第7話 静になる筈の動と静から放たれる動
赤い輝きを帯びて現れたケンタウロス『ゾルド』、戦うことを自ら戦いに乗り出したるは、精霊術を格闘術に応用するルシアであった。
ルシアの大振りと思われた左脚の蹴りを辛うじて盾で防いだゾルド、次は此方の番とばかりに三日月刀を振るう。
「まだよ、まだ私の攻撃は続いている」
「なっ!? グッ!!」
ルシアの左脚を獲りにいった筈の剣が何かと激しく衝突して火花を散らす。今回のルシアはいつもと少し装備の様子が異なる。
両手の甲に白い小手が付いているのだが、そこから真っ赤な4本の爪が飛び出して三日月刀を防いだのだ。
加えて完全に防いだ伸びきった左脚が膝から大きく曲がり、ゾルドの後頭部に踵が落ちる。
頭蓋の中に浮かぶ脳を死角から攻撃で揺さぶられ、ゾルドは悶絶した。
(いけるっ! 身体がこの間よりも思うように動くっ!)
ルシアは自分の調子の良さを実感しつつ、手首のスナップを利かせただけで相手の三日月刀を払いのけただけでなく、燃える爪の先端でゾルドの顔を傷物にした。
それにしても此処までのルシア、その攻撃の殆どが足技である。自分は拳闘ではない、脚においても此方が上というティンに対する当てつけなのかも知れない。
一方ブリッジでは、急に激しさを増した争いを複雑な思いで眺めている二人がいる。
「な、何故敵である彼等がVer2.0を……」
「大方この間……フォルテザでの折に掠め取られたのであろうよ」
「そんな馬鹿な……1時間も戦っていないのですよ?」
敵は明らかに赤い輝きと同様の力を以って襲ってきた。
開発者として声を震わせるドゥーウェンに、ルイスから盗まれたのだと告げるサイガンである。
「此方が向こうの能力を調査しようと動いたところを逆に利用されたな……」
「逆ハックッ!? な、何てことでしょう……」
今度こそサイガンが面白くない顔をする番だ。あの時ドゥーウェンに相手の調査を依頼したのは自分なのだ。
…………完全にルイスの掌の上であったのを思い知らされた。
「まあ、そう悄気るな……ルイスが扉の力を用いれば造作もいらん。恐らくお前があの女魔導士をハッキングしたのを応用したのだ。何せ扉を使えば、そんな技術があると知るだけで扱えるのだから」
……そうなのだ。ドゥーウェンが必死の思いでフォウのハッキングをする事で魔法を封じることに成功した。
その力を奪い、次は我々の赤い輝きの秘密すら理解し、自分のものとしたルイスである。
(……此処からはどれだけ上手く扉の力を使いこなすか、これはそういう戦いなのだ)
そしてサイガンは再び俯瞰で物事を見極められるように、努めて平静に帰ろうとする。
その目の先にいるのは我々側の真なる扉使いであった。
「と、ところで幾ら相手の戦力削りと此方の士気を増強したとはいえ、ルシアさんの動きが良過ぎやしません?」
「それは当然の帰結だ、今の我が娘は腹に宿した子を重心に置いて動きやすいよう調整してある」
「…………っ!?」
何度も言うがルシアは妊娠約3カ月だ。それにしてはフォルテザの街で戦っていた際よりも動きにキレがあると感じたドゥーウェン。
ちなみに仕込みの盾とヒートニードルを用意したのはこのドゥーウェンだ。
ついでに言うとヒートニードル……元々は盾の方に仕込んでルシアに渡したところ「これじゃ手首を動かす邪魔になるし、盾に武器を仕込む発想はどうかと思うわ」と却下され今に至る。
(や、やっぱり先生はどうかしている………胎児の重さを体幹のように扱う? 怖いっ、この人怖過ぎるっ!)
