の者聞け」とやったことはあるかも知れない。だがこれとてその実、手早く告げる相手を切り替えていたに過ぎない。
「な、何だと!? レーナ、レーダーに不自然な反応がないか?」
「………ふ、不自然? ふぇ!? ベランドナさんが雷神で撃ち払った筈の後方に熱源多数っ! しかも動きが速いですっ!」
―ベランドナっ! 雷神を真正面から受けなかった連中が、肉片だけで此方に向かってくるっ! レイさんもっ!
ローダからの悲報を聞いたサイガンが、怪しい敵の動きを確認させる。
その少々適当な指示に一瞬戸惑うレーナであったが、消えていた反応が次々と点灯し始めていたことに気づき、思わず変な声を上げた。
「……マスター了解、目視でも確認しています」
「でけぇ声出さなくも伝言屋に言われたッ! もうやってるッ!」
先程ローダが海中を流れる肉片を発見した時もそうであったが、ただの敵より赤く光っているので、闇に紛れた先程より余程判別しやすい。
但しその数、増える速度、向かってくる速度がもう尋常でなく、恐ろしいなどと嘆いている暇すら許してくれない。
「とにかく全て殲滅ッ! おぃっ、悪ぃが出し惜しみはもうナシだッ!」
「違いない……、俺の櫻島で全部灰にしてやるっ!」
「だなッ! ……ただどうにも不死の肉片って、腐ってて不味そうだけど……」
レイ、ガロウ、ランチアがアイリス解禁を勝手な判断で宣言する。あの赤い点全てがアイリスによる扉の力を自爆のためだけに使用するのだ。
今はネロ・カルビノンを守るのが最優先事項、フォルデノ城に着いたら着いたで出たとこ勝負っ!