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ローダ 最初の扉を開く青年  作者: 狼駄
第9部『何処までも黒き進軍』編
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第6話 父の力と娘の想いがもたらす奇跡

 ルシアとの戦いに敗北し命を失った筈の拳闘士ティン・クェンが、(しか)もアイリスと(おぼ)しき赤い輝きを散らしながら現れた。


 騎乗してきたケンタウロスすら同じ輝きを帯びて、ドゥーウェンの自由の爪(オルディネ)を破壊してみせた。


 自由の爪(オルディネ)が張っていたシールドが弱まった処へ、なんとケンタウロスが駄目押しとばかりに、暗黒神の上級魔法『紅の爆炎(ロッソフィアンマ)』を唱えた。


 そのダメージを少しでも食い止めようと現れたのは、これまた死んだ筈であるジェリドの妻にしてリイナの母『ホーリィーン・アルベェラータ』だったのである。


 天使の輪が美しい長い黒髪で、藍色(あいいろ)一色のワンピース姿。正直若き娘の魅力こそないが、気品に満ちた大人女性という雰囲気である。


 ただ人の姿こそしてはいるが、その背後が何故か透けて見えるのだ。


 夫であるジェリドがアイリスに望んだ扉の力………それを具現化した姿が彼女という次第だ。


 紅の爆炎(ロッソフィアンマ)を唱えたケンタウロスに対し、ジェリドが「アイリスッ!」と発音しながら、手に握った柄の長い戦斧(バトルアックス)を相手に届かない位置で真横に振るった。


 するとまるで斧がホーリィンを描いたかのように現れ、すぐさま戦の女神(エディウス)の奇跡『レグ・スクード』で、オルディネのシールド代わりに光のカーテンを張ったのだ。


 それはまるでオーロラの如き、人が呼んだとは思えぬ美しさを天空へ(たた)え、超爆発から漆黒(しっこく)の軍艦『ネロ・カルビノン』を救ってみせたのだ。


「ど、どうしてママが……」


「すまないリイナ………。俺が欲した力、というよりも欲しかったそのものは、リィン以外思いつかなんだ。決して(よみが)った訳ではない、この女々しい男の創造した幻影……だから触れることはおろか意志すら持たぬ」


 父はうなだれながら「創造した幻影……」と告げた。けれどその(はかなき)き美しさは、リイナが愛した母そのものである。


 ところでリイナの「どうしてママが……」には二つの含みが存在する。

 死んだ筈……は、無論なのだが司祭ではないホーリィーンが何故という疑問もあるのだ。


 確かに彼女の家系には司祭を(こころざ)す者が多かった。だがホーリィーンはそれを(こば)み、リイナが司祭に成るべく家を出た際にも、決して(こころよ)く送り出しはしなかった。


 司祭になれば戦場に駆り出される……それはロッギオネに住む従姉妹にあたるエリナ・ガエリオとて例外ではない。


 ただの偶然であったのかも知れないが、ディオルの街がヴァロウズ二人の襲撃を受けた時ですら、リイナにはその力を見せなかったのだ。


「成程……いや、実にジェリドらしくて良いじゃねえか。俺だってもし、ほうづき(嫁さん)が死していたなら、同じく望んだかも知れねぇ……」


 懐かしそうにホーリィーンを眺めるガロウが笑みを浮かべつつ述べる。


 しかもガロウの方は、ホーリィーンのとても秀逸(しゅういつ)な力も知っていた。


 戦の女神(エディウス)の司祭になることを拒んだ彼女だが、その能力は司祭に匹敵(ひってき)する。


 リイナの天才的な能力とその蒼い瞳、母に寄るところが実に大きいだろう。


 リイナだけに頼るところが大きかった後方支援、アイリスの時間制限こそあれど、ホーリィーンが加わったことが実に心強い。


「クッソ! レグ・スクードだとぉ!? 俺の紅の爆炎(ロッソ・フィアンマ)を止める程の力があるというのかっ!」


 ケンタウロスが肩を怒らせ大いに文句吐き散らかす。だが直ぐに切り換え三日月刀(シミター)を抜き、鋼らしい盾も構える。


 暗黒神の魔法をサッサと捨てる(いさぎよ)さ、強者の風格を(ただよ)わせるに充分だ。


(ママ………いえ、お母さんっ!)