頭を鈍器で殴られたような思いがしたドゥーウェンであった。言葉を失っても仕方がない。
◇
「何だよ……あの女、再戦させてくんねえ……」
この展開を実に不愉快といった顔つきで傍観していたのはティン・クェンだ。
屍術師に呼び出された偽物の命でこそあるが、今度はあの女と同じ赤さを持ってやって来たのだ。
………こうまでしてあの女と再戦出来ないとは実にくだらない。いっそこの船ごと破壊しちまおうかとすら思い始める。
「おぃ! デカブツ女っ! アンタの相手はあたいがしてやんよ」
そんな鬱屈した彼女の前に全てを鎧で覆ったの騎士が現れた。
巨大な馬上槍に盾すら持った完全武装……如何にも重苦しそうな女だが、全ての装備が赤に統一されているのは、自分の髪色と重なり少々面白い。
「そんな如何にもな重装備で俺とやろうってのか、一応忠告しとくがこの拳は、そんな鎧ごとお前に攻撃を通すぞ」
「その攻撃………果たしてアタイの間合いに入れるかな?」
「何ィ?」
実に小憎らしい顔でランスを突き出し、忠告に警告で返してきた赤い槍使いの女。
自分の脚力で後ろさえ取ればどうとでもなると思っていたが一転……そこまで言われたら見せて欲しいと俄然興味が沸く。
「ジェリド殿、助太刀を頼む」
「……了解した」
プリドールがジェリドという保険を用意する。相手を馬鹿にしておきながら、即時助けを求める辺り、決して自分を過信などしてはいない。
鉄仮面の中からでも轟く声を聞いたジェリドは、冷静に左斜め後方に陣取る。プリドールの持った盾の方で斧を構え、攻撃補助の態勢を取った。
その隣で幻影のホーリィンがさらに脇を固めるのだ。
プリドールがランスを相手に突き出し、少し斜に構えた態勢を取る。相手の拳闘士が何処にいようとも、串刺しにするという強い意志を向け続ける。
ジェリドも長い柄を活かして槍のように構えている。
ティン・クェンにして見れば、自身の前方に巨大な石塁が築かれたような威圧感。
ボクシング的に言えば無差別級二人を同時に相手にしているようなものだ。
「ハァッ!」
なんとこの膠着を先に破ったのは一番重苦しいプリドールだ。今度は上半身を覆える程の盾の方を突き出しつつ、その陰からランスを突き出そうとする。
この行動はティンに取って意外である、此方のアイリスの時間切れまで、この状態を引き延ばす気だとばかり思っていた。
左側の斧の騎士とてアイリス切れがあるだろう、それを嫌っての攻勢なのか? 槍女が自分を舐めているとは思えない。
然も思いの外、その動きは決して鈍重には見えないのだ。幾ら鍛え上げた自分の肉体とは言えど、この槍は避ける以外に選択肢がない。
斧の騎士が待ち受けていない方へと身体を横に流すティン、そこへてっきり槍女が追い打ちを掛けるものと判断している。
(ならばさらにその上を征くだけのことだっ!)
プリドールの右側からアイリスによる速度を活かし回り込もうとする。カノンで戦った相手がアイリスを起動した途端、飛んでるように動き回った。
自分も同じことをすれば良いだけの話だと甲板を蹴り飛ばす。絶対的に上をいける自信があった。
………なれどこれは大きな過ちであったと思い知る羽目になるティン・クェンなのだ。
(はっ? 何故………そこにいる?)
プリドールの左側を守っていた筈のジェリドが何時の間にやら、プリドールのさらに右側から斧の先にある矛先を突き出しているではないか。
増してやティンにとっての生命線とも言うべき脚を狙い撃っている。とにかくティンにして見れば訳が判らない。
赤い鎧の槍女を圧倒した速度で確かに自分は動いた、真後ろ、最低でも真横に回り込み、好きに料理出来る未来を描いていた。
「ウグッ!?」
………なのに左足の親指を刺されてしまった。足も勿論痛いが負ける訳がない速度で上をいかれた自分自身が痛々しいと感じずにはいられなかった。