「キシャァァァア!!!」


 此処でリイナが突如、人の声とは思えない鳴き声を響かせる。不死鳥の鳴き声をリイナの姿で発したのだ。


 仲間達の意識が瞬時に高ぶり、自分達の身体すら燃え上がる様な錯覚すら感じる。


 その上、先程ベランドナが投じた戦乙女(ヴァルキリー)の効果も持続中、この相乗効果は(すさ)まじい。


「クッ!?」

「こ、この身体を(むしば)む鳴き声は何だっ!」


 赤い輝き(アイリス)を帯びているケンタウロスとティンが耳を(ふさ)ぎ、(うめ)き混じりの疑問を上げる。


 ルチエノの仲間ではない闇の眷属(モンスター)達は、さらに顕著(けんちょ)だ。(もだ)え苦しみ、中には何も出来なくなった者すらいる。


 悪意ある者には絶望と恐怖を与える不死鳥の鳴き声による効果は、人に取り込まれた状態ですら健在であった。


「お母さんッ!」


 ただの幻影であるホーリィーンに鋭い口調で訴えるリイナ。

 すると何故かその影がコクリッと(うなず)いたではないか、リイナの意志が通じたかのように。


「「戦の女神(エディウス)よ、アン・モンド・プリート! この者等の魂を在るべき世界へ『救世(サルベザ)』!」」


「り、リイナ? リィン? こんなことが……」


 加えてリイナとホーリィーンの奇跡の祈りが、互いに勇ましい気持ちを込めて混ざり合う。


 この在り得ない事態にジェリドは思わず泣きそうになる。幻影にこそ違いないが、ジェリドの妻を想う気持ちが生んだ影だ。


 それに愛娘(リイナ)の必死な意志が通じたのかも知れない。


 救世(サルベザ)とは彷徨(さまよ)える魂を葬送(そうそう)する奇跡だ。先程の鳴き声と相まって、弱り果てていた敵は、光と共に消滅してゆく。


 けれどもティン・クェンやケンタウロス、それにまだ数多くの敵がこれに耐えきる。


 だがさらに弱体化したようだ。味方の士気は|極限まで高め(バフを掛けて)、相手の方は削れるだけ削り取った(デバフした)


「おおっ! これならアイリスの代わり……底上げとして充分かも知れんぞっ!」


 これには黙って座っていたサイガンですら、身を乗り出して興奮する。


 ベランドナ、リイナ、そしてこれは想定の外にいたジェリドが呼んだホーリィーンの思わぬ能力。


 これらが渾然(こんぜん)一体となり、アイリスを出来る限り温存したい此方側への多大な後押しとなった。


「お前の相手はこの私よっ!」


「扉の女か……ティン・クェンを倒したという手並み、見せて貰おう」


 かなり辛い目にあったケンタウロスの目前に颯爽(さっそう)と現れたのはルシアである。

 これ迄余り出番がなかったのを晴らそうと、不敵な笑みを(こぼ)して構える。


「俺の剣に無手とは………随分と()められたものだ。大体貴様なら、あの蘇った女を相手にすると思っていたぞっ!」


 言った(そば)から盾を突き出しつつ猛然と距離を詰め、三日月刀でルシアの脚を払いにいくケンタウロス。


 脚力だけならスピード違反のルシアとて敵わないであろう。


 しかし今のルシアは、そのスピードで避ける必要すらなかった。知れ顔でその三日月刀を右上腕部で受け止める。


 カシャンッ! 明らかに生身でない音がした。


「ムッ? その腕、何か仕込んでるな?」


「あぁ……あの拳闘バカね、今さら赤く輝いてみた(アイリスを貰った)処で一度殺った相手に興味はないのよ」


 台詞の最後辺りで力を込めて、腕に装備した仕込みの盾で相手の剣を払い退ける。


 剣ごと右手を払って直ぐに、次は右の飛び膝蹴りを見舞う。ルシアの思惑通りに膝が相手の腹に入り悶絶(もんぜつ)させる。


 駄目押しとばかりに左脚で頭を蹴り飛ばしにかかるが、これは振りが大き過ぎたか、盾で防がれてしまった。


「へぇ………やるじゃない、名くらい名乗らせてあげるわ」

「クッ! ゾルドだっ!」

「あぁっ、ゾルド()? 嗚呼……如何にも雑魚らしい名前ね、ウフフッ……」


 名乗れと言った傍からワザと間違え小馬鹿にするルシア。相手の冷静さを奪う作戦が大いに(こう)そうす。


「もう女だからとて容赦せんッ!」


 既に怒りに堕ちているゾルド、伸びきったルシアの白い脚の斬り捨てを狙う。

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